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第二十一話 さよならクローゼット

 

 翌日、犬飼家の工事はつつがなく終了した。

 工事の際、三人娘に隠れてもらったのは当然として、問題だったダンボールハウスをどうしたのかと言うと――ダンボールハウスの扉や窓に、外側から更にダンボールを貼り付けたのだ。

 そうして完成したのは『旗の立つダンボールの塊にしか見えない物体』で、丈二はそれを「妹の造った芸術作品オブジェです」と言い張ることで誤魔化した。

 工事関係者達が「芸術はよくわからないな」などと呟く声に、「俺もです」などと笑顔で相槌をうちながら……勝手に不思議系芸術家に仕立ててしまった妹の凛に、心の中で謝り続けた丈二だった。



 ――と、そんな苦労のあった末、犬飼家にもようやくインターネットが導入された。

 生粋の現代っ子である丈二には、喜びよりも安堵の思いが強い。工事を待っていた間もネットなしには生きていけず、毎回買い出しの時はネットカフェにも寄っていたくらいである。

 丈二はさっそくアメリカから持ってきたノートパソコンを起動して、大学受験の情報や冬野菜の育て方など、ネットカフェでは調べきれなかった事案を処理していく。

 特に、椿や杜松子については念入りに検索してみたが……残念ながら、これといった情報は得られなかった。


 そんな風に、パソコンにかじりつきながら過ごす日々を続けたある日のこと。

 その日のパソコンの画面に映るのは……丈二がアメリカにいた頃にからお世話になっている、成人向け動画サイトのトップページだった。

 健康な男子であれば、そういう衝動にかられる日があって当然だろう。丈二ははやる心を抑えつつ、鼻を少し膨らませながら動画を探していた。

 やがて新着動画の中で一番気になった、ブロンド髪の美女がサムネイルになっている動画をクリックして――


「お邪魔しまーす」


 ――ガラガラッと窓が開けられる音と、続けて聞こえた杜松子の声に、反射的にノートパソコンの電源を落とした。


 杜松子とおぼしき足音は、徐々に丈二の部屋へと近づいてきて……しかし丈二の部屋に入ってくる事はなく、そのまま部屋の前を通り過ぎて行く。

 それからすぐに、トイレのドアが開閉する音が聞こえた。

 

「お邪魔しましたー」


 しばらく待つと水音がして、再び杜松子の声と足音が聞こえた。


 足音が屋敷を去った後、丈二がノートパソコンに目を落とすと、漆黒の画面に仏頂面の男が映っていた。



 *   *   *   *   *



 丈二が三人娘にトイレと風呂を貸すようになって早数日。

 最初の頃は『玄関のチャイムを鳴らしたら丈二が出迎える』方式にしていたのだが……いざやり始めるとかなり面倒臭かった上、丈二が男性である以上、女性のトイレに出迎えることには気まずさがあった。

 そのためすぐに『中庭から勝手に入ってこい』方式へと変えて、中庭側の大窓は鍵を開けておくことにしたのだ。


 これに関して、防犯上の心配はさほどしていない。

 いまさら彼女達に対して、暴行されたり庭に埋められたりする疑いはかけていない。あるとすれば盗難だが、これも三人娘に限って言えば、パソコンやスマホを盗られることはあるまい。お金については彼女達の良心を信じるしかないが、丈二は家計簿をつけているので盗られた場合はすぐにわかる。

 仮に彼女達に魔が差したとしても……まあ、食べ物の盗み食いをされるくらいだろう。


 そうした判断の結果、中庭側の大窓を常時開放しているため、時々三人娘が屋敷の廊下を行き来するようになっている。

 丈二が屋敷に引き籠っていても、頻繁に三人娘を見かけるようになった。

 彼女達との距離感の変化に、慣れるまでもうしばらくかかりそうな丈二である。


 ……ここまでするならいっそのこと、三人娘を屋敷に住ませてやれば早い気もするが。

 つい先日、蜜柑にがっつり拒否されたばかりのため、丈二から提案するつもりはない。


(あ、でも明後日の模擬試験どうするかな?)


 明日は事前に申し込んでおいた全国模試の日で夜まで帰ってこないのだが、丈二が不在の時にどうするのかはまだ考えていなかった。


 丈二が少し考えて、思いついた選択肢は三つ。


 三人娘に屋敷の合鍵を渡しておくか。

 丈二の不在時も中庭の大窓は開けておくか。

 今までずっと使っていた、畑のアレを使用しておいてもらうかだ。


(合鍵は……なんか嫌だ)


 男が女に、自分の家の合鍵を渡す。

 ――それは愛情や信頼関係をはぐくんだ上におこなわれる、とても神聖な儀式である。

 それを愛情皆無の三人娘に、こんな残念な理由でおこなうのは……いくらなんでも悲しすぎる。


(かといって、丸一日窓開けっ放しにするのも怖いよなぁ)


 こんな場所に泥棒が来るとも思えないが、さすがに不用心が過ぎるだろう。ここも一応駅前近くにはちらほらと民家があるし、三人娘以外の第三者までは信用できない。


 となれば、残る選択肢は一つ。


「……あいつら、畑のアレはもう解体したのかな?」


 丈二は確認のために屋敷を出て、裏庭の方へと向かう。裏の畑を見ると、三人娘が畑に水を撒いている最中だった。

 そして青いビニールシートで作られたアレは、今も畑に残っていた。丈二がWCのWにペケを書き加えた看板も、かけられたままになっている。

 丈二がアレがまだ残っていたことに胸を撫で下ろしていると、一番近くにいた椿と目が合った。


「丈二じゃない。どうかしたの?」

「ああ、えっと――」


 明日は出掛けるからアレを使ってくれ――と言おうとして、丈二は重大な事実にハッと気がつく。


 アレの場所が、前に見た時とは少しズレていた。


「…………そう言えば、あれ『(ダブリュー)』じゃないんだったな」

「は?」


 そう、あれは『(水洗式)』ではないし、それどころか汲み取り式ですらない。使い続ければすぐに埋まるし、埋まれば次の場所に移動するのが道理である。

 丈二が今まで気付かなかっただけで、何度も移設を繰り返していたのだろう。

 

 彼女達が一ヶ月で出て行く予定だった頃は、気にするほどの影響はなかったのだが……無期限延長になった今、アレを使われ続けるのは非常に困る。

 アレの跡地に野菜を植える勇気が丈二にはないからだ。


 どうやら先日の蜜柑とのやりとりがなかったとしても、遅かれ早かれ屋敷のトイレを貸さざるを得なかったらしい。


「椿」

「だから、何よ?」

「うちの合鍵を預かってくれないか?」

「……は? あの、えぇ!?」


 何故か顔を赤くして慌てふためく椿を尻目に、丈二は三人娘に何と言ってアレの跡地が明確にわかるように区別させるか、かなり真剣に悩んでいた。

 

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