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庵乃雲  作者: 瑠璃咲
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プロローグ

日本の首都・東京都、その中でも23区という区域の人口は、国内外を見ても稀な程に密集していた。

しかし密集しているのは人だけでなく、車・物流・お金・情報などあらゆる物が集まって来ている。もちろん、妖怪の様な人外のモノまで集まっている。

この区域に色々な物が集まり出したのは、有名な徳川家康が江戸の都をこの地に作ってからだった。

江戸時代後期にもなると、全国から様々な人が集まり、それと共に本所7不思議の様な人外も集まって来た。

それは400年以上経った今でも変わらない。

そんな23区の中でも、下町と言われる地域には今でもそう言った話や場所は存在していた。


東京の下町、深川と言う地域に一際大きい屋敷がある。

いつからあるのか、そして探そうにもどこにあるのかがわからない。

そこに暮らして居る者だけが出入り出来ると言われる屋敷。

その名も『雲乃(くもの)(あん)』という。


しかし地元に住む人たちは、探しても見つからず、いつからあるかわからず、何のために存在するかもわからない為、

別名『庵乃雲(アンノウン)』。正体不明と呼んでいた。




私がそこを訪れたのはきっと運命だったのかもしれない。

仕事に疲れ、人付き合いに疲れ、生きる事にも疲れ切っていた私はとある裏道を歩いていた。

両親は既に亡くし、職場では先輩や同僚から嫌がらせを受け続け、上司からセクハラを受けながらも我慢して仕事を続けていた。

それでも、頑張れたのは6年付き合っていた彼が支えてくれたからだった。それもつい1時間前までの話だった。

近くの呑み屋街で一緒に呑んでいて、そこを出た後に別れ話を切り出された。

ショックの余り言葉が出なかった。

嫌だと言いたかったが、言葉に出なかった。気付かない様にしていたが、彼には他の女性の気配を感じていた。

だけど私がそれに気が付いてしまえば、彼は行ってしまうと思った。だから見ない様にしていた。

しかし、彼は無情にも私の元から離れて行ってしまった。

支えを無くしてしまった私は、倒れそうな体を何とか保ちながらフラフラと冬の夜道を歩いていた。


このまま消えてしまうのも悪くは無いかもしれない。

もう、何もかも疲れた。


冬の風に吹かれながらもしばらく歩いていると、不思議と足が左に向いた。

低い高速道路をくぐり、ガソリンスタンドの明かりが遠くに見えた。

しかし、今の私にはそんな事はどうでもよかった。


足が向くままに歩いていると、周りの音が急に静かになったのに気付いた。

周りは薄暗く、マンションやアパートはあるが、時間が止まったかのように静まり返っていた。


「・・・いいにおい」


不意に鼻をくすぐる匂いに目を向けると、高い漆喰の塀で囲まれた大きな屋敷の脇に赤い提灯がぶら下がっているのが目に入った。


さっきまでお酒を呑んでいたのに、すでに酔いはさめてしまっており、不思議と惹かれる感じがしていた。


「もっと呑んじゃおうかな・・・」


惹かれるままに引き戸を開けながら暖簾をくぐると、行灯(あんどん)蝋燭(ろうそく)の優しい光に照らされた古民家の様な店だった。

入口を入って左側にカウンター、右側には長い木枠の中に砂が入っていて、それを挟む様に床が張られており板座敷のようになって、座布団がそこには置かれていた。


「いらっしゃい」


声のする方に目を向けると、作務衣を着た白に近い銀髪の若い男性がカウンターから顔を覗かせてきた。


「あ。あの・・・まだ・・・大丈夫ですか?」

「いいですよ。お好きな席へどうぞ」


勧められるままにカウンターの席に着くと、足元がほんのり暖かった。

下を見ると、どうやら足元の穴から暖かい熱気が出ている様だった。


「はい。どうぞ」

「あ・・・ありがとうございます」


差し出された熱い御絞りを受け取ってから周りを見渡すと、初めて来たはずなのにどこか懐かしい感じがしていた。

先ほどの座敷を改めて見ると、砂が入った木枠の上には天井から縄で吊るされた竹筒とその下に木で出来た魚の形をした物が付いているのが見えた。


「珍しいですか?」

「え?」


私が不思議そうに天井から吊るされた物を見ていると、男性店員が声を掛けて来た。


「あれは自在(じざい)(かぎ)って言って、あそこに鍋を吊るして高さを調整する事で、火の強弱を調整するんですよ」

「そうなんですか・・・」

「それより、ご注文は?」

「あ・・・すみません。何か温かいお酒を貰えますか?」

「甘いのがいいですか?」

「そんなに甘くない方が・・・」

「わかりました。これはお通しです」


注文を受けた男性店員は小鉢を私の前にそっと置いて行った。

小鉢の中には白身の魚を湯通しした物にポン酢が掛かっていた。

上に乗っていた削ったゆずと一緒に一切れ口に運ぶと、香りと何とも言えない食感に驚いてしまった。

外はふわりとしているのに、中はトロっとしておいしかった。


「お気に召して頂けて何よりです」

コトッ


お通しの美味しさに浸っていると、男性店員が白い徳利に入った熱燗をカウンターに置いてくれた。


「あ、ありがとうございます・・・あの、この魚は?」

(たら)です」

「タラ?あの鱈チリとかのですか?」

「えぇ、鱈の腹部分は刺身でも十分美味しいですが、湯通しすると余計な脂が取れて少しさっぱりしますし、食感が面白いでしょ?」

「はい。はじめて食べました・・・」

「熱燗は火傷に気をつけて下さいね」


男性店員は注意だけ言い残すと、またカウンターの中で作業に戻っていった。


置かれた徳利は普通の居酒屋に置いてある様な形ではなく、首の部分が細くて長い形をしており、胴体部分には桜の花びらと二匹のウサギの絵が薄っすらと描かれていた。


小さな(さかずき)にゆっくり徳利を傾けると、トクトクトクという心地よい音と共に微かな甘い香りを感じる湯気が立ち、お酒が(さかずき)を満たしていった。


「いいにおい・・・」


お酒のにおいを感じながらもそっと(さかずき)に口付けると、日本酒独特の酸味・甘味・苦味を感じる事が出来た。そして酸味と苦味が消えた頃、最後に甘味が残るかと思えば少ししてから嘘のように後味がスッと消えていった。


「おいしい・・・。こんなの初めて」

「それはよかったです」


思わず感想が口からポツリと漏れると、男性店員がカウンターの上から顔を覗かせて声を掛けて来た。


「このお酒、初めて口にしたんですけど、どこのお酒ですか?」

「『酒道庵 くくみ酒』っていう山形のお酒です。後味がスッキリしておいしいですよね」

「えぇ、本当においしいです・・・」


再度杯(さかずき)を口に運び、お酒を舌の上で広げると主張し過ぎず、後味がスッと消えていく感覚を楽しんだ。

自分好みの味だったからなのか、徳利から(さかずき)にお酒を注ぐ手が止まらなかった。



しばらく、徳利を傾けながらお酒を楽しんでいると、ふと気になる事があった。

私が入店してからすでに2本目の熱燗を半分程呑もうとしているにも関わらず、客が私以外いないのだ。

店内は音楽も掛ってなく、不思議なほど静かだった。

店に来る時は吹いていた風も、すでに止んだのか音が聞こえなかった。


「すみません・・・」

「はい、何ですか?」

「ここの店って、いつもこんなに静かなんですか?」

「え?あぁ、いつもは賑やかなんですけどね。今日は特別です」


男性店員に聞いてみたが、今日はたまたまの様だった。

こんなにおいしいお酒と料理があるのにお客さんが来ないなんて・・・と心配してしまったが、男性店員が若干笑いなら返した答えに、少し安心していた。


「そういえば、何かお出ししますか?」

「え?」

「いえ、お通しの後はお酒しか飲まれていなかったので、何か召し上がった方がいいのではと思いまして」

「あ。すみませんでした」

「いえいえ。ただ、大分すでにお酒を召し上がって居る様だったので、心配になりまして・・・あ、お客さん。チーズは好きですか?」

「チーズ・・・ですか?」


店内の装飾から食器まで和で統一されているお店で、まさかチーズを進められるとは思わなかった。


「まあ、好きですけど・・・」

「一昨日出来上がったばかりなので、是非食べてみて下さい」

「出来上がった?」


まさかこの店はチーズを作っているのかと首を傾げていると、男性店員がスティック状にしたキュウリと共にオレンジ色をした四角く切った物を平皿に乗せて私の前に置いた。


「どうぞ。自家製 山ウニ豆腐です」

「ヤマウニ?」

「はい。豆腐の味噌漬けのことです。チーズに似ているので、キュウリに付けて食べてみて下さい」

「は・・・はい」


私は恐る恐る、キュウリの先にオレンジ色の物を付けて一口食べてみた。

すると、味はチーズに近いが明らかにチーズよりさっぱりとした味が口に広がった。


「え?これ、チーズ?」

「いいえ、豆腐ですよ」

「へぇ~、不思議・・・」

「少しは元気になれましたか?」

「え?」


私が驚いて顔を上げると、熱燗の徳利をもう一本私の目の前に置いて男性店員が微笑んで来た。


「すみません。入って来られた時に、今にも消えそうな雰囲気が気になったモノですから・・・」

「そうですか・・・実は、もう色々な事に疲れてしまって・・・」

「よかったら、お伺いしますよ?」

「実は───」


何故かはわからないが、私は今の現状を男性店員に話し始めてしまった。

ふらりと寄って初めて会った相手にも関わらず、不思議な程安心して話せた。

もしかしたら酔ってしまっているせいもあるかもしれないが、次から次へと溢れ出す様に弱音も悩みも絶望感も零れていった。

男性店員は優しい表情で、何も言わずに只々聞いてくれた。


いつの間にか瞳からは涙も零れ出していた。





「・・・あれ?」


気が付くと、視界には木の天井が見えていた。


「昨日・・・どうしたんだっけ?・・・う~~・・・頭痛い」


昨日の事を思い出そうとするが、二日酔いになってしまった様で頭痛と気持ち悪さが襲って来た。


「あ、あれ?ここ、どこ?」


頭を押さえながらも体を起こすと、自分が8畳ほどの和室に敷かれた布団で寝ていた事に気付いた。

外は既に明るくなっている様で、障子からは優しい光が部屋を照らしていた。

いくら思い出そうとしても、二日酔いの頭痛が邪魔をしているせいもあって昨夜の事が思い出せずに居た。


「起きてますか?」


頭の痛みと今の状況への混乱に悩んでいると、障子と反対側にある引き戸から声が聞こえて来た。


「あ、はい!」

「失礼します」


引き戸を開けて入って来たのは、昨夜の銀髪をした男性店員だった。


「気分はどうですか?」

「頭が痛くて・・・少し気持ち悪いです」

「そうですか。恐らく霧乃庵にいらっしゃる前に飲まれたお酒がよくなかったのでしょう」

「キリノアン・・・ですか?」

「えぇ、昨日入らした店の名前ですよ。今、なにか茶漬けか何かをお持ち致しましょう」

「あ!すみません」


部屋を出て引き戸を閉めようとした男性店員を呼び止めて、一番気になっている事を問い掛けた。


「あの、ここは一体どこなんですか?」

「あぁ、申し遅れました・・・」


そう言って男性店員は改まって私の前に座ると、歓迎のあいさつを私に言って来た。



「ようこそ雲乃庵へ」

どうでしたでしょうか?麻黄と蓖麻を書く関係で、更新は非常に遅いです。そして年内の更新は1話位だと思います。気長にお待ちください。

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