第二話 屍霊覚醒
長い眠りから覚めたような気分だった。
半覚醒な頭が、徐々に現状を思い出していく。
ーーーそうか、俺………死んだんだよな。
…………………………ん?『俺』?
何故だろう、俺は自分の事を僕と呼んでいた筈だ。
それなのに、今は『僕』と言う事に違和感を覚える。
これが邪神の祝福の影響というものなのだろうか。
よくわからないが、スィーリアは支障はないと言っていたし、気にしないで良いのかもしれない。
あ、スィーリアって呼び捨てにしてる。
自分の事ながら驚いてしまう。
そんな事よりも………と考え、俺は自分の手を見た。
ここには明かりなどなく、本来なら何も見えないのだが、何故かこの暗闇の中でもよく見える。
これは種族特性か何かか……?
それはともかく…………傷が治っている。
正確に言えば、傷痕はあるのだが、腐食していた部分が正常になっている。
屍霊型の魔物になったはずだから、もしや身体が腐りまくりのゾンビにでもなっているのではないかと危惧していたのだが、その心配はなかった。
しかし、何も変わらなかった訳ではない。
一目見てわかった。
変わったのは…………肌だ。
元々俺の肌は男にしては白い方だった。
それが今では病的なまでに白く、青白いと言った方が正しい気さえする。
これは確かに屍だな。
自分が一度死んだ事を、深く悟った瞬間であった。
しかし、どうして傷が治っているのだろう。
そんな事を思いながら腕を見ていると、突然目の前に不透明な板が飛び出てきた。
「うわっ!何だこれ!?……………って、これは………。」
一度だけ見た事のあるもの。
それは、ステータスだった。
【ステータス】
『名前』
ネクロ
『種族』
ゾンビ
『スキル』
体術Lv1
格闘術Lv1
再生Lv1
魔眼Lv1
魔力感知Lv2
魔力操作Lv3
無属性魔術Lv2
闇属性魔術Lv1
『称号』
元無能魔術師
邪神の寵愛
名持ち魔物
「何か………知らないスキルが増えてるな。」
ステータスを見るのは、国王と初めて会った、あの日以来だ。
ステータスが見れるのは魔眼のスキルの効果か。
かなり使い勝手の良さそうなスキルだ。
傷が治ったのは再生スキルのお陰だな。
体術と格闘術という二つのスキルがあるが、体術は所謂身体操作の事で、体術スキルのレベルが高いと、身体を自在に動かせるようになると本で読んだ。
格闘術はそのままだな。徒手空拳だ。
称号は………一番上のは気にしない、うん。
二つ目がスィーリアの祝福だな。
三つ目は魔物としての俺が名前を持っている証明か。
魔物には本来、その個体を表す名は存在しない。
ある程度の力を持った者から名を貰った時、その魔物は更なる力を得て、名持ち魔物となるのだ。
そして最も気になるのがーーー
「闇………属性か……………。」
本当に………本当に属性があったんだ。
やっと………手に入れたんだ。
封印されていたのが、スィーリアの祝福のせいで解放されたのだろうか。
だとしたら、彼女には感謝してもし足りない。
他に気がつく事と言えば、天職が無くなっている事だろうか。
天職がなくなって種族になっている。
というかやっぱりゾンビなのか。
仕方ない事なのだが………ちょっと凹んだ。
そしてもう一つ、非常に気になる事があるのだが。
そもそも屍霊型の魔物に生前の記憶や、自我が存在するのは普通なのだろうか。
そんな事は本には書いていなかった。
むしろ、屍霊型の魔物は痛みや恐怖を感じない、ただ本能の赴くままに襲いかかってくる、と書かれていたのだ。
だとしたら、今の俺は明らかに普通ではない。
きっとこれも祝福のお陰なのだろう。
ーーーもし祝福を貰えなかったら、俺の自我は無くなってたんじゃ………。
そう思わずにはいられなかった。
スィーリアによりいっそうの感謝を捧げたのは言うまでもない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あそこでじっとしていても仕方ない………という事で、俺はいまダンジョンを探索していた。
「お、あれは………。」
薄暗い洞窟のような道を歩いていると、前方に気配を感じた。
足音をたてないようにゆっくりと進むと、やがてその姿が見えてきた。
カラカラと音をたてながら歩いている。
肉は全くなく、全身の骨をさらして動いている、どう見たって化け物のそいつは、間違いなく魔物だろう。
魔眼を発動させて見てみた。
【ステータス】
『種族』
スケルトン
…………………え、それだけ?
種族名しか見えなかった。
魔眼のスキルレベルが低いからかもしれない。
少し残念だった。
まぁ、今は気にしても仕方ないか。
気持ちを切り換えて前を見る。
やはりスケルトンか。
ゲーヲタの俺はもちろん名前を知っているし、この世界の本でもその名が出てきた。
最も現れやすい屍霊だそうだ。
どうしようか…………いつもの俺なら躊躇する所なのだが、不思議とあいつに負ける気はしなかった。
これについては思い当たる理由がある。
そもそもゾンビというのは、屍霊の中でも希少な分類だ。
なぜなら、ほとんどの死体は魔物化する前に骨になってしまうから。
肉体が残ったまま魔物化するという事は、それだけ魔物化する為に必要なもの、魔力をより多く保有している事になる。
つまり、ゾンビである俺は、目の前にいるスケルトンよりも明らかに上位の存在なのだ。
更に俺は名付き魔物だ。
普通のゾンビよりも更に強いはずだから、ただのスケルトン如きに負けるはずもない。
ただの仮説ではあるが、あながち間違ってもいないと思う。
この仮説が正しいのならば、俺がただのスケルトンに負ける可能性などありはしない。
俺は思いきって戦う事にした。
やけに心に余裕がある上に、戦闘を楽しみにしている自分に気が付いた。
これも祝福による影響なのかもしれないな。
スケルトンはまだ俺に気付いていない。
先手必勝。
猛スピードで走り寄り、ノロノロと無骨な槍を構えようとしているスケルトンに、全力の蹴りをお見舞いした。
自分の脚とは思えないほどよく動き、あまりの速度に驚いたが、それ以上に驚いたのはその威力。
蹴ったスケルトンは10m近く吹っ飛んで、骨はばらばらになってしまい、当然ながら起き上がってはこなかった。
ゾンビすげぇ。
そう思った。
ネクロ「なぁ、スィーリア。」
スィーリア「あら、随分変わったわねネクロ君。どうしたの?」
ネクロ「俺の一人称とか口調とかが変わってるんだが、これがスィーリアの祝福の影響なのか?」
スィーリア「えぇそうよ。」
ネクロ「こんな状況なのに恐怖とか混乱とかしなくて、常に冷静でいられるのも?」
スィーリア「えぇそうよ。」
ネクロ「初めての戦闘なのに余裕でいられたのも、むしろワクワクしてたのも?」
スィーリア「えぇそうよ。」
ネクロ「それ、俺なのか?」
スィーリア「あら、ネクロ君にはネクロ君にしかない記憶があるでしょう?何より、あなた自身が自分がネクロという個体である事を、これ以上なく認識しているでしょう?」
ネクロ「まぁ………そうだな。自分では大して違和感ないし。別人になったつもりもないし。」
スィーリア「それならあなたはネクロ君よ。他の誰でもないわ。」
ネクロ「そういうものか。」
スィーリア「そういうものよ。」