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第十九話 失せ物見つかる

 

 その日、犬飼丈二は悩んでいた。

 中庭に聳え立つダンボールハウスを眺めながら、いつものように悩んでいた。


 日本に戻ってきて早一ヶ月。彼の悩みの種はいつだって、中庭に住み着いた三人の少女達だった。なにしろ引っ越してきた祖母の家の敷地にホームレス(?)が住みついていたのだから、これを悩まない人間はいないだろう。

 もっとも、普通は電話一本(110番)すれば終わる問題なので、次から次へと問題が出てきて悩まされ続けるような事にはならないのだが……丈二は色々あって彼女達の滞在を許してしまい、かすり傷から致命傷まで怪我の絶えない日々を過ごしている。


 さて、そんな丈二の今回のお悩みもまた、三人娘に関することであり。


「明日の光回線の工事どうしよう……」


 屋敷に工事関係者という他人を入れなければならない事情に、三人娘のことがバレないかと心配していた。


 丈二は大窓からサンダルを履いて中庭に出て、ダンボールハウスの壁をさする。


 工事の時に問題になるのは、三人娘よりもこのダンボールハウスの方である。中の住人にはどこかに隠れていて貰えば済むとしても――丈二の身長よりも高く、中庭の大半を埋め尽くし、中央には旗まで立っているダンボールハウスが、工事の人達の目にとまらないわけがない。

 見られたとして、子供の秘密基地だろう程度に思ってくれたらいいのだが……万が一にも中庭に年頃の少女を住まわせていることがバレたなら、間違いなく電話一本(110番)されるだろう。


 その時、丈二が被害者として扱われるのか、それとも加害者として扱われるのかは定かではない。


「丈二、何してんの? 覗き穴でも開けるつもり?」

「開けるか」


 丈二がダンボールハウスの壁を触りながら悩んでいると、畑から戻ってきた椿にとんでもない濡れ衣を着せられた。

 その姿は一ヶ月前に初めて会った時と同じ、おさげに眼鏡、Tシャツにステテコという恰好だった。先月と違うところがあるとすれば、昔染めていた名残の茶色い部分の割合が減り、黒の割合が増えてきていることくらいか。

 相変わらず苗字は教えて貰っていないし、椿は特に丈二に対して口が悪く、好感度はそこそこ低いと思われる。


「…………」

「な、何よ。ちょっとしたジョークでしょうが」

「いや、なんでもない」


 一瞬浮かんだ『何故自分は彼女を追い出さないのだろか?』という疑問を、丈二は本気で考え込む前に首を振ってかき消した。


「それよりさ。あした工事が入るんだけど、このダンボールハウスをなんとかできない?」

「なんとか?」

「例えば解体するとか。 ……あ、追い出そうってことじゃないぞ。工事の間だけ解体して隠してくれたら、そのあとすぐに元に戻してくれていいんだけど」

「……ごめん、ちょっと厳しいかも」


 椿は申し訳なさそうに答えた。


「この壁、雨風で弱くなる度に追加のダンボールを貼ってガチガチに固めてきたから、一度解体しちゃうと元どおりにできないと思う」

「そうか……」


「珍しいわね、椿が中庭で丈二と駄弁ってるなんて」


 丈二が椿に相談していると、亀崎蜜柑が畑から戻ってきた。

 彼女も椿と同じTシャツにステテコという服装で、その低い身長は初めて会った時から全く成長していない。それも当然、見た目は成長期の小学生くらいに見えたとしても、実際は丈二より年上である。

 年長者らしく丁寧で穏やかに丈二と接してくれる、一番話しかけやすい人物……だったのも今は昔。最近訳あって怒らせて以来、彼女は丈二のことを部屋の角に溜まった埃を見るような目で見るようになった。

 かろうじてゴキブリを見る目にまではいっていない(と、丈二は信じている)が、丈二への好感度はゼロより低い。


「…………」

「……なに?」

「いや、ちょっと相談に乗って欲しくって――」


 無駄に剥がしそうになった瘡蓋かさぶたを押さえながら、丈二は蜜柑にも事情を説明した。


「解体は無理ですね」


 そして蜜柑の結論も、椿と全く同じだった。思えば台風にすら耐えきっていたし、このダンボールハウスは相当頑丈に作られているのだろう。

 丈二はどうしたものかと頭を抱える。


「ところで、工事って何の工事ですか?」

「ああ。この前話したけど、光回線を引くんだよ」

「え、ここネットに繋がるの!?」

「ああ。Wi-Fiも設置する予定から、椿達もネット通販なり就活なりに使ってくれ」


 先月まで、丈二は三人娘には極力手を貸さないようにしていたが……蜜柑に土下座を決めた今、不干渉を継続するのも馬鹿馬鹿しい。Wi-Fiルーターは初めから設置する予定だったし、複数台の接続に強いものを買えば、使わせたところで丈二に不便もないだろう。

 さすがにデバイスは自前で用意してもらうが、充電も許そうと思っている。


 丈二がそう説明すると、椿が急にソワソワし始めた。最初は喜んでいるのかと思ったが、むしろ何かに焦っているようにも見える。


「ありがとうございます、とても助かります。……けれど、回線工事なら外からコードを引くだけだと思うし、中庭に物があっても工事の邪魔にはならないのでは?」


 丈二が椿に声をかけるより先に、蜜柑から疑問の声が上がった。


「ああ、工事の邪魔になるからってわけじゃないんだ。それよりもダンボールハウスを他人に見せて、変なトラブルを呼び込むのが怖いんだよ」

「ああ、確かに。もし中を覗かれたら、人が生活していることが丸わかりですからねここ」

「そうそう……そうなのか?」


 丈二は蜜柑に相槌を打とうとし……そこでふと、自分がまだ一度もダンボールハウスの中を見ていないことに思い至る。

 内部がどうなっているのかは前々から気になってはいたが、どうせ一ヶ月後には解体されるのだからと考えて、詳しく尋ねることを避けてきた。

 しかし彼女たちは今しばらくここにいる。だったらやはり、中を確認した方が良いのではなかろうか?

 特に明日、何かあって工事関係者に突っ込まれた場合、丈二がダンボールハウスの中身を把握していないと誤魔化しきれないかもしれない。


「あれ、犬飼さんが中庭にいるなんて珍しいですね」


 丈二がどう切り出そうかと考えていると、両手に水を入れたポリタンク思った杜松子も合流してくる。

 彼女も例に漏れずTシャツにステテコという、色気のかけらもない格好であるが――歩くたび揺れる胸がはっきり浮き出て見える分、他の二人より艶めかしく見えた。今日は長い黒髪をポニーテイルにしている。

 彼女だけは丈二のことを今でも犬飼さんと呼ぶが、蜜柑のように丁寧なのかと言われればそうでもなく、単に他人行儀なだけという印象を受ける。

 好感度は……そもそも彼女には、そんなパラメーターは設定されてないような気がする。

 

「…………」

「どうしました?」

「……いや、あしたインターネットの回線工事をするんだけど、工事関係者のいる間だけこのダンボールハウスを隠せないかと思っててさ」


 丈二は少し憔悴気味に説明する。

 同じ説明を三回もすれば、疲れてくるのも無理はない。

 ――そう、説明に疲れたのであって、他の理由で疲れた訳ではない。


「いま二人に解体は無理だって言われたんだけど……あ、だったらいっそ解体せずに、このままみんなで持ち上げて畑の方まで運ぶことはできないか?」

「あはは、それは無理ですよ。だってこのダンボールハウス、骨組みに物干し台をガムテープでガチガチに固定して使ってるんですけれど、それが重すぎてうまく持ち上がらないですから。それに池に作った――」

「ちょっと杜松子!」


 椿が制止したが、もう遅い。


 ――丈二はついに、物干し台の存在を思いだした。


 そう、物干し台――前々から家の周囲を探していたが見つからず、もしやダンボールハウスに取り込まれているのではないかと疑いつつも、本当に使っていると判明した時に三人娘とひと悶着しなければいけないのが嫌で、言及するのを避けてきた物干し台だ。物干し台がなかったために、現在丈二は廊下に紐を張って洗濯物を干している。

 そんな物干し台の行方がついに判明した。判明してしまった以上、丈二が言うべき言葉はただひとつ。


 丈二がニコりと笑いかけた。

 三人娘は引きつった笑みを返してきたが、手心は加えない。


「返せ」

「な……何をでしょうか?」

「物干し台に決まってるだろうが!」


 丈二の命令に、三人は視線を逸らした。

 こうもハッキリと聞いてしまった以上、丈二も知らんぷりはしてやれない。

 というより、当分屋敷から出て行かないのであれば、物干し台は帰して欲しい。切実に。


 三人もこれは不味いと思ったようで、円陣を組んで話し合い始めている。

 丈二は渋々、彼女達の話し合いが終わるのを待ち――



「……一応聞くけど、他にも勝手に使っている物があったりしないよな?」



 ――ふと思いつき、釘を刺さすくらいのつもりで聞くと、残念娘達が押し黙った。


「…………」


 昇ってきた太陽が、四人から日陰を奪って照りつける。

 九月の房総は暑さが残り、誰かの汗がこめかみから頬をつたって地面に落ちる。


「……今から、ダンボールハウスの中の抜き打ち検査を始めます」


 丈二が静かに宣言すると、三人娘の顔色が変わった。

 

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