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死霊の異世界カーニヴァル  作者: 豚骨ラーメン太郎
第三章  【悪霊の墓】表層
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第一話  邪神

あれから、どれだけの時間が経ったのだろう。


赤瀬と宰相の罠に嵌められてから、おそらく数週間、僕はずっと馬車の中にいた。


傷の治らず、いくつかの患部は既に腐りつつある。


一日に二、三回水を飲まされ、数日に一回不味い食事を食べさせられた。


話す事すらままならず、ただ男達の話を聞いていた。


その話から察すると、どうやらこの男達は王国に蔓延る裏の組織の人間で、宰相の依頼によって僕を連行しているらしい。


連れていく場所は【悪霊の墓】と呼ばれる、世界最古とも言われる巨大なダンジョンだ。


どうしてわざわざそこに連れていくのか。


それには、この世界における、とあるルールが関係する。


そのルールとは、ある一つの昔話に起因するものだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



昔々、神がこの世を統治していた頃のこと。


人々は神の治世に頭を垂れ、神を讃える歌があちこちから聞こえていた。


天の神は言った。


「このままでは下界の者は神の奴隷に終始してしまう。」


地の神は言った。


「それでは、この世の統治を地上の者に任せよう。」


神がこの世に降臨しなくなり、世界はその地の人々のものとなった。


神が世界から離れ、生と死が生まれた。


神が作っていた命が、母体から生まれでるようになった。


永遠に続く命に、限りが生まれた。


神が世界から離れ、正と邪が生まれた。


他者を思いやる、正しき人がいた。


他者を嘲る、邪な人がいた。


様々な価値観が生まれた。


人々は思った。


これからは我々の時代だと。


しかし、そこで一つの問題が生まれた。


死者の扱いだ。


天の神は、こう言っていた。


「この世に死と悪が訪れる。


悪人が死んでも、火で燃やしてはならない。


聖なる火は魂を天に昇華させる。


悪の魂を天に運んではならない。」


地の神は、こう言っていた。


「この世に死と悪が訪れる。


悪人が死んでも、土に埋めてはならない。


母なる大地は魂を癒す。


悪の魂は癒されてはならない。」


人々は困った。


悪人の死体を、火葬する事も、土葬する事もできなかった。


そのまま放っておいては土に還ってしまう。


人々は困り果てた。


それを見た天の神と地の神は考えた。


天に昇る事も、地に還る事も許されないのなら、別の場所に閉じ込めてしまおう、と。


そして、神によって彼の地に亀裂が作られた。


その亀裂は下に下にと広がり、やがて大きな淵となり、神の力によって、その大きな淵はダンジョンとなった。


神は言った。


「悪人はこの淵に落とすが良い。


悪なる死者は、一度落ちたが最後、決して出る事はない。


ここを、悪人共の墓とせよ。」


人々は喜んで、神の言う通りにした。


それ以来、永らく神は降臨しなかった。


人々の治世が、今でも続いている。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



この昔話は、単なる物語ではない。


これは史実だ。


少なくとも、王宮で読んだ書物には、そう書いてあった。


クリストル王国の南西にある宗教国家、ホライズ法国の西方に、それはあるらしい。


底の見えない大きな亀裂。


悪人の死体はそこに落とすのが、この世界の慣習だ。


誰が呼び始めたかは定かではないが、今では世界最古のダンジョンとして、【悪霊の墓】と呼ばれている。


ここに入った悪人は、二度と出てこれないらしい。


という事は、悪人でなければ出てこれるという事だ。


無事に出られたら、の話ではあるが。


今まで幾人もの冒険者が、そのダンジョンに挑んでいる。


しかし、戻ってきた者は一人もいない。


死体がダンジョンの魔力で魔物化し、徘徊しているのではないかと考えられている。


死体に魔力が宿ると、屍霊型の魔物というのになるのだとか。


どうして僕がそんなところに連れて行かれるのか。


それは、悪霊の集う墓場で閉じ籠ってろ、という宰相の嫌がらせなのだろう。


嫌がらせにしては度を越えてるような気はするが。


今の僕には、抵抗する力はなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



ガタガタと動いていた馬車が止まった。


「よし、着いたぞ。ここからは歩きだ。」


一人の男がそう言い、他の男が僕を引っ張り出した。


「そいつは歩けん。誰か担いで来い。」


すると、一番ごつい身体をした男が、僕を担ぎ上げた。


「それじゃ、行くぞ。」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



10分は歩いただろうか。


もしかしたら30分程経ったのかもしれない。


もう僕には、時間の感覚がなかった。


「やっと………だな。それにしても、何度見てもこの穴は恐ろしいな。」


「あぁ全くだ。とっとと終わらせて行こうぜ。」


「そうだな………。」


大男が僕を降ろした。


二人の男が脇を抱えてきて支えられる。


リーダーらしき男が口を開いた。


「さて、俺自身はお前さんに何の恨みもありはしねぇが………ま、勘弁してくれ。」


「…………………。」


「ん?……何か言おうとしているのか?………おい、水を飲ませろ。」


僕の口に無理矢理水が入れられる。


喉の渇きが少しだけなくなった。


これなら、一言くらい喋られるかもしれない。


「………に……ら…せ」


「あ?何だって?」


必死に喉の筋肉を動かして、何とか言葉を紡いだ。


「し……に……………死に晒せ、糞野郎………。」


何とか言えた。


掠れてよく聞こえないだろうけど。


「…………くはっ…………ひひゃははは………………この男、ここにきてまだそんな事を言う気力があったのか。…………ここで死なせるには勿体無いくらいだな。」


「…………………。」


「ふむ、流石にもう話せんか。それじゃ、ここでお別れだ。悪いな………これも依頼なんだ。」


そう言って男は、取り出した短剣を、僕の胸に突き刺した。


「もし生まれ変わったら、そん時は、もう少しマシな人生送れると良いな。……………あばよ。」


腹を蹴り込んで短剣を抜く。


僕の身体は、深い淵の底に落ちていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



随分と長い間、落ちていたと思う。


重力に従って落下し、辿り着いた底に頭を打ちつけた僕は、奇跡なんか起きるはずもなく、呆気なく死んだ。


…………………はずだったのだが。








「えっと…………あなたは誰ですか?」


気がつけばよくわからない、次元が歪んだような空間にいた。


そして目の前に何故か女性が一人。


その女性は闇を体現したような漆黒のドレスを着ている。


膝裏まで届きそうなほどに長い黒髪は艶やかで、この世のものとは思えないほど白く美しい肌によく合っていた。


春香やマリアなど、今まで綺麗な女性は数多く見てきたつもりだったが、これほど美しい人には会った事がなかった。


人の身には過ぎたる美しさ。


おそらく人ではないのだろう。


何故かはわからないが、何となくそう思った。


その女性は、ついに口を開いた。


「初めまして、ネクロ・フジサキ君。私の名はスィーリア。邪神よ。」


時が止まった。


人ではないと思っていたが………神?


それも邪神?


僕が読んだ本には、天の神と地の神しか出てこなかったが………。


本来なら一笑に付したいところだが、何故か僕は彼女の言葉を素直に信じる事ができた。


「えっと……初めまして………邪神様?………僕は富士崎根黒です。」


自己紹介をすると、邪神様はくすくすと小さく笑う。


「面白い子ね。私の事はスィーリアで構わないわ。」


「は、はぁ………それでは、スィーリアさん。」


「………まぁいいわ、何かしら?」


「ここはどこなんでしょうか?僕は一体………」


「ここは私が作った神域と呼ばれる空間よ。死んだあなたを呼び出したの。」


「あ、やっぱり死んだんですか………そりゃそうですよね。どうして僕を呼んだんですか?」


「ちょっと気になる事があってね。」


「気になる事……ですか?」


「えぇそうよ。あなたの属性について……なんだけど。」


「属性って………僕には属性なんか………」


「あら、属性も持たない人の天職が魔術師になるなんて、本当にそう思ってるのかしら?」


それは……………。


僕もそれは気になっていた。


天職とはその人の素質を表すものだ。


無属性なのに魔術師なんて、そんな事ある訳ないって。


しかし、いくら調べても、何もわからなかった。


「よく聞きなさい。………あなたは属性を持っているわ。」


………………え?


「あなたをこちらに召喚した術式は、元々は天の神が人間に与えたものよ。天の神の魔術だから、あなたの属性は消去………というより、封印されてしまったのでしょうね。」


「封印……?なんで………」


いや、そんなの考えるまでもない。


この世界にある属性は六つだ。


その中で、一つだけまだ見たことのない属性がある。


最も希少な属性。


天の神と相反する属性。


それは……………






「まさか……………闇属性?」


スィーリアさんは笑みを浮かべた。


「えぇ、その通りよ。あなたは闇の属性を持っている。」


「そっか………そうだったのか………」


封印されてちゃ………わかる訳ないよ………


天の神に愚痴りたい気分だった。


「でも………わかったところで、どうしようもないですよ。僕はもう、死んじゃったし。」


「あら、確かにあなたは死んだけれど、まだ消えた訳ではないわ。」


それは一体どういう…………あ


「僕、もしかして魔物化するんですか?」


「その通りよネクロ君。というか………絶賛魔物化中ね。」


「そう………なんですか。」


「あら、浮かない顔ね。もしかしたら表に出られるかもしれないのに。」


「そりゃそうですよ、今まで人間だったのに、急に魔物になるなんて……………………ん?ちょっと待って下さい、出られる?ダンジョンからですか!?」


「えぇそうよ。あのダンジョンから出られないのは悪人だけ。あなたは悪人じゃないから出られるわ。………同じように、冤罪で落とされた人も、結構いるのよ?」


「そんな……………ど、どうしたらそこを出られるんですか?」


「それはもちろん、ダンジョンの最深部に行って、ダンジョンの主を倒せば良いのよ。」


「………………そう…………ですか。」


「あら、随分と落ち込んじゃったわね。どうしたの?」


「だって、僕じゃそんなの倒せないですよ。屍霊型の魔物になるんですよね?だったら、どれだけ時間をかけても…………」


実は、屍霊型の魔物は、他の魔物と違って成長しないのだ。


魔物にもスキルがあり、経験を積む事で強くなる。


しかし、屍霊型の魔物は、魔物化した時のまま変わらないのだ。


「確かに屍霊型の魔物は成長はしないわ。けれど、進化はできる。」


進化とは、数多くの経験を得た魔物が、一つ上の存在に昇華する事だ。


例えば、ゴブリンがホブゴブリンになり、更にオーガになる、という例がある。


しかし。


「進化って、どんな魔物でもできる訳じゃないですよね?法則はわかってないけど、素質のある魔物だけ、と本で読んだんですけど。」


「えぇその通りよ。けれど、素質という言い方は間違っているわね。正しくは邪神の祝福を受けた魔物が、進化する資格を得るのよ。」


「邪神の祝福って…………………え?」


「そう、私よ。」


スィーリアさんは軽くドヤ顔をしている。


ちょっと可愛い。


「スィーリアさん…………祝福……くれるんですか?」


「んー………そうねぇ…………………」


スィーリアさんはじっとこちらを見ている。


「ネクロ君は、もしダンジョンを出る事ができたら、どうするの?」


「え?……どうするって………」


「ネクロ君を殺した者達への復讐?それとも逆らう者を皆殺しする魔王にでもなるのかしら。」


皆殺しって…………魔王って……………


「さぁ、教えて頂戴?あなたは、力を得て何をしたいの?」


スィーリアさんは何かを見定めるような目をしている。


僕は…………。


「復讐………というか、確かにやり返したいとは思います。赤瀬も宰相も………絶対に許す事はできない。」


「そう……。」


「それに、僕も男ですから、力で我が儘を押し通す事にも憧れます。」


「…………………。」


「でも、僕は…………。僕が本当にしたいのは………………。」


「………何かしら?」


僕は…………








「僕は!このファンタジー世界を楽しみたい!!」






「………………………え?」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ーーーつまり、ネクロ君はこういう世界に憧れていて、折角だから色んな所を旅したい、と。」


「そうです!折角ファンタジー世界に来たのに、ほとんど城から出てないですし!!このままじゃ死にきれないよ!!」


「……………何というか………まぁいいわ、君はそういう人なんでしょうね。」


何か疲れてるように見える。


大丈夫だろうか。


「とにかく、そういう事なら条件付きで、あなたに力をあげるわ。」


「え、本当ですか!?」


「えぇ本当よ。ただし、さっきも言ったように、条件付きでね。」


「条件…………なんでしょうか。」


邪神の条件って…………何か怖いな。


「あのね、ネクロ君………。あなたが消えたら、私のものになってくれないかしら?」


………………………。


「…………え?」


「だから、あなたに祝福をあげる代わりに、あなたが消えたら、その魂ごと私にくれるのが条件よ。」


魂をあげるって、なにそれ怖い。


しかし…………………


「ファンタジー世界の為……………しかし、魂なんて………。」


「別に地獄に落ちたりする訳じゃないわ。ただ、神っていうのは結構暇なの。だから、相手になってくれそうな人がいたら………ね。」


いや、ねって………。


「まぁでも………そういう事なら。…………はい、わかりました。その条件、飲みます。」


「そう!それは良かったわ!!それじゃ早速………んっ……………」


「え?………ちょっ!!……………っ」


スィーリアさんが近付いてきたと思ったら、突然……………接吻してきた。


ーーー僕のファーストキスが…………


「私もだから安心して。ここまで本気の祝福なんて初めてなの。」


ちょっと顔を赤くしてる。


その顔はやばいです。


「さて、そろそろ魔物化も終わるみたいだし、ネクロ君も戻った方が良いわね。」


「え、あ………そうですか。」


「ふふっ………そんな顔をしなくても、またいつか会えるわ。ちゃんと見ているから、ね?」


「は、はい。わかりました。」


「それじゃあね、ネクロ君。………………あ、言い忘れてたけど、邪神の祝福の影響で、性格がちょっと変わるかもしれないけど、まぁ支障はないわ。」


「あ、はい、さようなら、スィーリアさん。…………………え?いや、ちょっ………それ結構大事な事じゃ!?」


身体が引っ張られるような感覚がして、僕の意識は落ちていった。


スィーリアさん…………そういうの先に言って下さいよ。

ネクロ「スィーリアさん、邪神って何なんですか?」


スィーリア「あら、凄く今更な事聞いてくるのね。」


ネクロ「いや、何か忘れてたというか、気にする暇がなかったというか。」


スィーリア「まぁいいわ。邪神というのは、世界の悪を司る神よ。」


ネクロ「え、じゃあ悪い神じゃないですか。」


スィーリア「そうでもないわ。綺麗すぎる水には生物は住めないでしょ。世界ってそういうものよ。」


ネクロ「つまり必要悪とかそういう…………。」


スィーリア「その認識で間違ってはいないわね。司るとは言ったけれど、私が作ってるわけじゃないの。」


ネクロ「あ、そうなんですか。それともう一つ気になったんですけど、どうして神話にはスィーリアさんは出てこないんですか?」


スィーリア「私が生まれたのは神の治世が終わってからよ。正と邪が生まれたって書いてあるでしょ。」


ネクロ「なるほど。」


スィーリア「生まれた時には既に人の治世になっていたし、表舞台に登場した事はないわね。」


ネクロ「つまり引きこもりなんですね。」


スィーリア「…………………………。」

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