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名前の漢字が被ってしまったので、
佐々木真理→佐々木麻理に名前を変更しました。
七瀬真琴はいつもの様に鏡屋のドアノブの鍵穴に鍵を入れ鍵を回す。
ところが鍵が開く感覚は手には伝わらず空回りをしてしまう。
「帰るときちゃんと鍵はかけたはずだよね」
念のためもう一度鍵を回すが同じ結果だった。やはり鍵は掛かっていないようだ。
「泥棒……」
鍵をかけたドアの鍵が開いている。最初にたどり着く考えは間違ってはいないだろう。真琴は慌ててドアノブから手を離すとそろそろと階段を降りる。
「警察、の前にまずは柏木さんに連絡しなきゃ」
ビルの外まで出るとスマホを取り出す。警察に連絡をする前に上司に報告。少し手順を間違えてはいるが概ね日本人社員の判断としては間違ってはいないだろう。
少し震えた手で恭介へと電話を掛ける。待ち時間がもどかしく気付けば道路をつま先で何度もトントンと蹴飛ばしている。
『おはようございます柏木です。七瀬さんどうしましたか?』
電話に出た恭介は少し眠そうだった。きっと遅くまで何かをしていたのだろう。ご苦労なことだが今の真琴にはそんなことを気にしている暇はない。
「柏木さん!今ビルの前です!店の鍵が開いてるんです!毎日しっかり戸締り確認はしているので掛け忘れという事はないとおもいます!泥棒だと思うので警察に連絡しますか!?」
小声でまくし立てるように真琴が伝えると恭介は「あー……」と何やら気まずそうな返事を返す。どうやら何かを知っているようだ。
『も、申し訳ありませんが少し時間を下さい』
それだけ言うと恭介は電話を切った。何一つ説明も無く突然電話を切られたことに真琴がこめかみに青筋を立てる。持っていたスマホを思わず地面に叩き付けようとしたが寸前の所で思い留まった。機種変をした分の支払いはまだ完了していないのだ。
思わず「ぐぬぬ」と声が漏れたがどうやら予想外の展開に巻き込まれると変な声が出るものらしい。もう少し女らしい声が漏れて欲しいと頭に浮かんだところを見ると少し冷静になったのだろう。
真琴は万が一の事を想像して道路から鏡屋の窓を心配そうに眺めていたが二、三分程で恭介から電話がかかってきた。
「七瀬です。柏木さん何か分かりましたか?」
真琴はすぐさま電話に出ると刺々しい声で応答をする。
『た、大変申し訳ありません。電話で確認をしたところ私の友人で間違いないです。今回の仕事が一寸大事になりそうでして、応援を頼んでいたのを七瀬さんにお伝えするのを忘れてました』
「え、大事って大丈夫なんですか?」
『面倒なこと、という意味では大丈夫ではないのですが健康被害は無さそうですよ』
「柏木さんの仕事って健康被害程度で済むんですか……。それでどうすればいいんです?」
恭介のよく分からない説明に真琴は脱力しながら先を続ける。
『七瀬さんは特にすること無いですが……。そうですね、そろそろ仕事にも慣れてきたと思いますので現地研修も行っちゃいますか。店にいる私の友人と一緒に現場まで来ていただけますか?あ、出張用のノートPCだけ持って頂ければ仕事できますので。出張費もちゃんと出ますのでご安心を』
「は、はぁ」
『多分二、三日もあれば直ぐに帰れると思いますので着替え位の準備で大丈夫ですよ。あ、予定とかありました?』
「あー……、無いですね。予定」
元来友人の少ない真琴は必死に予定を思い出そうとしたが、日用品が安く買える火曜日にスーパーに行く程度しか記憶にない。もっともそれも会社からの帰宅時に済ませているのだが。
「何時でも出れますよ。残念なことに」
『非常に助かります。では後ほど。七瀬さんがビルの外にいるのを友人には伝えていますからその場で待っててもらえますか?多分直ぐに降りてきますので。では後ほど』
ちょっと心が傷ついたが恭介は何も気付かなかったらしい。最近テレビでやっていた企業内でのメンタルヘルス対策について提言してやろうかと一瞬考えたが、それよりも突然の出張要請に着替え等持っていくものリストを頭の中に浮かべる方が生産的だと考え直す。
「あなたが七瀬真琴さんですか?」
「はい?」
だが突然背後から女性の声で話し掛けられ返事とともに真琴は思わず振り返る。
年のころは30台初め頃だろうか、グレーのパンツスーツを着こなした女性が大きなキャリーバックを体の前に置いて立っていた。美人といって差し支えはないだろう。エンジェルリングが神々しいアッシュブラウンの髪はショートボブに。目鼻立ちはしっかりとしており綺麗なお姉さん、という印象を受ける。ただ、一つ欠点?を上げるとすれば身長は150センチを超えている程度だろう、ということだった。真琴より頭一つ小さい。
「柏木君から聞いてると思うけど、佐々木麻理です。何だか泥棒と勘違いさせちゃったみたいで御免なさい。あの馬鹿先に連絡してなかったみたいでご迷惑をおかけしました」
にっこりと笑いながらお辞儀をしたその姿はどう見ても子供の入学式にしか見えなかった。




