幸福グラビティ
「あらあらあらあら、見つかってしまったわ」
そう言うとワインレッドの女性は優雅に地へ舞い降り、傘を畳んだ。腰まで伸びたブロンドヘアが美しい。しかし見惚れている場合だろうか?
「どう? この子達カワイイでしょう?」
僕は訝る目をしてしまう。彼女はこの事件について何か知っているのではないか?
「カワイクないの?」
「あぁ、いえ…1匹2匹なら可愛いんですがね…」
「沢山いるから皆無下に扱うのかしら…何処へ行っても歓迎されないのよ」
「では、貴女がシマエナガ事件の犯人…」
僕がそう言うと彼女は顔をしかめた。
「犯人? ワタクシは何か悪いことをしたかしら?」
「あーっえーーと…何処か他の国から来たんですか? それと、名前は? 僕はシーと言います」
悪びれる様子が無かったので僕は回り道をすることにした。 放浪している身だとすれば此処の常識は通用しないだろう。…彼女曰く何処からも歓迎されていないようだが…。
「ワタクシの名はフリル・アンゲート・フラレイド。オートマトンよ。自動人形。わかる?」
「アンドロイドのような物ですか?」
「まぁそれでいいわ」
「それで、何処から来たんです?」
「此処よりもずっと高次元から。此処は何次元の世界なのかしら?」
「さ…三次元…です。多分」
この女は何を言っているんだろう? もし本当に違う次元から来たとしたら、僕達は漫画の住民か、それよりももっと平たい存在に見えているのだろうか? 僕の理解を超えているのか、それとも彼女の妄言なのか…。
「あら道理で…ワタクシと、この子達は12次元から来たの。1匹の12次元生物が3次元に来ると7983万3600匹に増えてしまうから、この世界では溢れかえってしまうのね」
「…………」
「10匹ほど連れてきただけなのに」
俄かには信じ難い話だった。しかし、シマエナガの異常発生といい例のポータルといい、このくらいの真相がないと説明がつかないのだろう、と自分に言い聞かせフラレイドの話を信じることにした。
「ちょっと、聞いているのかしら?」
「ギリギリ話を飲み込んだところです…」
僕がそう言うと、頭の足りない生き物を見るような目をされてしまった。心なしかシマエナガ達にも馬鹿にされている気がする。ますます自信がなくなってきたが、聞きたいことは聞かねば…。
「あの、どうして次元を超えて来たんですか? しかもわざわざ低い次元に…」
「ワタクシだってここまで低い次元に移動する気なんてなかったのよ。でも11次元でも、10次元でも、それからずっと下の次元でも、私は使命を果たせなかったの」
「使命………?」
「シマエナガの流布よ。皆だってカワイイに囲まれたらシアワセでしょう?」
真顔で幸福を押し付けてくるな…と項垂れながら呟いた後、顔を上げるとフラレイドの目が据わっていた。僕は恐怖を感じ、思わず後ずさりする。
「シアワセから逃げると言うの…?」
シマエナガの数珠繋ぎが近づいてくる。それが這い寄る白蛇に見えた僕は本能的に走り出した。
「あっ貴女は元の次元に帰るべきだ! こんなの間違っている!」
必死に叫んだがフラレイドの返事はない。振り向くと白い巨人で視界が一杯になった。シマエナガ達が1つの生命体として動いている! おそらく彼女が核となっているのだろう。
ーーーば、化け物だあああぁ!!!ーーー
逃げ道にいる人々が次々と白い波に飲み込まれていく。これ以上人を巻き込むわけにはいかない…。
僕は逃げるのを止め、真っ直ぐと巨人を見た。