夢が現か
「こんばんは」
穏やかなトーンの声に気づき目を開けると、子供が立っていた。中性的な顔立ちであり、特徴の無い顔とも言える。髪の毛も長いと短いの中間で、男の子と女の子の平均顔。性別はわからない。
その子供は不気味なほど白い肌をしているのだが、それよりも奇妙なのは…
「どこから入った?」
僕は矢庭に、訝る声で問うた。自室のドアは鍵が掛かっているはずだし、窓だって閉まっている。
この子が入ってくる道理がないのだ。
「ずっといたよ。メガネのお兄さんに閉じ込められたんだ。それからキミの部屋に放り込まれた」
瞬間、頭の回路が繋がった。
「シマエナガなのか…?」
「そうそう」
では、この子の言う眼鏡のお兄さんというのは、おそらくバイアル・リペアリアのことだろう。
シマエナガが人の姿をしているのは、多分これが夢だからだ。
「あの人さ、どんどんボクを袋詰めしていってるんだ。あの人だけじゃなくて、皆してボクを焼いたり煮たりミンチにしたり…」
シマエナガの化身は暗い顔をして俯いてしまった。
一人称がボクということは、この子は少年なのだろうか?
続けて口から語られる体験は痛々しい。どうやら一度死んで終わりというわけではなく、件のシマエナガ全体の経験が、少年に集約されているようだ。
記憶から無くなった時が本当の死だとは言うが、こんな風に残っていたら生き地獄だろう…。
「…ごめんね」
「キミが謝ることじゃない。でも、そういう風に思ってくれるから、キミと夢で会おうと思ったんだ」
「そうか…」
「もう察しはついてると思うけど、ボクは現実ではただの鳥。だから夢の外でも意思表示できる橋渡しが欲しかったんだ」
「僕は皆に強く言えるような玉じゃないよ…期待されても、何もできないと思う」
「…じゃあ、愚痴を聞いてもらうだけでもいいかな…」
少年をガッカリさせてしまったようだ。
「そろそろ朝になってしまうね。また今度」
「あ、あぁ…」
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生返事をした後のことは思い出せなかった。熟睡していたようだ。
頭を持ち上げると、押しのけられていたシマエナガたちが流れ込み、マットレスの偏りは消えた。しかし、それでも窮屈そうだった。
「あ、餌は要るんだろうか? 夢で聞いておけば良かった…」
僕はマットレスのチャックを開けた後、キッチンへ行きコーンフレークを取ってきた。間に合わせでしかないので、今日の内に鳥用の餌を買っておこう。
時計を確認すると朝の5時だった。昨日は早く寝てしまったため、二度寝する気にもならない。
それに夢の子供が言っていたことが気になる。バイアル以外にも、シマエナガたちに手を出している人がいるらしい。
今の時間なら港で働く漁師たちを見れるかもしれない。普段通りあの海で漁に出ているのだろうか?
港に着くと、既にイカや地魚が市場へ運ばれていた。
海の漢たちが犇き、セリ声が彼方此方から響いてくるが、あの独特のガラガラ音と早口は僕には聞き取れない。
取り敢えずシマエナガが卸されている様子は無い。普段通りの魚市場だ。邪魔な白饅頭や羽毛が時折箒で掃かれていることを除けば…。
漁の間も、船の上にシマエナガが降り注いでいたのではないだろうか? 僕は一服していた漁師を見つけ、声をかけてみた。
「こんな状況だと、お仕事大変じゃないですか?」
「んーまぁ手間は増えるよなぁ、早いとこ収まってくれねぇもんかねぇ」
やはり歓迎はされていないようだ。役所が動き出すのも時間の問題だろう。夢での会話が僕の空想なら、普通の害獣駆除で済むのだが、どうもそうは思えない。
市場は大体回り終わったので、辺りを適当に散歩することにした。
どこへ行っても、視界の半分は白い。白過ぎる。路地裏に至っては、掃除が行き届いていないので、ごま塩の壁が出来上がっている。
田舎ということもあって、家の外観や人の服装は自然色に近い。くすんだ茶色系でまとまっているのを、都会の人なら地味と言うのだろうか。
そんなハッキリしない色とモノクロに囲まれていると、時間の流れが早くなったり遅くなったり、おかしな感覚に襲われる。
刺激が単調でつまらないな、帰ろうかなと思った時、ワインレッドが目に飛び込んだ。
この町に似つかわしくないゴージャスなドレスと、同じくリボンやフリルの付いた傘が、シマエナガの大群に支えられて宙に浮いていた。