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 昔よくおばあちゃんが話してくれた。暗いところにいちゃダメだって。

 暗いところにはお化けがいて、ずっとこちらを見ているんだって。

 だから、明るいところで遊ばなきゃ怖いお化けにつれいていかれるだって。


 それは少し大きくなってからはお母さんが仕事に行った時に聞かせてくれるちょっとした楽しみになっていた。

 おばあちゃんが話してくれる怪談話は不思議にリアリティにあふれていた。登場人物の息遣いまでが聞こえてくる様だった。もっともっと昔に聞かされた昔話なんかとは少し違っていた。


 私が高校生になるころおばあちゃんは肺炎で亡くなった。ちょっとした風邪かなって思っていたらあっという間に体調が悪化してしまいそのまま逝ってしまった。前日にはお見舞いに行ってこんなの直ぐに治るなんて笑っていたのに。


 おばあちゃんとの昔話を思い出す。

 暗い場所にはお化けの住処がある。それはずっとこちらを覗いている。そしてどこかに連れて行こうと考えているのだと。


 何でこんなことになってしまったのだろう。そう思っても後の祭りだ。おばあちゃんの形見の古い型の眼鏡をかけ直した。もちろんレンズは老眼から近眼用に入れ直してある。

 視界の端に黒い影が見えていた。人型の様にも立ち上がった四足歩行の動物の様にも見える。見間違いであって欲しいところだった。体育の授業でグラウンドを走り回らされた後のように心臓が早鐘を打っている。

 その影はどうやらこちらを探しているようだった。楽天家の私だがあれが出口を探しているようには考えるのは無理がある。時折首を傾げるようにして机の下を覗いていた。


 ちらりと腕時計を覗くとまだ午前二時を少し回ったところだった。明るくなるまでこんなところでこんな状況のままでは私の精神がもちそうにない。

 肝試しだと馬鹿な奴らに乗せられた自分を恨み、いい加減探しに来ない薄情な友人たちを呪う。

 大体田舎の楽しみの一つに肝試しなんて時代遅れもいい所だ。こんなところに居なければネットで動画でも見ていたのに。

 心の中で悪態を吐きながら改めて状況を確認する。


 馬鹿な友人に連れられやってきた廃校になった小学校。今居るのは一階の教室だ。確か一年一組と表札がかかっていた。扉は入ってきたまま開いているのが幸いだった。

 運動に自信はないが、今隠れている教壇から廊下までなら直ぐに出て行けるだろう。そのまま学校の入り口まで走っていけば車がある。それでおしまいだ。家に帰って布団に潜り込める。

 問題はあの影がどんな反応をするのかだけだった。最近時々テレビでやっているの下手な作り物の恐怖映像みたいに追って来て私を引きずり倒すのだろうか?足は速いのか?それとも飛んできちゃったり・・・。


 どちらにしても、そろそろ精神的にも影との距離的にも限界が近づいていた。向こうは老人くらいのゆっくりとした歩みでで教壇の方に近づいてきている。後一分もしないでここに来てしまうだろう。テレビみたいに気絶や映像が途切れて朝でした、なんて結末は望み薄だろう。それに賭ける勇気なんてものも持ち合わせてはいない。


 仕方がない。深呼吸をしたら思い切って廊下に向かって走ろう。後ろは振り向かないで。

 きつく唇をかみ締めた後深く深呼吸を一度。影はもう直ぐそば、机三列前まで来ていた。


 ちょうど影がまた机の下を覗いていた。

 今だ。人生の中で最高のスタートとは言いがたいがそれでも全力で教室の扉を抜けて廊下に出た。そしてそのまま学校の入り口へと猛ダッシュをする。

 ちらり、とつい後ろを振り返ってしまった。あれだけ音を立てたのだ。向こうも気がついたのだろう。小首をかしげるようにしてこちらを向いたままその場に立ち尽くしている。走り抜ける私を確認するようにゆっくりと頭が動いていた。


 背筋が凍りつきそうになりながらも何とか足を止めずに玄関までたどり着いた。校門のあたりには古臭いセダンが停まっている。その周りにはこの事態を引き起こした友人たちがスマホを弄りながら話し込んでいた。


「遅かったじゃないの。トイレ行ってた?」


 気の抜けるような質問には答えもせずに私はリモコンキーでドアを開けると運転席に乗り込んだ。ダラダラとそれに従い二人の友人が助手席と後部座席に乗り込んだ。


「あれ。もしかして先に出たの怒ってる?ごめんねー、退屈で先に出ちゃったわ」

「今のすげーダッシュだったけどなんか出たの?マジで?」


 やはりそれには答えずにその場で車をバックさせると来た道を引き返す。

 ああもう。見てわからないのか。この馬鹿どもが!!


 なんとなく空気を悟ったのか友人たちは次第に口数を減らしやがて車内は沈黙に包まれた。ヘッドライトに照らされるひび割れたアスファルトの路面を見つめている。

 一人がその沈黙に耐え切れなくなったのか窓を開けるとタバコを吸い始めた。禁煙車だっつーの。


「……何が出たの?」


 空気読めよと突っ込みたいところだが流石にこのままの沈黙が続くのも耐えられなさそうだった。私はハンドルを切りながら大きくため息をついてやった。


「決まってるでしょーが。お化けだよお化け」


 小学生が通う通学路だ。それほど長くは掛からず民家とコンビニの明かりが見えてきたところで私は若干キレ気味に言い放つ。それを聞いた友人たちは若干色めき立つ。


「え!?どんなお化け?マジで?」

「見間違えじゃないの?あそこただの廃校じゃない。いい所どこにでもある学校の七不思議くらいでしょ?」

「別に死亡事故とか殺人事件もねーしなー。何のお化け出たんだよ」

「真琴ったら肝試し嫌がってたしねー。怖くなって妄想でも見ちゃったんでしょ」

「あ、ロマンねーな。関係ないお化けだっていいじゃんよー。真琴スマホで動画撮ってくれてる?」


 こめかみの辺りがひくひくと震えているのが自分でもわかった。ちょっとは心配してくれてもいいと思うんだけど何だこいつらは!


「動画なんて撮ってる暇なんてあるわけないでしょーが!こっちは必死で逃げてきたって言うのに!って言うか先に戻るならちゃんと言ってよ!私一人だけ残しておくなんて信じられない!!」


 思っていたよりも大きな声が出たみたいで後部座席の綾香がうわっと小さく声を漏らした。


「いや、ごめん。そんなつもりはなかったんだよ。本当に何もなくて飽きちゃって。真琴もいつの間にか居なくなってたからトイレにでも行ったと思ったんだよ」

「私が何時居なくなったって言うのよ!」


 助手席でタバコを吸っていた孝弘が慌てて取り繕おうとしていた。言うに事欠いていつの間にか居なくなっただって?馬鹿にするにも程がある。


「学校一回りした後もう玄関も見えてきたから帰ろうぜって話の時にはもう居なかったじゃねーかよ。一応綾香と一緒に一回りして探したって」

「そうだよ。突然居なくなるからトイレかもって思うじゃない」


 憮然とした表情で孝弘が話した後に綾香も続いた。

 私はずっと一緒に居たじゃないか。階段を降りて玄関を通り過ぎて三人で1年1組の教室に入って行って。それから。


 それから。


 思い出した瞬間体中の毛穴が開いたような感覚と胃を握りつぶされた様な感覚が襲ってきた。急に吐き気がこみ上げ急ブレーキで車を停めると急いで車から飛び降りる。

 じゃあ一体私が一緒に居たと思っていたあの二人は何だ?私は何時から一人でいたんだろうか?

 夕食を抜いていたのが幸か不幸か逆流してきた胃液を路肩のあたりにぶちまけた。


「ちょっと真琴大丈夫かよ!?」

 孝弘が慌てて助手席から降りてきて声を掛けてくれた。綾香も少し遅れて後部座席から降りてくると背中をさすってくれた。


「私なんか知らない奴らとしばらく一緒に居たみたい。一年一組は入った?」


 喉が焼ける感覚に涙を滲ませながら私は二人に聞いた。

 一体何時から?何処からおかしくなっていたの?


「一年一組ったら確か玄関過ぎて直ぐ近くだったよな?居なくなってからもちろん一回見に行ったぜ?」

「私教壇の所に隠れてた」

「もちろん見たよ。ってか廊下側から丸見えじゃん。」


 綾香は無言でずっと背中をさすってくれている。孝弘が代わりに話してくれた。


「あそこに五分くらいは隠れていたつもりだけど」

「五分?居なくなってから二十分は経ってるぜ」


 訳がわからない。

 出すものは元から無いので何も吐けないが体が何かを吐き出そうとしている感じだった。二日酔いのあれとは違っている。綾香が差し出してくれたハンカチで滲んだ涙を拭いた。……流石に口は拭かなかった所は少し落ち着いてきたのだろう。

 綾香にハンカチを返すとそれで汚れた口元を優しく拭いてくれた。思わずその優しさに今度は安堵の涙が溢れてきた。


「何かごめんな。マジで怖い目にあっちまったのか。後は俺が運転してくわ。少し落ち着いたら後ろ乗って」

 孝弘はそう言うと車に乗ったのだろう。ドアを開閉する音がした。

 しゃがみこんでいる私を綾香は立たせると後部座席へと乗せてくれた。何も言わずにそのまま今度は頭を抱いてくれる。


「とりあえず今日は綾香の家に泊まりなよ。俺は車の中で寝てっから何かあったら連絡頂戴」


 車が走り出した。多分綾香の家に向かっているのだろう。

 気だるい感覚が体を包んでいた。撫でられる頭の感覚に気持ちが少しずつ落ち着きを取り戻していく。


「着くまで寝てていいよ。着いたら起こしてあげるから」


 あんなことがあった後に寝られるか!と言いたい所だったが緊張がほぐれたからだろうか。綾香の腕に抱かれていると眠気が襲ってきた。……これはあれだ。ホラー映画とかで脱出してハッピーエンドの一幕だ。いわゆる一件落着。


「ごめん。少し寝そう」


 私は小さくそう言うとゆっくりと目を閉じた。

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