第七話 腹黒宰相
赤瀬から殺されかけたあの日から、一週間が経過した。
赤瀬も冷静になって、流石にやりすぎたと思ったのか、あれから僕に絡んで来る事はなくなった。
秋人達はどこからかあの日の事を聞いたらしく、数日前、突然僕の部屋にやってきて、その時の事について問い詰めてきた。
怪我が既に治っている事を知って安堵していたが、彼らは赤瀬達に対して憤怒していた。
特に真冬が怖かった。
もし止めなかったら、真冬は赤瀬達を殺していたかもしれない。
そう思うくらいに怒気を漲らせていた。
また、恐れていた事態が起きた。
僕とマリアとの関係についてだ。
元々僕の事を快く思っていなかった一部の騎士や使用人は、僕がマリアを呼び捨てにしている事に憤慨し、極端な人達は斬りかかろうとさえしてきた。
もちろんそれはマリアが諌め、言い含めたようだが、納得した様子はなかった。
こうなる事を予想しなかった訳ではないが、そこは譲ってしまった僕の責任でもある。
そんな事があっても、僕はマリアに対する接し方を変えるつもりはなかった。
それに、悪い事ばかりでもなかった。
マリアと仲良くなった事で、少数ではあるが、何人かの騎士や使用人が、僕を擁護してくれるようになったらしい。
ミレイから聞いた話ではあるが、マリアが認めるような人物なら、という事らしい。
少しでも蔑まれなくなったのなら重畳だ。
一番驚いたのは、国王陛下が認めてくれた事だ。
僕とマリアが友人として接している事を聞き付けた陛下は、何と僕を書斎に呼び出した。
首を斬られるような事になりはしないかとびくついていたのだが、むしろ陛下はマリアに友人ができた事を喜んでいる様子だった。
国王の一人娘であるマリアには、同年代の友人などいなかったらしい。
これからも仲良くしてあげてくれと言われた。
しかし、最後に言われた「大丈夫だ。国王になるのに力はいらない。臣民と妻に対する愛があれば。」とは、どういう意味だったのか。
何故かその言葉を一緒に聞いていたマリアが、顔を赤くしているのが印象的だった。
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陛下が認めてくれた事で、騎士や使用人達も、納得はしていなくても、直接文句を言うような事はなかった。
それよりも問題なのはーーー
「やぁやぁフジサキ殿、こんな所で何をしておられるのかな?」
ーーーこちらを見下している事を隠すつもりはない、とでもいうような嘲笑を浮かべている、この男だ。
この男の名はモードレッド。
クリストル王国の宰相だ。
陛下と謁見した際などに、顔は見た事があったのだが、話したのはつい数日前だ。
この男は、どうやら僕をかなり嫌っているらしい。
代々優秀な魔術師を輩出している侯爵家の人間で、この宰相自身も元は宮廷魔術師だったのだとか。
そんな訳で無能魔術師と蔑まれる僕を元から嫌っていた上に、マリアとの一件だ。
マリアやミレイから聞いた話では、モードレッドは自分の愛息子をマリアと結婚させる事を、長年の目標にしているらしい。
モードレッドの息子は優秀ではあるが他者を下に見る性格であり、容姿が優れている事を嵩に着て数多くの女性に手を出している為、結婚など絶対にしたくない、とマリアはぼやいていた。
国王もマリアの気持ちを汲んでくれており、何かと理由を付けては婚約の申し込みを断っているようだ。
モードレッド自身も、若い頃は息子と同じような人間だったらしく、今でも自意識過剰なめんどくさい性格らしい。
それならば辞めさせれば良いとも思うが、モードレッドの家は、この国の二大派閥の一つである貴族派の筆頭で、いくら国王とは言えど、そう簡単に辞めさせる事はできないらしい。
ちなみに二大派閥のもう一つは国王派だ。
今はまだ貴族派よりも大きいが、油断はできないのだとか。
要するに、モードレッドは貴族派の筆頭として国王派を潰したい。その為に自分の息子を王女と結婚させようと画策してきた。しかし急に王女の友人だとかいう男が現れて仲睦まじく接している。しかもその男は属性を持たない無能魔術師、と………。
そんな訳で、僕は何かとモードレッドに絡まれるようになってしまったのだ。
「どうも、僕に何かご用で?」
「いえいえ、たまたまフジサキ殿を見かけたので、お声をかけただけですとも。しかし、何故このような所に?いまは皆さん鍛練の時間では?」
ニヤニヤとした笑いが鼻につく。
「僕は鍛練には参加していないのですよ、属性魔術も使えませんし、近接戦闘でも他の人に迷惑をかけますから。」
「おやおやそれは何とも。残念な事ですなぁ。」
ーーーこの野郎
本当に腹の立つ男だ。
本来なら聞き流すところだが、流石にそろそろ苛つきが限界になってきた。
「えぇ、本当に残念ですよ、戦闘でお役に立つ事ができなくて。あまりにも暇なものですから、今からマリアとお茶会でもしようかと思っていたところで。」
そう言うとモードレッドは嘲笑を引っ込め、不機嫌そうな顔をした。
「こう言っては何ですが、あまり王女殿下をそのように呼ぶのは如何なものかと思いますがね。」
「えぇ、僕もそう思っているのですがね。名前で呼ばないと彼女が拗ねてしまうので、仕方なくこうしているのですよ。いやはや、マリアは僕のどこをそんなに気に入ったのか。不思議ですねぇ。」
モードレッドは不機嫌を通り越して顔が赤くなってきている。
「あまり調子に乗らない事ですなネクラ殿。」
「はて、何の事ですかね?僕とマリアが友人である事は変えられぬ事実。もしや宰相殿に何か不都合な事でも?それならば国王陛下を交えてご相談致しますが。」
「ぐぬ…………い、いや、そういう訳ではないが……。」
「それならば結構。宰相殿もお忙しいご身分でしょう。あまり時間を取らせてはなんですから、そろそろお暇させて頂きますね。」
「ぬぅ……そうですな、それでは………。」
背中を見せて歩き始める宰相の背中に声を投げ掛ける。
「あぁそうだ!宰相殿、もしやお忘れではないでしょうが、僕の名前はネクラではなくネクロです。一国の宰相ともあろうお方が、間違えるはずはないでしょうがね。」
モードレッドは振り返らず、大股でドスドスと歩き去った。
ちょっと言い過ぎかとも思ったが、これくらいたまには良いだろう。
ちょっとだけ溜飲が下がる思いだった。




