第七話 過去の呪縛
「ーーーという訳で、処刑された後にこの二人の死体はここに落とされたんでさぁ。」
「なるほどな………して、お前がその件に関わっているというのは?」
「へっへっ………俺は生前、とある神官の子飼いだったんす。神官が表立ってできない事を裏で色々とやってたんでさぁ。………んで、ハプティズマ家の聖女を人柱ってのは、俺の考えでして。」
「ほう、それを神官が採用したのか。」
「へい、そういう事でさぁ。俺は金持ちのハプティズマ家が大嫌いだったんで、これで落ちぶれてくれりゃなって事で。……………まぁ、当主の男が予想以上の屑だったんで、それは失敗しやしたが。」
ディアボロスと男が会話を続けている。
俺はセレスとサリスの過去を知り、心の奥から怒りが沸々と溢れるのを感じていた。
ふとセレス達の方を見ると、二人とも呆然として前を向いていた。
やがて、サリスが震えながら言葉を紡ぐ。
「………お前が……お前のせいで………母様は!!」
すると、ディアボロスと話していたワイトがこちらに向き直った。
「あぁん?俺のせいだったら何だよ?」
「…………なんだと?」
サリスが殺意を漲らせて男を睨む。
「この世は弱肉強食だ。お前達が死んだのは、お前達が弱かったからだ。お前の母親が犠牲になったのは、お前達が母親を守れなかったからだ。」
サリスはそれを聞いて狼狽える。
「賢者と剣聖のくせに、母親一人守れねぇんじゃ仕方ねぇわな。神官が言ってたぜ?聖女が犠牲になったのは、呪われた子を産んだからだってな。」
そう言ってケラケラと笑う男。
セレスはただただ涙を流し、サリスは無言で震えている。
「父親は屑、母親は無能、子どもは強ぇ天職持ってんのに何もできない役立たず。本当に呪われてんのはてめぇらの家かもしんねぇな?大体てめぇらがーーー」
そこから先の言葉は続かなかった。
俺が男の頭を握り潰したから。
ほとんどの奴は見えていなかっただろう。
多少離れた位置にいたはずの俺が、次の瞬間ワイトの頭を粉々にしていた。
再び静寂が場を包む。
俺はセレス達に歩き寄り、静かに話しかけた。
「セレス、サリス、お前達は何者だ?」
「ご、ご主人……様………?」
「ご主人様…………」
「もう一度聞くぞ、お前達は何者だ?」
「わ、私は………セレス・ハプティズマ…………呪われた……子…………。」
セレスが泣きながらそう言う。
サリスも再び俯く。
だが。
「いや違う、違うぞ…………お前達は、屍霊の王たる俺の眷属だ。」
二人がゆっくりと顔を上げる。
「お前達は俺の従者だ。仲間だ。そうだろう?」
二人とも無言で聞いている。
「下を見るな。後ろを向くな。お前達は選ばれた者だ。屍霊の王に仕える強者だ。上を向け。前を見ろ。忌々しい過去の事など考える必要はない。過去は過去だ。それ以上でもそれ以下でもない。お前達は目の前に存在しない偶像に苦しめられているだけだ。」
「し、しかしご主人様…………私達はお母様を……」
「助けられなかったのが悔しいか?力が無かったのが悔しいか?」
「…………僕は……僕は、悔しい……です。」
「そうか………………それがどうした?」
二人は俺の言葉に絶句する。
「今更悔やんだところで何になる?無駄な感傷に浸る必要などない。過去を忘れてはいけないなどと言うのは、過去にしがみつくしかない弱者の言い訳だ!真に過去を悔やむのなら、ただひたすらに前を向いて邁進しろ。」
「………僕達に……できるでしょうか?」
「できるかどうかは聞いていない。お前達は俺の配下だ。俺がやれと言ったらやれ。………それとも、俺の配下を止めて過去を悔やみ続けるか?それがお前達の母が望む事か?」
「それ……は……………」
「もう一度問う。セレス、サリス、お前達は何者だ?」
数秒の間。そしてーーー
「我らは屍霊の王たるご主人様の眷属です!!」
二人は声を揃えてはっきりと言った。
「そうだ、その通りだ!ならば誇れ!胸を張れ!…………お前達には引け目などない。弱かったのが悪いだと?呪われているだと?馬鹿を言うな。悪いのは神官だ、教会だ、あの男だ。呪われているのは、そんな存在を許容する世界の方だ!お前達自身が自らを肯定せずに誰がする!!」
「………ありがとうございますご主人様。お陰様で、目が覚めました。」
「ずっと……呪縛に囚われていた気がします。僕達のせいで、母様は犠牲になったんじゃないかって。僕達がいたから、母様は抵抗できなかったんじゃないかって。」
「そう思うなら、今度こそ母親が喜ぶような生き方をしろ。そうでなければ浮かばれないだろう。」
「その通りですね………ありがとうございます。」
俺は許せなかった。
聖女と呼ばれた女性が犠牲となった事も。
犠牲者である二人の少女が責任を感じている事も。
それを強制した者達も。
絶対に許す事などできなかった。
パチパチと手を叩く音がした。
「なかなか感動的な主従じゃないか。………うむ、やはり貴様らが欲しいな。俺様のものになれ。」
まだ諦めてないのかよ。
「私達はご主人様のものです。貴方には従えません。」
「仮初めの王が何をほざく。ご主人様こそが真なる屍霊の王。寝言は寝て言え。そして二度と起き上がるな。」
怖ぇよ。
さっきまで震えていたのに、調子を取り戻したサリスは相変わらすキレッキレだな。
「………ふむ、やはり俺様のものにはならんか。」
「まぁな。………んで、どうするつもりだ?」
「俺様のものにならんのなら、貴様らは我が王宮を荒らしに来た逆賊という事だ。このまま帰す訳にはいかんなぁ。」
「元々只で帰るつもりなんてないさ。俺達はお前らを皆殺しに来たんだ。」
「……………皆殺し?その人数でか?」
「できないとでも?」
「正直な話、俺様はお前達の実力を全て信じてはおらんのでな。こちらにも上級の屍霊はそれなりにおる。貴様の配下と何が違うと言うのだ?」
「ただ長く生きて進化しただけの紛い物と、邪神の祝福を受けて進化した本物との違いさ。」
ここで、ディアボロスが明らかに動揺した。
「邪神だと……?冗談を抜かすな。そのような事が…………」
「俺達はお前らに比べたらまだここに落ちて新しい部類だ。それが何故これほど急激に進化を遂げていると思う?………………セレス、お前の出番だ。」
「はいご主人様、何なりとご命令を。」
「お前の力を見せつけてやれ。…………この悪霊共を……………蹂躙しろ。」
「畏まりました、ご主人様。」
セレスは優雅に一礼すると、魔力を練り上げ始めた。
その魔力の莫大さに、悪霊共が騒ぎ立てる。
ディアボロスが危険を感じて吼え立てた。
「貴様ら!今すぐその女を止めろ!!」
魔力量で言うなら、屍竜との戦いで生成した巨人の炎剣よりも多くの魔力を消費しようとしている。
阻止しなければかなり不味い事になる、と本能が悟ったのだろう。
それにしても随分と大掛かりな魔術を使うんだな。
いくらリッチのセレスでも、こんなに魔力を消費したらギリギリだと思うが。
蹂躙しろとは言ったが、マジで一人で殲滅してしまうのではなかろうか。
セレスを妨害しようと後ろから迫るデュラハンをサリスが防ぐ。
そう言えばデュラハンいたな。
すっかり忘れていたが、サリスと剣で打ち合えているあのデュラハンは、かなり厄介な存在だ。
前から迫る屍霊共には、俺が対応した。
とは言ってもやる事は簡単だ。
威圧した。ただそれだけ。
しかし、屍霊の王である俺の威圧は、仮初めの王如きに従っている屍霊共を踏み止まらせるには十分だった。
猛然と襲いかかろうとしていた屍霊共は、真の王の存在に思わず腰が引く。
本能が告げている。
この御方に逆らってはいけない、と。
今すぐ逃げるべきだ、と。
しかし、後ろには今まで力によって自分達を制圧してきたディアボロスがいる。
進む事も退く事もできずに佇む屍霊共。
それは、最悪の結果を招いた。
セレスが莫大な魔力を注いで作り上げた魔術が完成した。
「全てを燃やし尽くしなさい…………火属性魔術、巨人の統べる炎獄世界!!」
次の瞬間、俺の目の前は赤に染まった。
広大な空間の半分以上が、一瞬にして業火に包まれたのだ。
それはほんの数秒間の事だった。
セレスが魔術を終了して火が消滅していく。
後に残ったのは、ドロドロに溶けてガラス状になった地面と、ギリギリで範囲外に避けて被害を免れたディアボロスだけだった。
先程までそこにいたはずの約三百の屍霊は、跡形もなく消え去っていた。
ディアボロスが声を震わせて喋り出す。
「お、俺様の王国が………俺様の配下共が………。」
「セ、セレスさんまじえげつないっす…………自分、こんなの絶対食らいたくないっす。」
レイがディアボロスと同じくらい震えている。
うん、俺もできれば食らいたくない。
たぶん死にはしないが、身体の半分くらいは消し飛んでしまいそうだ。
……………さて。
「残ったのはお前ら二体だけか。」
残ったのは回避が間に合ったディアボロスと、後ろでサリスと戦っていたデュラハンだけ。
「大人しく殺されてくれないか?もうお前らに勝ち目はないと思うが。」
暫くディアボロスは俯いていた。
そして。
「殺される……?この俺様が……?……………くっ……くくっ…………くっはははは………ははははははははっ!!!!!」
今までにない程笑いだした。
「何を笑っているんだ?この期に及んで何ができる?」
「いや、お前の言う通りだ。俺様は負けたのだろう。……………だが、俺様はまだ生きている。」
「もうすぐ死ぬさ。俺が殺す。」
「俺様は諦めが悪いのだよ…………やれるものならやってみろ!!」
そう叫んで大きな斧を構え、襲いかかってくる。
それを避けながら考える。
セレスは魔力がほとんど底をついているし、レイには流石に荷が思い。
「サリス、そのデュラハンを始末しろ!」
「承りました、ご主人様。」
「そう簡単にいくとは思わない事だ。貴殿を打ち倒し、我が主を助ける!」
「残念だがそれは叶わない。偽りの王に従っている貴様如きに、僕は負けない。」
あちらも始まったようだ。
激しい剣撃の音が聞こえてくる。
こちらも始めるか。
「この状況で配下に指示を出すとは余裕だな。俺様を嘗めているのか?」
「どうせ俺の勝利は決まっているんだ。少しは楽しませてくれよ?」
「はっ!ぬかせ小僧!!」
余裕ぶった事を言ってはいるが、このディアボロスという男、かなり強い。
正直、今のサリスでさえ勝てるかどうか微妙なところだ。
最古の悪霊というのも伊達じゃないな。
「考え事をしている場合か!?若造、貴様に真の悪霊の力を見せてやろう!!」
そう言うと、禍々しいオーラがディアボロスを包み込む。
「これは気を抜けないな。…………良いぜ、やってやるよ!どちらが真の王なのかを、教えてやる!!」
ーーー戦いが始まった。