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第二十話 藪をつついて


 それから十数分後。

 丈二は大窓の縁に腰掛けて、麦茶を飲みつつダンボールハウスの入り口を見つめていた。

 

 最初は抜き打ち検査だからと言って、すぐにでもダンボールハウスに突入しようとしたが――三人娘との押し問答の末、結局は彼女達にダンボールハウスの中を整頓する時間を与えることになった。


 まぁ、こればっかりは仕方ない。

 女性下着を盾にされては、男の丈二では撤退するしか道はなかった。


 とはいえ、今日の丈二はひと味違う。彼女たちが見られてまずい物を外に運び出すのを防ぐため、こうしてダンボールハウスの入り口はしっかり見張っているのである。

 ダンボールハウスの中からは、途絶えることなくバタバタと片付けの音が響いている。


「おーい、まだか?」

「もうちょっと待ってよ。ていうか、いつになくやる気満々で怖いんだけど」

「怖いっていうより、気持ち悪いですね」


 ダンボールハウスの中から椿と蜜柑のそんな辛辣な返事が返ってきたが、いまさらこの二人に毒を吐かれたところで、もはや丈二はほんのちょっとしか傷付かない。

 丈二は「何とでも言え」と言い返し、ダンボールハウスをじっと見据えた。

 


 こうも丈二がやる気になっているのには、それ相応の理由がある。

 丈二は安らぎを求めて日本に帰ってきたはずなのに、気がつけば心休まる日なんて全くないまま、一ヶ月が過ぎ去っていた。

 それだけ三人娘とのアレコレが強烈だったのは当然として――


 もしかして、三人娘が問題を小出しにしてくるのが悪いのでは?


 ――と、思い至ったのである。

 彼女達絡みの厄介事は、断続的な波状攻撃だったため、丈二にはワタワタ対応しているうちにひと月経ってしまった感がある。

 もしも、あれらの一ヶ月の間の事件が全て、最初の一週間くらいに集中してくれていたならば。

 その一週間は大変な思いをしたけれど、残りの三週間はまったりと過ごし、回復につとめることができたはずだ。


 それを反省した結果が、今回の丈二の強行突入へとつながっている。

 ここで確認作業を疎かにすれば、後からどんな伏兵がとび出てくるかわからない。そんな事態を防ぐため、丈二は今日、ダンボールハウスに真正面から立ち向かう。


 ……それと、ダンボールハウスの中が普通に気になっているので。


「犬飼さん、準備できましたよー」


 決意を新たにしたところで、いつもと変わらぬ調子の杜松子に声をかけられた。

 ようやくか、と思いながら、丈二は中庭に降りてダンボールハウスの扉の前に立つ。

 扉に手をかけるとき、若干緊張してしまったのは仕方ない。自宅の中庭とはいえ年頃の女性の生活空間に侵入するのだから、緊張するなと言う方が難しい。

「お邪魔します」と一声かけて、丈二はついにダンボールハウスの扉をくぐった。



 ダンボールハウスの中は換気がしっかりできているのか、思ったほどは暑くはなかった。

 蚊取り線香らしき匂いにダンボールの持つ紙の匂い、それに女性特有の甘い匂いが合わさった、不思議な匂いを僅かに感じる。


 ……と、入り口付近で立ち止まっていた丈二に、壁際に立っている三人娘の視線が刺さった。その口は微笑をたたえているが、目元は全く笑っていない。


「…………」


 何か声をかけるべきかとも迷ったが、それよりも一刻も早くチェックを終わらせてしまう方が丈二のためだろう。「早速見せてもらうぞ」と一声かけて、丈二はダンボールハウスの検分を始めた。



 中の空間は一部がダンボールの壁で区切られて、L字型になっている。広さは全部で六畳位はあるだろうか、丈二が余裕で立てる高さがあることもあって、さほど狭苦しいとは感じない。


 床にはあまり物がない。壁際にダンボールで作った棚がいくつも設置されているので、物はすべて棚に収納しているらしい。

 そのうち入り口付近の三つの棚は、一番下には寝袋らしきものが巻いた状態で収められていて、その上にはカバンや洋服などの荷物が入っている。これはきっと三人娘のロッカーだろう。

 以前蜜柑が働いていた時に来ていたスーツが、ハンガーで壁に掛けられていた。


 ――と、ここまでのものは問題ないとして。


 まず、気になったのが蚊取り線香。周囲が全てダンボールという紙なので、火器の存在は見過ごせない。

 しかし丈二よ、これを使うなというのはあまりに酷ではないか?

 ……いや、今は確か、火も電源も要らない電池タイプの蚊取り線香もあったはずだ。今度ホームセンターで買ってきて、交換する形で取り上げよう。


 丈二が次に気になったのが、台風の日に飛んできてダンボールハウスに突き刺さったという例の旗。

 床や天井にガムテープで固定されて四隅からロープが張られているが、場所が本当にダンボールハウスのど真ん中なのだ。


「なあこれ、やっぱり邪魔じゃないか?」

「いえいえ、それがあると結構便利なんですよ。そこのロープに洗濯ものを干したりできますから」

「……それは、コレ(・・)が本来の使い方ができれば要らないんだけどな」

「う……」


 丈二がため息をつきながら、ダンボールハウス一番の問題点――四隅で段ボールハウスの支柱になっている物干し台をポンと叩いた。


 事前に聞いていた通り、物干し台は角の柱として、ガムテープでガチガチに固められている。

 これは物干し台を無理矢理引っぺがすと、ダンボールハウスそのものが崩れてしまう。蚊取り線香のように代用品と交換するのも不可能だ。


 となれば、選択肢は二つ。

 物干し台をこのまま貸してやるか、ダンボールハウスが崩れようと引きちぎって回収するか。


 丈二が物干し台を睨んでいると、三人娘から「ゴクリ」と唾をのむ音がした。



 ……とまあ、悩んだところで丈二の結論は決まっている。

 小心者の代表である丈二に、彼女達を野晒しにしようと物干し台を回収する、なんて選択ができるわけがない。



 丈二が「はぁ……」と息を吐く。

 すると呼応するように、視界の端にいた三人娘も「ふぅ……」と息を吐いた。


 丈二のは諦めからくるため息で、三人娘のほうは安堵からのため息である。彼女達は丈二の言葉を聞くまでもなく、判決を理解したらしい。

 そのことに丈二が恨みがましく三人娘を睨めつけてやれば、彼女達は申し訳なさそうに笑う。


「…………ベタベタしてるし、最後はちゃんと綺麗に掃除してから返せよ?」

「はい、ピカピカに磨かせていただきます」


 今度こそいい笑顔をみせた三人娘をみて、ふくれっ面になる丈二だったが……同時にこの以心伝心を、ちょっと楽しいとも感じてしまった。


「もういいや……で、あとはここか?」


 改めて、目の前の空間はダンボールで区切られた場所があってL字型になっているが、外から見たダンボールハウスは綺麗な長方形をしている。

 L字の部分は、さらに個室になっているのだろう。そう思って奥へ進んで裏側を見れば、やはり扉が付いていた。

 中を確認しようと扉を開けると、今度は青いビニールシートが視界を遮り中が見えない。そのビニールシートも手でかき分けて、ようやく中を見ることができた。


「これが風呂か」

「あれ? 意外と驚かないわね」

「まあ、蜜柑や杜松子が池がどうとか言ってたからな……」


 思えば、彼女達には畑仕事のあとに汗臭いような時はあっても、風呂に入っていない人間のえた匂いを感じたことはなかった。たとえTシャツにステテコ姿でも、女性として最低限の身だしなみは整えていたらしい。

 だが、いったいどうやって? ……という疑問には、目の前の光景が答えてくれている。


 ビニールシートで囲われた個室の床は、丈二の予想通り窪んでいた。水を流すためだろう穴も空いている。その床をシートの上から触ってみればゴツゴツと硬く、岩で囲まれていることが確認できた。このシートをひっくり返せば、かつて祖母が鯉を飼っていた、小さな池があるのだろう。


「よくこんなものダンボールハウスの中に作れたな。というか、ダンボールハウスのほうを別の場所に作ればよかったんじゃないか?」

「あ、これを作ったのは犬飼さんが来てからですよ?」

「え?」

「初めはここにちゃぶ台を置いて、掘りごたつみたいにして使ってたんだけど……そこに丈二が現れたから、慌てて池を改造して使い始めたってわけ」

「なるほど……あれ? じゃあそのころ風呂はどうしてたんだ?」

「普通にそこのコンクリートのところで、日光で温めた湧き水で行水してたわ」

「……そりゃ大変だったな」

「今のほうが大変よ? 気を付けないと水漏れしたりするし」


 夏なら外にポリタンクを置いておけば水が温まるし、浴槽に浸かりたいと思うこともないのだろうが……人の家の庭で何をしているんだ、と突っ込みを入れるのはセクハラだろうか?


 そんなことを考えたあと、(彼女達はいつからこの中庭に住んでいるのだろうか?)という新たな疑問が生まれる。


「なあ、お前らって……」

「ま、それももう少しの辛抱だしね」

「え?」

「だって、これからは貸してくれるんでしょ? お風呂とトイレ」


 ――そういえば、この前蜜柑とやりあった時に、そんなことを口走った気がする。


 椿に嬉しそうに言われ、丈二はハッとして蜜柑のほうを見る。

 蜜柑は無表情で見つめ返してくるが、その目は「有耶無耶にしないでくださいね?」と訴えていた。


「も、もちろん! 今日からでも貸し出すとも」


 丈二が上ずった声で約束すると、椿と杜松子が手を合わせて喜び、蜜柑は少しだけ口元を歪めた。




 何はともあれ、これでダンボールハウスの中は一通り確認したはずだ。

 結局、今すぐどうにかしなければいけないものは、蚊取り線香くらいしか見つからなかった。その事実にホッとしながら、丈二はダンボールハウスを出ようとして――


「……ん?」


 ――何か見落としたような気がして振り返り、もう一度ダンボールハウスの中を見つめる。

 しかし、一体何が気になったのか、自分でもよくわからない。


「な、なによ?」

「いや、何か忘れてる気がするんだけど……」

「もしかして、ポリタンクとかスコップとかじゃないですか? その辺は今は裏に置きっ放しですけど」


 蜜柑に言われ、丈二は「ああ、それかな?」と納得し、今度こそダンボールハウスの外に出る。



 その背中を、三人娘が満面の笑みで見送った。



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