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庵乃雲  作者: 瑠璃咲
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1・広い屋敷

「クモノアン?」

「はい。霧乃庵の横にある屋敷です。詳しい話は後程しましょう。まずは茶漬けを持って来ますので、少々お待ちください」


そういって男性店員はどこかへ行ってしまった。


(店に居て、尚且つ併設されている屋敷に居るって事は、あの人がここの主人?いやいや、どう見たって20代後半か30代前半の若い人なんだから、住込みの従業員の方が可能性があるか)


一人残されてしまったのでそんな事を考えて居たが、まずは外の様子を見ようと障子を開けると、その景色に驚いてしまった。


「すごい・・・」


そこには広い庭が広がり、外が寒いからなのか、真ん中の池からは湯気の様に水蒸気が昇っていた。

そして、何よりも目を引いたのは池の畔に植えられている木だった。


「うそ・・・あれ、桜?」


今は12月の中旬も過ぎた頃。しかし、目の前にある薄くピンク掛かった白い花の付いた木は、どう見たって桜だった。


「ど、どうなっているの?桜がこんな時期に咲くなんて・・・」

「あぁ、あの桜の事ですか」


声に振り向くと、先ほどの男性店員がお盆に器やら茶筒などを乗せて持って来た。


「あ、あの桜って・・・」

「あの桜は不断桜って桜です」

「フダンザクラですか?」

「はい。10月から次の5月まで花をつける品種なんです。夏は花が咲かず、葉が茂りますが、花や葉が絶えない事からその名前が付いたと言われます」

「へぇ~・・・でも、池から靄が上がる程寒いのに桜が咲いているなんて、なんか幻想的ですね」

「モヤ?あぁ、あれは湯気ですよ」

「へぇ~湯気ですか・・・ん?湯気?」


一瞬、そのまま受け入れてしまったが、おかしな事に気付いた。


(いやいや。この人に言い間違いであって、そんなはずは・・・)

「あの池、お湯なんですよ」


なんとか自分の常識の中で考えて居たが、茶漬けの準備をしている男性店員が当たり前の様に話して来た。


「は?なんで?」

「自分は風呂が好きでして、露天風呂が最高なんですよ」


男性店員が笑いながら答える話に、頭が痛くなってしまった。恐らくは二日酔いのせいもあるだろうが、そういう事じゃない。

そして、この事でわかった事がある。この人がここの主人だ。主人でもなければ、こんなバカげた事は絶対に出来ないだろう。


「スンスン・・・いい香りがする」


頭に手を当てて考えて居ると、辺りからいい匂いがする事に気が付いた。


「お待たせしました。お茶漬けです」


そう言って差し出せれた器からは、白い湯気と共にカツオの香りが立ち上っていた。具材は特に入っていないが、すごく食欲をそそられる茶漬けだった。


「あ、ありがとうございます」

「いいえ、熱いうちに召し上がってください」

「はい、頂きます。・・・!!」


一匙口に運ぶと、口の中でカツオの香りとワサビの香り、そしてお茶とご飯の甘みが広がって行った。


「すごい!こんなお茶漬け、初めて食べた!」

「気に入って頂けてよかった」

「ワサビもしっかり匂いがしているのに、全然辛くない」


思わず、二口目。今度は少しおこげになっている所を食べてみると、お米の香ばしい匂いが、また堪らなかった。



「ご馳走様でした」

「お粗末様です」


夢中で食べてしまい、あっと言う間に食べきってしまった。

少し、幸せな余韻に浸った後、はっと我に返り、座布団に座りなおした。


「昨夜はご迷惑をお掛けしました」

「いえいえ。お話をお伺いして、相当ご苦労もされて来たそうです。たまにはいいじゃないですか」

「いえ。本当にすみませんでした」

「お気にしないで下さい。わたしも飲ませすぎましたし」

「いえ。頼んだのは私ですし、それは・・・」


「それは店員さんが悪い訳ではない」と言おうとした瞬間、言葉が詰まった。

ここの主であるならば、あの店の店主でもある可能性は高い。そんな人をなんて呼んでいいモノか考えてしまった。そんな事を考えて居ると「クスッ」っと男性店員が笑って、こちらに体ごと向き直り、正座している太ももに手を載せて軽く頭を下げて来た。


「改めまして、わたしはこの『雲乃庵』と料理屋『霧乃庵』の主をしている純也(じゅんや)と言います」

「あ、すみません。私も自己紹介がまだでしたよね!私は───」

秋山(あきやま) (かえで)さん。でしたよね?」

「え?なんで?」

「いえ。なんでも何も昨夜、霧乃庵で話したんですが・・・まあ、あの状態では仕方ないですね」


私の名前を知っている事に驚くと、純也さんが困った様に笑いながらその理由を口にした。その瞬間、得も言われぬ恥ずかしさに顔が赤くなってしまった。

まったくと言っていいほど、昨夜の事は覚えていなかったのだ。

酔った勢いで、なぜか身の上話をしてしまったところまでは何とか思い出せるが、どうにもそこから先が思い出せずに居た。


「本当に何も覚えてなくて、すみません!」


どうしていいかわからず、私には頭を下げる事しか出来なかった。


「ですから、お気になさらず。とりあえずは湯にでも浸かってはどうですか?さっぱりしますよ?」

「え?」


純也さんが言った言葉に、思わず固まってしまった。


湯に浸かる⇒風呂⇒露天風呂⇒あれ

いや、流石に酔った勢いでさらけ出す様に色々喋ってしまったかもしれないが・・・いや、正確には覚えていないが、それにしても、そんな360度どこからでも見れるあの風呂に入るのは勇気がいる。こんな優しい顔して実のところは常識が無いのかもしれない。いや、露天風呂と言う名の池を作るぐらいなのだから、その時点で常識は無いのかもしれない。それにしても、昨日会ったばかりの女にその提案はどうなのだろうか?


「クス!」


そんな事を考えて居ると、それを察したのか純也さんが小さく笑い出した。


「大丈夫ですよ。あの露天風呂は、あくまでわたしの趣味です。ちゃんとした風呂もありますので、そちらをお使い下さい」


どうやら私の早とちりだったようだ。


「あ、すみません。じゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます」


色々と失礼な事を考えて居たのが申し訳なく感じながらも、純也さんの言葉に甘える事にした。正直そこまで甘えていいモノだろうかと思っていたが、実際にお風呂に入ってサッパリしたいのも確かだった。


「では、案内致しましょう」


そう言って立ち上がった純也さんについて、部屋を出た。



部屋を出ると、まず驚いたのはこの家の大きさだった。

廊下に出ただけで、その大きさを想像させるほどの長さがわかる程のそれはあった。初めて店を見た時にも思ったが、屋敷の中もThe日本家屋と言った感じだった。ただ少し不思議なのは、ここまで広い家で日本家屋なのに廊下も含めて寒くなく、丁度いい温度に保たれていた。きっと見えないところに暖房設備があって、気を使って温めてくれたのだろう。


「こちらです」

「あ、はい!」


私がキョロキョロと周りを見ながらついていくと、1つの引き戸の前に着いた。

先程まで居た部屋から廊下を真っ直ぐ来ただけなので、別に案内して貰わなくてもいい様な気がしてならなかったが、そう思ってしまったのは経路の問題だけではなかった。その一番の原因は、その引き戸の前に掛かっている『ゆ』と掛かれていた暖簾だろう。

誰がどう見たって、銭湯や温泉なんかの浴場に掛かっているあれがあった。


「中の棚にタオルとバスタオルがあります。ドライヤーもあるので、中にある物は好きに使って下さい」

「わかりました。ありがとうございます」

「では、ゆっくりしてください」


そう言って頭を軽く下げると、純也さんは来た廊下を戻っていた。


あまりよくは知らないが、きっと世話好きでいい人なのだろう。さっきは常識が無いとか色々思ってしまったが、きっと(あれ)も冗談の類だったのかも知れない。


そんな事を思いながら引き戸を開けて中に入ると、その考えは少し違っていたのかもしれないと思ってしまった。


「広くない?」


そこは脱衣所なのだが、10畳はありそうな部屋だった。

脱衣所にここまでの大きさは、普通は要らないだろう。最早ちょっとした銭湯や温泉場の脱衣所だった。そしてその脱衣所を見た瞬間、すぐに予想出来てしまった。

常識的に考えて、浴室より大きい脱衣所は存在しない。

そして、恐る恐る奥の曇りガラスの引き戸を開けて中を見ると、私自信の考えが当たっている。いや、当たってしまった事がわかった。

左右の壁際にはシャワーと蛇口が3つずつあり、片隅には黄色いプラスチック製のケ〇リンと書かれた桶がピラミッド型に置かれていた。肝心の湯船はと言うと、一気に7・8人は余裕で入れる程の大きさがあった。

最早銭湯じゃないかと思うほどの設備だった。


「うん・・・純也さんはお風呂が好きなんだね」


一人でそう納得して考えない様にする事にした。



ザバーァン!

「フー・・・」


広い湯船に浸かると、自然とため息の様に息が抜けた。

いつも家ではシャワーだけだったので、こんなに大きなお風呂に入ったのは本当に久しぶりだった。思い出せば彼と言った旅行以来だったので、1年は経っていた。そんな事を思い出していると、昨日の夜の事も思い出してしまった。

未だに信じたくは無いが私は昨日の夜、6年付き合っていた彼と別れた。


私は彼に依存していた。

それは紛れもない事実であり、それによって救われていた。

大学を卒業してし、就職してすぐに付き合い始めたのが彼だった。仕事で多少辛い事があっても、彼と居るだけで頑張る事が出来た。


3年前に父がガンで他界して、母を支えようと私は頑張った。

しかし母は父を亡くしたショックからうつ状態になり、2年前の冬のある日、私が家に帰ると置手紙を一つ残してバスルームで手首を切って父の後を追った。

私は絶望の淵に立たされた。一層の事、私も母の後を追ってしまおうかと考えたが、それでも思い留まる事が出来たのは彼のお蔭だった。

母が死んだその日からずっと一緒に居て励ましてくれ、気晴らしにと色々な所に連れて行ってくれたりもしていた。私は1ヶ月で何とか会社に復帰する事が出来た。なんとか、また歩き出す事が出来た。

だけれど、不幸は私を放って置かなかった。1年前、会社から異動命令が出た。


異動した先には女特有のグループが出来ており、私は上手くそこに溶け込めなかったのだ。必然的に、先輩や同僚からストレスの発散口として嫌がらせを受ける様になった。しかも、その上司はロクに仕事もしないで、いつも偉そうな事を言う割には仕事は全部私たち部下に盥回しにして来た。そして、なにかある度に体を触って来ようとしたり、いやらしい事を言って来たりして本当に最悪だった。

そう言った愚痴や鬱憤があっても、彼は優しくなんでも聞いてくれた。

もう私は彼が居ないとダメになっていた。


だけど、いつからだっただろう。

彼と会う日が徐々に減って来て、あんなに優しかった彼が私に対して徐々に冷たくなっていった。

すぐに、違う女の人が出来たのだと直感した。

しかし、認めたくなかった。認めるのが恐かった。

私は既に彼無しでは生きて行けない様になってしまっていたのだ。もう、私の味方は彼だけだと思っていた。しかし、彼はそうじゃなくなりつつあった。原因はわかっている。頼り過ぎている私が悪いのだ。

どこかではわかっては居るけど、私にはやはり彼から離れるなんて事は出来なかった。

私は彼から離れれば、脆く崩れ去ってしまうと思って恐かった。

だから、私は気付かない振りをして何もしなかった。恐くて、何も出来なかった。

そして、昨日の夜。


『別れよう。俺、疲れた』


休日前の仲町の居酒屋で飲んだ帰りに突然言われた言葉は、私の心臓を抉り、脳の中まで打撃を与えた。

信じられないと言うよりも信じたくなかった。

唯一の味方だと思っていた彼から言われた言葉は私を崖から突き落とすような、そんな冷たい言葉だった。

私はその言葉に言い返す事が出来なかった。

いやだ?別れたくない?そんな言葉が浮かんでくるが、自分でもわかっている。私は相当面倒臭い女だって事ぐらい。だからと言って、別れの言葉も口に出来ない。

そんな弱虫で臆病な私が黙っていると、彼は静かに私から離れてその場から居なくなった。

結局、彼に私の言葉を伝える事は出来なかった。


大きな湯船に浸かりながら、私は昨日の事を後悔しながら泣いていた。

他所の家の風呂場だという事もお構い無しで、咽び泣く様に只々泣いていた。

それはやけに広い風呂場が、一人になってしまった事を強調させていたからなのかわからなかったが、そんな空間が私を思いっきり泣かせるのには十分過ぎる様に思えた。

大分お待たせしました。

今後の予定ですが、なるべくなら1ヶ月に1話は更新したいと思ってます。

っと言った矢先からで申し訳ないが、1月は非常に忙しい為、次の更新は2月になりそうです・・・。

出来るだけ1月に更新できるようには頑張るつもりです。

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