第十話 憎悪の灯
翌日、起きて外を見ると、既に空には夕焼けが広がっていた。
どうやら丸一日眠っていたようだ。
最近は食事もまともに取っていなかったのだが、今はとてもお腹が空いている。
ミレイを呼んで夕飯を持ってきてくれるよう頼んだ。
その間に風呂に入る事にした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
風呂に入ってさっぱりした良い気分だ。
夕飯を食べたら春香と話しに行こう、と考えながら歩いていると、途中でマリアに会った。
「やぁ、マリア。昨日はごめんね。」
「ごきげんようネクロさん。いえ、お気になさらないで下さい。…………それより、何だか顔色が良くなったようですね。」
マリアが安堵した笑みを浮かべる。
「あぁ、何とかね……。心配かけて悪かったね。もう、大丈夫だから。」
「えぇ、本当に良かったです!お元気になって。」
「ミレイのお陰だよ。彼女は素晴らしいメイドだね。………たまにだけど。」
「そうですか、ミレイが…………。ふふっ……何だか、少し妬けちゃいますね。」
「何それ……ははっ…。」
「ふふふ……冗談ですよ。彼女がお役に立てたのなら良かったです。………でも、私にも頼って下さって良いんですよ?私、王女ですから!」
胸を張って若干ドヤ顔のマリア。
「ありがとう、マリア。頼もしいよ。」
「いえいえ………それでは申し訳ありませんが、失礼致しますわね。」
「うん、それじゃあね。」
マリアにもかなり心配をかけていたようだ。
いつかお詫びをしなければならないな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
部屋に戻って夕飯を食べた僕は、早速春香の部屋に向かおうとした。
すると、扉を叩く音がした。
「こちらはネクロ様のお部屋で間違いないでしょうか。私は王宮のメイドです。」
聞いたことのない声だ。誰だろう。
「あ、はい、そうです。どうぞ、入って下さい。」
「はい、失礼致します。」
そう言って入ってきたのは、燃えるような赤い髪をポニーテールにした、少し吊り目の美人さんだった。
ミレイとはまた少し違ったタイプの美しい人だ。
「えっと、どうかしましたか?」
「初めましてネクロ様。私はハルカ・シロミネ様にお付きしているメイドでございます。」
「あ、初めまして、ネクロです。…………そうですか………ハルカの……。」
「はい、この度はハルカ様より、ネクロ様への伝言をお受けしましたので、お伝えに参りました。」
ハルカからの伝言……か。何だろう。
「は、はい。………何でしょう?」
「はい。ハルカ様は『話がしたい。誰にも見つからないよう、王宮外の庭園に来て欲しい。』と……。」
「王宮外の庭園……?しかし、この時間は城の外には出られないんじゃ?」
それに、誰にも見つからないようにって……。
「既に話はつけてあります。………ハルカ様は、なるべく二人だけで話がしたい、と仰っていました。」
「そうなんだ。わかったよ。」
話をつけてるなら、別に誰かに見つかっても良いような気はするけど………。
まぁ直接聞いてみれば良いか。
僕はそれ以上深く考えずに、王宮を出て庭園に向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
既に夕日は姿を消して。
薄暗い闇が空を覆っている。
小さな灯りはあるけど、遠くの方は見渡せない。
庭の中央に向かって行くと、こちらに背を向けている人影が見えた。
背丈を見るにハルカではない。
更に近寄ると、徐々にその全貌が見えてきた。
足音を聞いて、その男が振り返る。
暗闇でも映える赤い短髪。
虎のようにこちらを睥睨する瞳。
あの日の恐怖が甦る。
赤瀬夏樹は小さく鼻で笑って、笑みを浮かべた。
「よぉ、ネクラ。こんな夜中にどうしたんだ?」
何が起きているのか、わからなかった。
「おいおい、どうしたんだよ?言葉を忘れちまったのかぁ?」
「え、あ………なん……で?」
「何で俺がここにいるのかって?それはな…………俺がてめぇを呼び出したからだよ。」
「え……でも、あのメイドさんが………。」
「くはっ……くく………あのメイドが白峰の付き人ってのは嘘だ。………あいつは俺のメイドなんだよ!」
どうしてそんな嘘を……?
「一体、何の為に………?」
「そりゃもちろん、誰もいない所でお話をする為に決まってるだろぉ?……なっ!!」
そう言って、赤瀬は突然僕の腹に蹴りを入れてきた。
不意の一撃を食らって無様に吹き飛ぶ。
「俺はな、てめぇの事が嫌いで嫌いでたまんねぇんだよ。………どうしててめぇみたいな奴が、白峰の近くにいるのか、謎で仕方ねぇんだわ。」
赤瀬は近寄って、踞る僕を何度も蹴る。
何度も。何度も。何度も。
「あっひゃひゃ、いつかてめぇをぶっ殺してぇって…………ずっとそう思ってたんだ。」
「だ、だとしたら、どうして今なんだ?今までだって機会はあったはずだ。」
「流石に俺だって躊躇はするさ。でもよぉ………あんなの見ちまったら、こうするしかねぇじゃねぇか。」
「あんなの……?」
「おいおい、一週間前の事をもう忘れちまったのかぁ?」
「一週間前?……………っまさか!?」
「あぁそうさ、この目で見てたんだよ、てめぇが白峰を泣かすところをなぁ。」
あの場に赤瀬がいたのか………。
「くっ………ぼ、僕を………殺すつもりか……?」
「ふひひ…………ま、本当ならそうしてぇ所なんだが、こんな場所でそんな事しちまったら流石に隠せねぇからな。」
「だ、だったら………」
「でもよぉ………てめぇが恨まれてるのは、どうやら俺だけじゃあねぇみたいだぜ?」
「え…………」
「てめぇをぶち殺すのに、協力してくれる人がいるって事だ。」
そんな………一体誰が………。
僕は混乱する頭で必死に考えた。
そして一つの結論に至る。
どうしてこんなに簡単に王宮の外に出られたのか。
どうしてこれだけ声を上げているのに人が来ないのか。
どうして赤瀬がここまで大胆な手段に出たのか。
騎士に命令できる程の権力。
赤瀬が信頼する程の地位。
そして、僕を恨んでいるというその人物。
「まさか………」
「そう、私ですよ、ネクラ殿。」
やってきたのは、宰相であった。
僕は必死に考えた。
この場から逃げる方法を。
しかし。
「おっと、逃げられるとは思わない事ですな。この周辺は、既に私の部下が囲っています。ここには誰も来ません。」
嘲笑を浮かべて、僕に絶望を叩きつけてくる。
「てめぇはもう死ぬしかねぇんだよ。残念だったなネクラくんよ。………ま、もう少しだけ、遊ばせてくれや。」
地獄の時間が、始まった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ふぅ………まぁ、こんなもんで許してやるか。」
赤瀬が手で風を扇ぎながら汗を拭う。
「そうですな、これ以上は時間的にも厳しいものがある。私も久々に魔術を使えましたし、これくらいでやめておきましょうか。」
宰相も満足そうな笑みを浮かべている。
そして僕は………
「…………………………。」
「こいつ、もう喋らなくなっちまったな。つまんねぇの。」
そう言って僕の身体を蹴り上げる。
もはや呻く事さえできない。
「まぁ、所詮は無能魔術師ですからな。こんなものでしょう。」
既に興味はなくなったとばかりに、冷たい視線で見下ろす。
「んじゃ、後は任せちまって良いんだよな?」
「えぇ、お任せを。この者はしっかりと処分致しますので。」
「…………わっかんねぇなぁ。どうせ処分するなら、適当に燃やしちまえば良いだろうに。」
「それはこの世界においては禁忌でございますれば。…………悪人には悪人の死に場所がございます。」
「まぁ、それはわかってっけどよ。んじゃ、後は宜しく。」
「えぇ、お疲れ様でした、アカセ殿。」
赤瀬はこちらを振り向く事なく、城へ戻っていった。
「………………ふんっ、所詮はガキだな。扱いやすくて何よりだが。」
突然口調を変えた宰相がそう愚痴る。
「さて、早くこのゴミを処分しなければ。…………おい、お前達、計画通りに行動しろ。」
すると、どこからともなく男達が現れ、僕を拘束した。
「それでは、報酬は約束通りに。」
「わかっておる。そのゴミを始末したら、きっちり払ってやろう。早く行け。」
「えぇ、それでは。」
僕はその男達に抱えられ、街の路地に停めてあった馬車に乗せられた。
「よし、行け。目的地は………【悪霊の墓】だ。」
そこで僕の意識は途絶えた。