第九話 剣の道
デュラハンという屍霊は、かなり特殊な存在である。
そもそも屍霊というのは死体或いは霊魂に魔力が結び付いて魔物化したものである為、生前の魔力量とその死の状態によって骸型、骨型、霊体型と分岐するのだ。
もちろん、より完全体である骸型が身体があり魔力も高い為、一般的に『骸型>骨型>霊体型』という並びで戦闘力の高さを示す事ができる。
ならばデュラハンとは何なのか?
もちろん霊体型ではないし骨型でもない。
骸型のようにも見えるが、ゾンビから派生したものでもない。
デュラハンというのは、それ固有の屍霊であり、進化というものが存在しないのである。
如何なる理由でデュラハンとなるのか。
その条件はただ一つ。
『完成された者』である事。
屍霊は成長しない。
故に永い時をかけて進化をして強くなる。
デュラハンとはその必要がないと天に断定された者。
生前、既に武の道を極めた者がデュラハンとなるのだ。
それは剣であったり、槍であったり、弓であったりするが、いずれも達人の中の達人という事に変わりはない。
故にデュラハンは、最上級に最も近い上級種と言える。
サリスの種族はヴァンパイア。
身体能力や魔力はデュラハンにも劣らない。
勝敗を決するのは剣の腕。
完成された者であるエスパーダに、志半ばで朽ち果てたサリスが勝てる道理はない。
しかし、二人の戦いは予想を裏切り、サリスが優位に立っていた。
「ぬぅっ!……何故だ……身体が重い………技量は我輩が上……しかしっ……。」
エスパーダの神業とも言える斬撃の数々をサリスは避け続け、逆にサリスの神速の突きは鎧の隙間からエスパーダの身体にダメージを残していく。
「不思議か?剣の腕は明らかに貴様の方が高みにあるのに、僕に傷を付けられないのが。」
そしてまた一つ、サリスの刺突がエスパーダの横腹を貫いた。
「何か特殊なスキルか………?だが、この程度の攻撃、何度食らおうとも我輩は倒れぬぞ!!」
「半分当たりだな………スキルではあるが、僕のものではない。僕と貴様の差は仕える主の差だ!仮初めの王に従う貴様と、真なる王に仕える僕の差だ!!」
サリスの攻撃は過激さを増していく。
剣鬼と呼ばれた伝説の剣士エスパーダ。
その剣撃を幾度となく見て、避け、捌く内に、サリスの動きはより洗練されていった。
数々の敵を貫いてきた神速の突きは、その洗練された体捌きをもって更なる進化を遂げる。
サリスの剣技は、着々とエスパーダの高みに至りつつあった。
「仕える主の差だと?…………まさか!アンデッドロードのスキルか!?」
王の名を関する魔物は固有のスキルを持つ。
エスパーダの脳裏には、過去騎士団長であった際に戦った、鬼王と呼ばれる魔物との死闘が浮かんでいた。
鬼王だけでもかなり厄介な魔物であるのに、そのスキルによって上級の魔物であるオーガ達が自我を無くしてまさに鬼の如く暴れまわり、各国が甚大な被害を受けた。
三つの国が手を組んで討伐に当たり、それぞれの最優秀の戦士達が集って鬼王と戦ったのだ。
エスパーダ自身、何度も死を覚悟する戦いであった。
アンデッドロードがそれと同じようなスキルを持っているのならば、この状況にも頷けるというもの。
事実、ネクロには『屍霊の王』というスキルがあり、それによっとエスパーダは弱体化し、サリスは強化されていた。
「主の加護を受けた僕が、貴様如きに遅れを取る訳にはいかない!この勝負、貴様に勝ち目はない!!」
それは間違ってはいないのかもしれない。
基礎能力は互角だったはずが、一方は弱体化し他方は強化されている。
おまけにその技量は着々と差を埋めつつあった。
このままならばエスパーダの逆転はありえない。
しかしーーー
「それがどうしたぁ!?元より我輩には剣しかない!!格上との闘争など幾度となくこなした!!我輩はその度に、この剣で屠り続けてきたのだ!!」
エスパーダは更なる熾烈さで剣を振るう。
暴嵐の如く荒々しく、しかし清流の如く滑らかで洗練された剣撃。
その剣撃の一つ一つに、生涯を剣と闘争に捧げた武士の執念が宿っている。
「我輩は剣鬼と呼ばれ畏怖された男ぞ!!剣だけは………剣だけは何者にも負けぬ!!負ける訳にはいかんのだぁ!!」
エスパーダは闘争に明け暮れた人間だった。
信じられるのは剣だけだった。
数々の死闘を越え、剣の道を極めたという自負があった。
「…………哀れだな。貴様は剣に己を捧げてなどいない。貴様はしがみついているだけだ。剣を……ただ己の欲望を満たす為の道具としか思っていない。」
「ならば貴殿は何なのだ!?その手で無数の生命を刈り取ってきたのであろう!?その剣で幾度となく斬り殺してきたのであろう!?我輩と何が違うと言うのだ!!」
二人の剣撃は、もはや通常の剣士の域を越えていた。
一流の人間でさえ反応できないほどの速度で交わされる応酬。
これが剣鬼と剣聖の闘争。
「決まっている。僕は己の全てを、この剣と高潔なる我が主に捧げた。この剣は主の為に振るう!欲望に振り回されている貴様とは違う!!」
「貴殿には自我というものがないのか!貴殿の理性はどこにあるのか!!」
「僕の理性は主にあり!!僕の全ては主の御心のままに!だがそれは、他の誰でもない、僕自身が決めた事だ!僕が僕の意志で全てを捧げたのだ!!」
「戯れ言を!!人はそれを理性とは呼ばぬ!!それは単なる狂信ぞ!!」
「たとえ神であろうとも、それを嘘だとは言わせない!!僕の意志は僕が知っている!!ご主人様は仰った、貴様を倒せと!!ならば僕は従うのみ!!僕の意志によって主の命に従い、貴様を越えて真の剣聖となる!!」
エスパーダの渾身の一撃が振るわれた。
昨日までのサリスなら一刀の下に斬り伏せられていたであろう剣撃。
しかし、その剣撃は届かなかった。
剣鬼と呼ばれた男の全力の一撃を、完璧に見切って避けたのだ。
その洗練された体捌きにエスパーダが目を剥く。
サリスは勝負を決めようと前に出るが、剣を極めたエスパーダはそこでは終わらなかった。
振り下ろしている途中で無理矢理腕を引き、刺突の構えを取った。
サリスの重心は既に前にある。
今さら横に逃げる事はできない。
エスパーダは必勝の確信を持って、剣を突き出した。
しかし、サリスは右の細剣で突きだされた剣を払う事で回避した。
今まで刺突しかしていなかったサリスの突然の斬り払い、しかも全力で出したはずの刺突をいとも簡単に払われた事に、エスパーダは愕然とした。
その隙が勝敗を決した。
刺突は横の力に弱い。
かつての主の言葉が甦った。
「これで………終わりだ。」
前に出た勢いのまま、左の細剣で脇腹を貫く。
そして返す右の細剣で、エスパーダが開戦以来常に守り続けていた、左の小脇に抱えた頭を貫いた。
頭はデュラハンの弱点。
故にどんな時でも手放さない。
今まで決して攻撃させはしなかったその弱点を、サリスの神速を越えた神速の刺突によって貫かれたのだ。
膝から崩れ落ちる巨躯。
エスパーダは自らの負けを悟った。
「………サリス……と言った………か。」
「…………何だ?」
「最期に……教えて…………くれ。……何故………お前は、そこまで…………あの者に………仕える………のか。」
刹那の空白。
サリスは小さく鼻で笑って答えた。
「ふっ……愚問だな。魂と魂の結ぶ絆に、理由などあるものか。ご主人様は地獄の闇を祓う光だ。貴様のような、闇に生きた愚か者にはわからない。」
「…………そう……か。」
「貴様との戦いは僕にとって間違いなく重要なものだった。貴様の名、覚えておこう。」
「……ふっ…………永き………闘争の………日々であった…………我輩は………我輩……は…………」
その後の言葉は続かなかった。
闘争に次ぐ闘争、血塗られた歴史を飾った英雄が、本当の死を迎えたのだ。
「剣鬼エスパーダ………地獄にてその罪を償うが良い。」
そう言って深呼吸をして踵を返す。
未だ我が主は戦っている。
この目に焼き付けねばならない。
サリスは重たい身体を引きずって歩き始めた。




