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第六話 蜜柑箱

 

 冷蔵庫、電子レンジ、スマートフォン。


 日本には電化製品三種の神器というものがあり、それは時代によって移り変わるが――丈二の頭で現代における三種の神器を新旧問わずに考えた時、この三種類に収まった。

 昔の三種の神器や3Cの中では冷蔵庫だけが残された。洗濯機やクーラーことエアコンもおおむね必須家電だったが――丈二は電子レンジに、それらを抑えて神器入りできるだけの力を感じた。

 レンジそのものが進化していることもさることながら、コンビニ弁当や冷凍食品、それにレンジ用調理器具などのソフト側の成長が著しい。

 一方で車はアメリカ人の最重要アイテム、こんな田舎暮らしにも必需品だが、日本では公共交通機関の発達とともに持たない家庭が増えている。テレビはパソコンに取って代わられた上に、偏向報道が横行したりヤクザがみかじめを取りに来たりで徐々に廃れ始めてしまった。

 あとはスマホとパソコンとタブレット端末のうちどれを入れるかで迷ったが、屋外で気軽にネットに接続して検索機能が使えるという点で、スマホが他を上回ったのだ。

 別に電話機能は、なくてもいい。



「という訳で、今日は我が家に白物家電がたくさん届き来ます。しかし一番大きい冷蔵庫は、玄関からは入りません」


 丈二がこんなくだらない妄想にふけっているのは、昨日の買い物で冷蔵庫や電子レンジなどを購入していたからである。他にも炊飯ジャーや洗濯機も購入し(説明する必要もないが、この近辺にコインランドリーなど存在しない)、いずれも今日の午後に届く手筈になっている。

 エアコンの購入も検討したが設置工事に二週間ほど待たされると聞いて、ひとまず扇風機で我慢することにした。

 そんなに待たされるのであれば、いっそ一ヶ月待ってダンボールハウスを撤去してからでもいいだろう。ネットの工事こそ一刻も早く行いたかったが、こちらは否応なしに一ヶ月待ちだ。


「いや、でかくねーですか冷蔵庫? 一人暮らしでしたよねぇ?」


 丈二は廊下から大窓を開け、中庭にいた椿と杜松子に事情を説明しようとして――一体何を期待したのか、椿はニヤけた顔で丈二にそんなつっこみを入れてくる。


「ここだと買い溜めしなきゃやってらんないだろ、まだ車もないし」

「むう……」


 そんな椿に丈二が冷静に説明を返すと、彼女は何故かむくれてそっぽを向いた。

 丈二が女を連れ込もうとしているとでも思ったのだろうか? つい先日まで海外で暮らしていた事は伝えたはずで、そんな勘違いが入り込む余地はないと思うが。

 ――ああ、食中毒防止のために水道水を提供したから、冷蔵庫も貸してもらえると思ったのか。庭で死なれるのは至極困るが、そこまでしてやる義理はない。


「話を戻すと、冷蔵庫は中庭から搬入せざるをえませんが、それには一つ大きな障害があります」

「障害ですか?」

「いや杜松子、首傾げてる場合じゃないからね。こいつは邪魔だから私達の家を退かせって言ってるのよ」

「ええええええっ!?」

「そこまで言わないから。あとこいつとか言うな。

 ……要するに、冷蔵庫を台所に運ぶのを手伝えって言ってんだよ。宅配業者の人にこの中庭は見せらんないだろ」

「それならそうとさっさと言えばいいじゃない」

「お前がいちいちチャチャを入れたんだろうが!」


 丈二は椿のチクチクとする喋り方に眉間を押さえる。簡単な説明をするだけのはずだったのに、どうして自分はこんなにも疲れているのか。

 朝から気力をごっそりと奪われて、丈二はため息をつきながら廊下にしゃがみ込んだ。

 そんな丈二を椿は何故か勝ち誇った笑顔で見下ろして、杜松子は首を傾げて見つめている。丈二にはこれ以上椿と張り合う気力はないので、杜松子の方を見て問いかける。


「そういえば蜜柑は?」

「はい、蜜柑さんなら今日も蜜柑箱に籠ってますよ」

「えっと……昨日は聞き流したけれど、その『蜜柑箱』って何?」

「それはもちろん、蜜柑さんの入ってる箱です」

「うん、それはなんとなくわかる」


 わかりたくないと思いつつも薄っすらと理解している自分に絶望しそうになるが、丈二にも経験があることだ。狭い空間や壁のそばが落ち着くのは人間の本能だと聞くし、大方狭い場所にでも引き篭もっているのだろう。特に蜜柑も丈二同様、人目につかない場所の方が安心できる質の気がする。

 なので丈二が聞きたかったのは、その『蜜柑箱』なるものの詳細だった。いくら蜜柑が小さいとはいえ、さすがに温州ミカンの箱には入るまい。


 しかし、杜松子には首を傾げられる。――これ以上何を説明すればいいの、とでも言うように。

 仕方なく椿へと視線を移せば、彼女はより一層の笑みを浮かべて丈二を見下ろしている。その顔は不愉快極まりないが、かといって逆上して女の子に手をあげる様な丈二でもなく……やはり蜜柑箱なるものの正体が気になったので、渋々椿に視線を送って説明を求めた。

 こちらは杜松子と違って丈二の意図をくみ取ったらしい。椿は丈二に一太刀浴びせて満足したのか、ニヤニヤしながらも説明を始めた。


「蜜柑って落ち込んだ時に、人目につかない所で膝を抱えてうずくまる習性があるのよね。で、たまに喧嘩した時とかに、家から出てっては色んな場所でそうしてたのよ。夜になっても帰って来ない時とか探すのがもう大変で大変で……

 それでこの私が蜜柑専用引きこもり箱を、家の中に作ってあげたってわけ」

「なるほど。それってやっぱり、ダンボールで出来てるのか?」

「まあね。他に材料ないし、ツギハギして造ったわよ」

「……まさかミカン箱だけ集めて作ったりはしてないよな?」

「そ、そんなわけないじゃない!?」


 椿は反論しながらも視線を逸らす。


「あっ、私も椿さんと一緒に探したんですけど、時期的に見つからなかったんですよミカン箱。まだおミカンの季節じゃないから」


 突っ込む前に隣にいた杜松子が種を明かし、椿が明後日の方を向いてむくれる。

 丈二はそれで椿にやり返した様な気分になったが――それで自分の傷が癒えるわけでもない事に気付くと、静かに首を振って大窓を閉めた。


 この状況を笑える余裕は丈二にはない。

 蜜柑にそんな引きこもり癖があるなら、あらかじめ教えて欲しかった。そしたらあそこまで説教したりはしなかったのに。

 このままだと蜜柑が箱から出てくる時まで、丈二は耐え難い居づらさを味わうことになる。それは長期になればなるほど苦しくなるし、椿や杜松子の丈二に対する反応も段々と変わってくるだろう。

 いまの所は水道水の提供で椿や杜松子の機嫌がまま取れているものの、このまま蜜柑が出てこなければ、やがて椿や杜松子の視線も突き刺さるように鋭くなるに違いない。

 ――そしてひとたび刃物になった視線は、なかなか元には戻らない。


 となれば丈二よ、いまのうちに何か手を打っておくべきではないか?

 最悪、蜜柑のご機嫌とりに冷蔵庫の一部使用許可も考えながら、丈二はノロノロと掃除を始めた。



 *   *   *   *   *



 丈二の心中はさて置いて、家電製品は指定した時間通りに到着した。

 小物は業者の人に玄関の中まで運んでもらい、そこからは丈二が中に運び込む。この時玄関から奥のダンボールハウスが見えないように、あらかじめ中庭の雨戸は閉めてある。洗濯機は重いが玄関から入るサイズのため、これも玄関に置いて貰った。

 洗濯機に関して言うなら厄介な設置作業もお願いしたいところだったが、廊下の奥まで行くとどうしても中庭が見えてしまうために頼めなかった。やや気にしすぎかもしれないが、少しでも不安要素を作りたくないのが丈二の素直な心情である。

 業者の人は最後に冷蔵庫を裏まで運ぼうとしてくれたが、丈二はそれを丁寧に断る。業者は玄関前の冷蔵庫を不安げに気にしながらも、トラックに乗って帰って行った。


 丈二は残念娘達を呼ぶために、閉めていた大窓と雨戸をあける。

 そこにはジャージに軍手の姿でスタンバイしていた杜松子と共に、蜜柑が直立不動で立っていた。

 椿の姿はない。


「あ、えっと、その、昨日はごめんなさい!」

「いや、こっちこそごめんな? 俺も昨日は言い過ぎたよ」


 蜜柑は丈二を見るなり頭を下げてくる。

 丈二は予想外の遭遇にドギマギしたが――しかし偶然蜜柑に遭遇した時のために用意していた台詞を絞り出した。何事も準備が肝心だ。

 正直な所、蜜柑が早々に出てきてくれた事に丈二は感謝したい気分ですらある。


「落ち込んで引き籠ってるって聞いたから、心配したよ」

「……あの」

「ああ、そんな心配はしなくて大丈夫ですよ丈二さん。どのみち日中は蜜柑箱の中が蒸し暑くて、蜜柑さんは外に出てきますし」


 杜松子からもたらされた素敵な情報に、丈二と蜜柑は押し黙る。


 ずっと聞こえていたはずの蝉の合唱する声が急に大きくなってきて、丈二に夏の暑さをじわりと伝えてくるのだった。


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