第十話 王の戦い
作品タイトルとあらすじを変更しました。
ご注意下さい。
「………サリスは勝ったか。」
ディアボロスの猛攻を避けつつ、一方の戦場が終わった事を確認する。
一瞬サリスを盗み見ると、目立った傷はないが精神的な消耗が大きく見て取れた。
かなり熾烈な戦いだったみたいだな。
その戦いを制した従者を誇りに思うと共に、主として間抜けな姿は見せられないなと思った。
あれから隙を見ては色々な攻撃を加えてはいるが、弱点と言えるものはあまりなかった。
魔術で縛り付けようと試しても、瞬時に引き千切ってしまう。
半端な攻撃をしても気にせず斬りかかってくる。
狂化は非常に面倒なスキルだ。
感情によって上げ幅が違うという不安定性はあるが、それ以外にデメリットと言えるものもない。
感情が昂っている限り時間制限などもないし、身体に悪影響がある訳でもない。
強いて言えば感情が昂る影響で思考が単純になりやすい事だが、生前このスキルを使い続けてきたディアボロスはそれすらも完璧に使いこなしている。
本能のままにこちらの急所を狙ってくるのだ。
ただ振り回すよりも逆に避けやすいとも思われるが、その速度と膂力が尋常ではない。
よほど反応の早い者でないと、気付いた瞬間には叩き潰されているだろう。
俺も先程から避け続けてはいるが、何度か危ない瞬間があった。
『屍霊の王』のスキルがなければ、幾度か食らっていたかもしれないな。
そんな事を考えていると、ディアボロスが急に攻撃を止めて後ろに下がった。
「…………どうやらエスパーダは敗れたようだな。あやつ程の猛者が敗れるとは………。」
「あの男はそんなに強かったのか?」
「俺様の配下の中では随一よ。その実力も精神も、この俺様が唯一認める者であったのだがな。」
「まぁ、俺の従者だからな。お前の配下如きには負けんだろう。」
「……口の減らない奴だ。そんなに叩き潰されたいのか?」
「偉そうな事を言ってはいるが、まだ一度も俺に攻撃できていないだろう。」
「貴様こそ逃げているだけではないか。魔術も打撃も、あれ以降大したものは当てておるまい。このままではいつまで経っても終わらんぞ。」
「それはお前だって同じ事だろう。」
「いや違うな。長期戦になれば不利なのは貴様の方だ。………わかっているのだろう?」
その言葉を受けて小さく舌打ちをする。
本能で動いているように見えて、冷静で深い洞察を持つ男だ。
アンデッドには体力の消耗という概念がない為、続けようとすればいくらでも戦い続ける事ができる。
しかしそれは身体だけの問題だ。
精神は違う。
いくら邪神の祝福を持っているとは言っても、俺は所詮二十年足らずしか生きていない子どもだ。
過去五万を越える配下を従え、長年戦にその身を置いてきたディアボロスとは精神の強さが比べ物にならない程弱い。
そうなれば、いつ俺が大きな隙を見せるかわからなかった。
更に、俺はディアボロスの攻撃に順応してきているが、それはディアボロスも同じ事。
徐々に俺の動きが読まれるようになってきていた。
このまま戦いが長引けば、そういった面からも俺が不利になる事はわかっていた。
ディアボロスはそれを見抜いたのだ。
「………あぁ、そうだな。このまま続けば、負けるのは俺かもしれない。………このまま続けば、な。」
「随分と含みのある言い方をするではないか。……何が言いたい?」
「もうそろそろ決着を着けても良いんじゃないかって事だよ。」
「ほう?……今まで避け続けていた腰抜けが吠えるではないか。」
「あぁ、俺は腰抜けだからな。本当に自信のある時じゃないと吠えないんだ。」
「………つまり、貴様は俺様に真っ正面から打ち勝つ自信がある、と?」
「そう言う事だな。お前の動きは既に掴んだ。勝敗は揺るがないさ。」
「……それは俺様とて同じ事だ。貴様のその自信はどこから来る?…………貴様、何か隠しているだろう。」
「隠していた訳じゃないさ。この技は未だ使いこなしているとは言えないからな。お前の動きを見切れるようになるまでは、使うのに危険があったんだ。」
「……ほう、それは面白いな。見せてみろ。」
そう言ってディアボロスは更に感情を昂らせる。
纏う赤黒いオーラが更に大きく、濃くなった。
「あぁ、見せてやるよ。」
俺は膨大な魔力を練り上げ始めた。
身体の各所に魔力を流し込み、外に漏れないように操作する。
ディアボロスが訝しげにこちらを見てくる。
「身体強化………?いや、部分強化か?それにしては変だな………どこを強化しようとしておるのか……。」
そう、俺がしようとしているのは魔力による身体強化だ。
しかし、全身を強化する身体強化ではなく、ただの部分強化でもない。
そもそも部分強化とは、強化する部分をある一ヶ所に特定させる事で、より強く強化するものだ。
何故一ヶ所に特定させるとより強くなるのか。
それは、全身に魔力を流すよりも、その一ヶ所に流した方が魔力の操作が精密になるからだ。
だから、強化する部分が小さければ小さい程魔力操作の難易度は上がり、それに比例して強化の幅も大きくなるのだ。
もし操作に失敗すれば、魔力はただ身体の外に流れていき、強化は発生しない。
部分強化が高等技術とされているのはこの為だ。
そして、部分強化の更に上には並列部分強化という技がある。
いくつかの箇所を同時に部分強化するという単純なものであるが、その魔力操作の難易度は尋常でないものがある。
一流の戦士と言われる者であっても、同時に二ヶ所を強化するので精一杯だ。
達人とか英雄とか言われる者でも、多くて四ヶ所と言ったところか。
それも、この者達が並列部分強化をする事は滅多にない。
魔力操作に集中するあまり、身体を動かす事が疎かになっては本末転倒だからである。
故に、この技術が強者達に多用される事はなく、幻の難関技とさえ言われる。
俺は、この並列部分強化をして戦おうとしているのだ。
それも、強化するのは二ヶ所や三ヶ所ではない。
魔力操作の鬼才とも言える俺ならば、そのくらいは造作もなくできる。
ーーー同時十三ヶ所。
全身を十三ヶ所に分割し、それぞれを部分強化するのだ。
通常なら間違いなく正気を疑われる行為。
常人なら試す事すら考えない。
しかし、俺はそれを実行した。
身体の各所がじんわりと熱を持つ。
嵐のように暴れようとする魔力を抑えつける。
そして、強化した身体の上から闇を纏う。
まるで闇の鎧を纏うような姿になった俺を、不思議な全能感が襲った。
ーーー身体強化究極技『魔纏・黒の王鎧』
同時十三ヶ所の強化、そして闇による外皮面の硬化により、俺は今まで以上に化け物じみた身体能力を持っているだろう。
「これならいける…………今の俺なら、屍竜だって余裕で倒せるかもしれないな。」
先程まで僅かに感じていたはずの、目の前の男に対する危機感は消え去っていた。
負ける気がしない。
「………何が起こったのかわからんが、どうやら俺様にとってはあまり嬉しくない展開のようだな。…………正直、貴様を舐めてたぜ。」
「認めてくれたのか?」
「あぁ認めるぜ。貴様は確かに屍霊の王だ。アイツと同じ化け物だ。………でもよぉ……だからって、諦める訳にはいかねぇんだ。」
「もはや俺達の力の差は明白だ。それでもか?」
「……けっ!!クソガキが偉そうな事言うんじゃねぇ!俺様は誰よりも永くこの地獄を生き抜いてきた王なんだぜ!!」
纏うオーラが更に大きくなる。
どうやらディアボロスも覚悟を決めたようだ。
「そうか……ならばこれで決着だ。真なる王である俺が、偽りの王であるお前を断罪する!!」
俺はディアボロスに向かって、超高速で走り寄った。
ディアボロスは大斧を高く振り上げる。
「死ねっ!!小僧ぉ!!」
そして、近寄ってきた俺に対して全身全霊の力で振り下ろしてきた。
俺は左足で強く踏み込み、走った勢いを右拳に乗せて、渾身の正拳突きを迫る大斧に打ち込んだ。
赤黒い狂気を纏った大斧と、漆黒の魔力を纏った拳がぶつかり合う。
その衝撃が辺りに分散し、観戦していたセレス達を風が襲う。
三人はその衝撃に飛ばされそうになりながらも、決して目を逸らしはしなかった。
「はあぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
ディアボロスが上から叩き潰そうと力を込める。
大斧はカタカタと震え出し、小さな罅が入り、やがてそれが広がった。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!!」
その瞬間俺は右足で地面を踏み出し、左肩を引いて全力で右拳を振り抜いた。
バラバラに砕け散る大斧。
ディアボロスは大きく体勢を崩した。
大斧が砕けた瞬間、赤黒いオーラが消え去った。
「せりゃぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
俺はそこで止まらず、神速の連撃を打ち込んだ。
そして最後に、再び左足で深く踏み込み、構えた右拳をディアボロスの顔面に振り抜いた。
吹き飛んでゴロゴロと地面を転がる。
「………ぅ………ぁ…………がっ…………」
全身がボロボロになり、顔は完璧に潰れている。
まともに喋る事もできていない。
俺はディアボロスに歩き寄った。
再生スキルが発動される前にトドメを刺さなければならない。
「………ディアボロス、最期に言い残す事はあるか?」
仰向けに倒れているディアボロスが僅かに口を開いた。
ゆっくりと声を絞り出す。
「俺……様……は………こ……世…を………征………王……に……」
「………お前は真の王にはなれないさ。自らの事しか頭にないお前は、いつまで経っても仮初めの王だ。」
「………ぁ……ぅ…………貴………様………」
「もう一度名乗っておこう。俺の名はネクロ。真なる屍霊の王だ。冥土の土産に持っていけ。………精々、本当の地獄で悔い改める事だ。」
そう言って、再生しようとするディアボロスの顔面に向かって、全力で右拳を振り落とした。
陥没した顔面への更なる突きで、確実に命を絶った感触を得た。
魔眼を発動して死んでいるかを確認する。
ステータスは出なかった。
過去、人間魔王とまで言われた悪の魂は、こうして完全に消え去った。
足音がしたのでそちらを見ると、セレス達が近づいてきていた。
「お疲れ様ですご主人様!」
セレスが元気に労ってくれた。
「あぁ、ありがとうセレス。お前が悪霊を一掃してくれたお陰だ。サリスも、よく頑張ったな。」
「ご主人様の命令を遂行しただけです。」
サリスがクールに一礼する。
「旦那、お疲れ様っす!あの身体強化えげつないっすね!流石は旦那っす!!」
レイが若干興奮した様子でそう言ってきた。
「ありがとうレイ。…………それにしても、今回もなかなか疲れたな。」
あくまでも精神的に、だが。
「そうですね、早く空域に戻りたいです。」
セレスもかなり疲れた様子だ。
俺も魔纏によって魔力を相当消費している。
魔力が完璧に回復するまで、暫く休養しても良いかもしれない。
サリスも無言だが疲れている様子だ。
「よし、それじゃ空域に戻ろうか。残すは深層の主だけだし、暫く休養を取ろう。」
「賛成です!」
「畏まりました。」
「了解っす!」
こうして俺達は、このダンジョンに巣食う悪霊共の王国を一掃したのだった。
斧を砕いた後の連撃。
イメージは愚○独歩です。