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クッキングゴム

さて、籠城しているアンプル姫をどう引きすり出そうか。

(叩く? 水をかける? 火をつける? …)


頭の中では何を想像しようと自由である。

ただそんな物騒なことを考えていても手は自然に七輪を用意し、サンマを焼き始めたので悪意とは何ぞや? と暇潰しに哲学する。


(頭で悪い事を考えるのはやってはいけないことか? 悪い事を考えずに、裁く対象を捉える事が出来るとは思えない。警察・弁護士・裁判所は暴走するか機能停止に陥るしかなくなるよな…)


「…」


布団の中にまで香りは届いているのだろうか?

先に僕の食欲が香ばしく焼き上がってしまったので、1匹目を食べながら2匹目を焼き始める。


2匹目が焼けた時にもぞもぞと城が動き始めたので、心でガッツポーズを決めながら熱々のサンマに噛り付いた。

昨日のオレンジジュース(?)の件に対するささやかな仕返しである。

もちろん3匹目(本来はバイアルの分)を焼き始める。


「あー…部屋に魚の匂いが付いちゃうじゃない…」

寝ぼけ眼でアンプルが文句の第一声をぼやく。


「まぁまぁ、これ食べたら外見てみてくださいよ。大変なことになってるんです」

「えーまだ焼けるまで時間あるじゃない。今見るわ」


カーテンを開けたアンプルの反応は後ろ姿からでは分からなかった。どんな顔をしているのだろう?

彼女は右から左、上から下に首を動かし、寝た。

また布団に潜ってしまった。


「起きてください! 夢じゃありませんから! ほら、サンマも焼けましたよ!」

「う、うん…」


うつらうつらしながらサンマを口に運ぶ姿は夢遊人のようだった。無理もないが…。


「食べ終わったらバイアルさんを起こすの手伝ってください。僕ではどうにもできないので…」

「わかったわ。アルの方がこういう事態に強そうだし、すぐ起こしましょ」


スーパーごはんパワーのおかげで意識がはっきりしてきた彼女は頼もしかった。


######


さて、バイアルの部屋に入ったはいいが、そこに生命の息吹は感じられない。

内装は無機質と言える程整っており、無菌体制のラボのような冷たさを感じる。

ベッドに横たわるバイアルは、実験台に放置された、腐敗しない永遠の屍体といったところか。

決して医薬品や実験道具がインテリアとして置かれているわけではないのに…。


「まだまだ起きそうにないですね…」

「死んでないか心配になる寝方よね、相変わらず」


お前の寝方も大概だと心の口でぼやく。


「っで、どうやって起こしましょう?」

「あぁ、もう必要な物は持って来てるわよ。シーはアルの頭押さえといて」


僕は頭にハテナを浮かべつつも言う通りに頭を押さえる。

アンプルはオレンジオイルが入っているという洗浄瓶を右手、吸い飲みを左手に持ち、それぞれをバイアルの鼻と口に突っ込んだ。


皆さんはミカンの皮を絞った時、その汁が誤って目に入った事があるだろうか?

ヒントはここまでとして、眼前の惨状についてはあまり語りたくない。というより見ていられず目を瞑っていたので、僕は何も知らない。

その間耳を劈き続けたのは、今まで聞いた事もない泣哭だった。



手荒に起こされたバイアルは、宿に泊まったのにHP:1、状態:毒で目覚めた勇者もビックリの瀕死状態で、ひゅーひゅーと細い呼吸をしている。

まず粘膜の毒を洗い流すために、背中におぶって洗面台に向かうことにした。

全身をプルプルさせている振動が伝わり、こちらまで痛々しくなる。


アンプルはぬるま湯を桶に張って先回りしてくれていた。

手慣れているような気がするのは、きっと気のせいだ。絶対そうだ。

と、自分に言い聞かせながら、アンプルによるバイアル蘇生術(桶に顔を突っ込ませては上げ、突っ込ませては上げを繰り返す)を後ろから見ていた。


「ゲフッゲホッ!(༎ຶ◡༎ຶ)ヌベヂョンヌゾジョンベルミッティスモゲロンボョ$£€?!」


「良かったー。元気になったみたいね」

「寿命を削ってSOSと叫んでいるようにしか見えません…。バイアルさん、大丈夫ですか?」


「…もう少しで天国の母さんに抱きついてた…」

どうやら黄泉の世界が視えるところまで行っていたらしい。生きてて良かった…。


「っで、何でこんな゛無茶な起こされ方をせに゛ゃならんのだ…」

バイアルは鼻をズビズビかみながら問う。

「あーそのことで、ちょっと外見て欲しいの!」


バイアルは手を引っ張られ窓際へと連れて行かれる。

涙でいっぱいの彼の目にどこまで現実が映るのだろうか。


「わぁー!何これスッゲーw」


急にご機嫌ではしゃぎ始めた彼は、虫取り網を持って外へ飛び出して行った。

先のアンプルの仕打ちは酷いと思ったが、あんなパワフルさとポジティブさを見てしまうと、もう心配する方がバカバカしくなってくる。


「バイアルさんって…」

「脳筋なのよ。ナイフで刺しても多分死なないわ」


2人で溜息をついて、やたら環境適応能力の高い脳筋バカが帰ってくるまでお茶を飲んで待つことにした。


######


バイアルがシマエナガを大量に捕まえて帰って来た。

シマエナガは野鳥だから勝手に獲ることはもちろん、保護ですら危ういんじゃないかと思うのだが、おそらく彼は鶏肉が落ちてたとしか思っていないだろう。

まぁ、これだけ大量発生すればその内駆除令が出るだろうし問題ない。


朝ごはんがまだの彼はシマエナガを簡単に焼いて食べた。


「かっっっ」

「どうしました?」

「肉がかたい。っていうかなんか…ゴムっぽい…」


「アルの焼き方が下手なんじゃなーい?」

「そんなことねぇって!アン、お前もやってみろよ」

バイアルはアンプルの茶々に少々噛み付き気味で反応し、シマエナガ調理に巻き込んだ。


「他の料理を試してみたら? 熱湯で茹でてから自然冷却させて、柔らかくするとか」

「えー俺まだ朝飯食ってねぇよ。んな悠長なことするより玉ねぎとマーマレードで照り焼きにしちまおう」


2人はそれぞれの思うやり方で調理し始めた。

店の厨房は広いので、それでもまだ少し余裕がある。

2人が失敗した時に備えて、僕はバイアルの軽食を作ることにした。


余っていた冷やご飯をチンして、僕はごま油の方が好きなのだが、彼用にオリーブオイルと醤油を絡める。

それをオーブンシートに小分けして並べ、桜エビ、ふりかけ、鰹節を味変わりになるようそれぞれ混ぜて、5×5cm程度の四角形になるよう薄く広げる。

コレを15分ほどオーブンで焼けば完成だ。

残り2分になったところで、桜エビ入りのおこげにスライスチーズを乗せると更に旨い。


出来上がった品をバイアルはサンキュっと短く言ってパクついた。

左手でおこげをつまみながらも、右手は作業を進めている。

流石シェフというだけあって、2人とも同時並行でいくつもの料理を作っている。


暫くすると、テーブルにはあらゆる鳥料理が溢れかえった。蒸しサラダ、照り焼き、ホイル焼き、トマト煮、スープ、唐揚げ etc…


3人全員で試食をしてみる。

「…」


「一番マシなのは…唐揚げ…ですかね…?」

「うーん…絶対ニワトリの方が美味しいわ…」

「どれもこれも食えたもんじゃねぇ!アン、あれだ、アレ持ってこい」

「あー、アレね」

(アレで伝わるなんてコイツらは熟年夫婦なのか?)


アンプルが持ってきたのは白い粉だった。

それを水に溶かし、シマエナガの肉に塗って焼く。

たったそれだけなのに、肉は驚くほど柔らかくジューシーに仕上がった…。


「あの、コレ…何なんでスカ…?」

僕は恐る恐るバイアルに尋ねた。

「最近開発された添加物だ。フルーツの酵素は肉の繊維を切って柔らかくするんだが、コイツは違う原理でな…」

「その原理とは…………」

「ヌベヂョンベルモゲロンボョむぃむぃむぃむぃ」


バイアルは教える気が無いらしい。

アンプルの方に尋ねても

「大丈夫。絶対、大丈夫だよ」

としか答えてくれない。何が大丈夫なんだ…。


怖いので僕はその肉にそれ以上手を付けないことにした。

外を見ると太陽はすっかり高く上がり、暑さで人もシマエナガも元気を無くしたのか、幾分か静かになっていた。


後片付けをしたら2人を連れてもう一度海に行ってみよう。

もしかしたら朝に犇めいていた人たちが捌けているかもしれない。

今回登場した料理は、クックパッドを参考にしました。

http://cookpad.com/

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