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まず始めに神楽は坂本家についての説明を始めた。これについては恵美が説明したことと重複していたことも多かったが、恭介は口を挟まず聞いていた。新しく得た情報といえば坂本家には時期当主として長男の和彦が居ると言うことだった。幼い頃から父親である利明に随分としごかれている様で随分と優秀らしい。
そのため長女である神楽は坂本家が経営する企業へ関わることなく神様への供物という立場にいるのだが、これも坂本家には非常に重要な立場にいるらしいということだった。町の中では屋敷の奥にある神社の巫女、という立場になるとのこと。いずれは婿を取りその役割を後に続けるということが一番の仕事らしいのだが、今のところまだ十四歳とのことで先の話だ。世で辣腕を振るう女性達からクレームがつきそうな話だ。
また、何故わざわざ坂本家が管理をする物件を利用しているのかという問いには「どうせ何もかも向こうにはばれているから」とのことだった。下手に好き勝手をやって無理やり連れ戻されるより向こうの手のひらで踊っているように見せかけた方が都合が良いだろうとの事だった。坂本家のお膝元で全てを隠して行動をすることはできないとこの町の誰よりもわかっているのだろう。その中で可能な限り痕跡を残さず、その手口が明かされるまでの時間を稼ぐことが目的だったらしい。
これに関して恭介は多少目の前のお嬢様に対しての考え方を改めさせた。全く世間知らずのお嬢様という訳では無い様だ。少なくとも馬鹿ではない。
「問題は柏木さんにご依頼を受けていただけるかということでした」
神楽はそういうと苦笑いを浮かべる。
「連絡をしようにも適当な通信機器は手元に無くこちらには苦労いたしました。恵美にお願いして坂本家に関わりの無い企業のネットカフェを選んでもらい掲示板への書き込みをさせて頂きましたが……」
そこで神楽はちらりと恵美の方を見る。
「詳しい内容をお伝えできず申し訳ありませんでした」
恵美はそう言うと軽く頭を下げる。見たところ本心からでは無さそうだったが。神楽はその後に続ける。
「お兄様達にはその賢すぎる頭を見込んでその意味以外にも深読みして頂けるよう助けて下さいなどという不明瞭な書き込みをしました。はるばる遠方からご足労頂けるかは正直なところ一種の賭けではありましたが……。祖母よりお聞きしていた通りです」
恭介は話を聞きながら流石に自分の慰安旅行が目的とは言い出せない雰囲気に苦笑いを浮かべることしか出来なかった。
「一体その祖母からどのように伝えられているのか聞いてみたいところですが……。本題に入りましょうか。ご依頼は坂本神楽様の憑き物落としで宜しいですか?」
「そうです。坂本家は氏神様の手から抜け出すことは出来ません。この狭い町の中でしか一生を過ごすことが出来ないのです」
「自由になりたいのですか?」
「勿論です」
「坂本家はどうなります?」
「緩やかに衰退をするでしょう。氏神様の怒りによって」
「この町はどうなります?」
「大きくは変わりないでしょう。多少税収は下がるかもしれませんが後は大人たちがどうにかするのでしょう」
冷たい目で神楽は恭介の質問に淡々と答えてゆく。迷いなどは見受けられなかった。
「あの家で行われていることは異常です。何処かで元を正さなければなりません」
そういって口を閉ざす神楽の後ろを恭介は呆然と眺めていた。
いつの間にか神楽の後ろに雄鹿が現れている。
以前アパートで見たように不完全な姿のものではなく胴体、頭、尾、四本の足に一メートルはあるだろう立派な角を持つ完全な姿をしていた。体長は北海道でよく見る個体よりも一周りは大きいだろう。二メートルを超える大きさだ。手を伸ばせば触れられそうなほどリアルな存在感を持っている。
その雄鹿は悠然とした態度で恭介を見下ろしていた。時々人の輪郭を崩したような影や何かの動物だったのだろう毛玉の神霊などが吸い込まれるようにして雄鹿の体に取り込まれていた。
「ご依頼を受ける受けないの前に私の手に負えるものではないと思いますが」
何時からいたのだろう。そう考える恭介の背筋を冷たいものが走る。この雄鹿がこの地の氏神の使いであることは間違いないだろう。
「お婆様のお話では問題はないと思いますが?」
「いえいえ、買い被り過ぎでしょう」
恭介は雄鹿から目を離せないまま神楽に答える。瞬きすら拒む圧倒的な存在感に苦しさすら覚えた。
「ともあれ、どうやら時間切れの様です。迎えの者が来たようですのでこれで失礼をいたします。後ほど改めてお逢いすることになるでしょう。お返事はその時でも構いません」
そう言うと神楽は恭介に笑いかけると優雅な所作で立ち上がる。恭介がその動きに釣られて視線を外した次の瞬間には雄鹿の姿は消えていた。
ばたん、と玄関のドアが開く音がすると直後にぞろぞろとスーツ姿の男が四人部屋の中に入ってくる。
神楽と恵美は恭介に向って一礼をするとその男たちを一緒に外へと出て行く。その後直ぐに恭介の車の音とは違う重厚なエンジン音が遠ざかっていくのが聞こえた。
「あー……。馬鹿だったのは俺の方かぁ……」
部屋に残る神霊を手で払いながら恭介は溜息混じりに呟いた。
中々続きを書けずに悪戦苦闘しておりました。見切り発車はダメですね。
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