高反発マットレスヤスヤ
僕とバイアルとアンプルは、出来るだけ外の探索に没頭できるよう、素早く今日分の家事を済ませ出掛けた。
皆一頻り騒いだ後だったようで、今はクールダウンしている。
3人で海へ向かうと、シマエナガの出処がわかった。
シマエナガが渦潮から吐き出されるように湧き上がっている。
正確には、海から僅かに浮いて、境界線は水と油のように金色に光っている。だからアレは渦潮のような何か…機能的にはポータルと言えば外れない物だ。
頭では冷静に観察していたが、傍から見れば僕の顔は大層マヌケに見えただろう。隣にいるバイアルとアンプルも、アホ面で口を開いた。
「なんだアレ? いつからあるんだ?」
「そりゃぁ、鳥がわんさか降ってる時からでしょ」
「えっと、多分…」
僕は2人に自分の知っていることを話した。昨日の夜中に散歩へ出掛けたこと、その時点、多分10時以降には既にシマエナガが降り注いでいたこと、などなど。
「夜で暗かったので雲の上から降ってると思ってたんですけど…」
「ふーん、俺たちが店の門閉めたのって8時くらいだっけ? その時は外の様子は普通だったな」
「天気は覚えてないけど、こんなものが見えたらすぐ気付くものね。昨日の夜遅くから異常事態が起きたみたいね」
「っで、どう…しようもねぇから周りの人も諦めて大人しくしてるんだよな…」
バイアルは早々に合点した様子で何処かへ行ってしまった。好奇心旺盛な人だと思っていたので、この行動は僕にとって意外だった。
アンプルの方は云々と唸っていたので声を掛けてみた。
「どうしました?」
「いやぁ〜とても自然物とは思えないし、あの渦早くなんとかした方がいいと思うのよね」
「そうですよね。これぞまさに異常発生って感じですし」
「大砲でも撃ったら消えるかしら?」
「え? あの鳥たちごとですか?」
渦だけならともかく、生き物ごと吹っ飛ばすのには抵抗があった。
「アハハッ、やりたくはないわよ。でも役所がその内近いことやるんじゃないかしら? それに…」
「それに…なんですか?」
「そうでもしないと多分もっと酷いことになると思うなぁ…」
僕は彼女が何を予想したのか何となくわかった。おそらく増えすぎたシマエナガは駆除の対象になるだろう。
あのポータルを閉じないことには、イタチごっこで殺すだけになってしまうだろうし、それなら多少手荒でも元から絶った方が良い。
もっとも、出口を失ったシマエナガたちがポータルの奥でどうなるのかは分からないのだが…。
「まぁ、私たちが手を出すことではないわよね。帰りましょ」
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「ただいまー」
「おっ2人とも帰ってきたか〜。いいもんつくったからよ、シー、お前にやるよ」
店へ帰って開目これである。バイアルが親切()な顔をコチラに向けていると嫌な予感しかしない。
アンタ大人しく帰ったと思ったら余計なモンを作ってたのか。
「あの、なんかその物体X動いてるように見えるんですけど…」
「あぁ、動くぜ」
動くぜ。じゃねえよ、そこで完結させようとする気満々じゃねぇか。
「何それ、敷き布団?」
「バイアル様お手製の高反発マットレスだぜ☆」
「何で出来てんのよ…中身がゴロゴロしてるようだけど…」
「シマエナガ」
アンプルの質問にはちゃんと答えた。それともアレか、僕の聞き方が悪かっただけか?
てかシマエナガ生きたまま入ってんの?
「えーと、今日はその試作品で寝てみろってことです…よね」
「おうおう!話が早くて助かるわー。どんな効果があるかさっぱり分からんからな」
「自分で試さないんですか…」
「怖いからヤダ」
(快眠グッズが怖いってなんだ、饅頭怖いってか?)
僕は内心で悪態をつきながらマットレスを受け取る。
やはりこのマットレス、動いている。怖い。
「やっぱり酷いことが起きたわね」
「え!? これの事だったんですか!??」
もうこの雇い主達イヤだ。アンプルはバイアルの最大の理解者なんだろうが、それ故に常識を生贄にしてしまっておられる。
でも立場の弱い僕は逆らえないし、仕事を辞められない。
雇われという社会的要因に加えて、マッドサイエンティスト達によって勝手に改造されたこの肉体は、自分でメンテナンスする事が出来ないため物理的に離れるとマズい。
「はぁーーーーー…」
「おっ、疲れた? 疲れた? 部屋持ってくの手伝ってやるよ」
もう確信犯だろう…と覇気なく思った。
2回の外出やら朝2人を起こしたりやらで心身共に疲弊してしまっている。
まだ陽は高いが、この際休めればどうでもいい。
僕はバイアルに勧められるまま、床につくことにした。
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自室に用意されたマットレスに恐る恐る右手を乗せ、体重を掛ける。
かなり硬めの弾力があり、これなら全身乗っても大丈夫そうだ。食材として使ってみた時もそうだが、あのポータルから出てきたシマエナガはゴム毬のような体の持ち主らしい。
それでもドキドキしながら横になる。
すると、頭や腰など圧が重点的に掛かる所から
「ぴぃぃ…」
「ーギィーッ」
っと、啼き声が聞こえてきた。
(ひぃぃーー!ごめんなさいごめんなさい)
慌てて悲鳴の主の安否を確かめたところ、無事なようだった。
明日使い心地の報告をする為にはこの子達の上で寝なければならないのだが、あまりにも不憫だったので上半身だけ預けて床に脚をつける。
それがドラマなんかでよく見るような、看病中に寝てしまった時の体勢なので、そこから色々と考えてしまった。
ーまるで看病をしてるみたいじゃないか、こんな体勢で安眠できるのだろうか…。普通に寝たいけど、生きた羽毛布団で寝た感想なんてゼロから作れないし…。どちらかを優先すればいいのに、なんで僕はこんな中途半端な選択をしてしまうかなぁ…ー
………………。
気付かぬ内に夢の中に入ってしまっていた。