一年生編 5月 第二十七話
―――百合が頭の悪い少女を倒す少し前、中央ルーム。
中央イベントルーム、大きさにして大体500平米くらい。メインの出入り口が一つ、左右に入り口が二つずつ計5つの出入り口がある。そこに集められた人質の数はざっと50名ほどである。テロリストの人数が15~20名、配置は左右に入り口に一名ずつとメイン入り口に3名、人質を囲むように5名。残りは中央より奥で待機している。こういった人質が多い場合は一つどころに固めておいた方が管理がし易い。尚且つ部屋の中央に固め、周りには銃口を向けた兵士達で囲む。これで何かあれば引き金を引くだけで人質は一瞬にして肉の塊と化すことができる。それ故に迂闊に突入もできない。とはいえ人質は生きていなければ何の意味も無い。
そのイベントルームより少し手前の廊下、ちょうど中央入り口から死角になる場所で一人の女性が気配を殺し潜むんでいた。暫く様子を見ていたが不意にイヤフォンから男性の声が耳に入る。
≪配置は既に完遂、中央入り口に4名、後は左右に同じく4名ずつ、巡回中の敵には遊撃が数名であたります≫
彼女の部下である男性から、準備が整ったとの報告だった。
≪ごくろう大尉 なら後は子猫ちゃんの合図待ちといった所か≫
≪子猫ですか……ずいぶんと物騒な子猫ですね少佐≫
≪そうか? 思っていたより可愛らしいと思ったが大尉はどう見た?≫
≪そうでありますな……私は貴方と初めてお会いした時の印象と彼女の印象が被りましたな≫
≪はっ それは笑える。ということは大尉から見たら私も子猫と言う事か≫
≪まさか、私は虎を子猫のように扱えませんよ≫
≪笑えない冗談だ大尉、まあ確かに子猫にしては随分狩り慣れはしているようだったが≫
≪手加減していたとはいえ少佐相手にあそこまでやりあえる者は、部隊に一人もいませんですからな≫
≪それに……≫
≪それに?≫
≪大尉は気づいていなかったが、お前の存在を警戒していたぞ?≫
≪まさか!? いやはやあの若さで……末恐ろしい……≫
≪まあ、本人は唯の女子高生だと言っているがな≫
≪この国の女子高生は戦士と言うことですか≫
≪それが本当なら笑えん。私と大尉以外だと勝てないと言うことだからな≫
≪個人の戦力ではそうかも知れませんが、我々は部隊で動きます。そして指揮官は貴方だ、それで勝てない戦争は無いかと≫
≪負け惜しみにしか聞こえんな大尉、それとも私を持ち上げて給料アップを狙うか?≫
≪そんなつもりはありません。しかし……≫
≪ん?≫
≪もし少佐と彼女が同じ部隊だったらと思うと……≫
≪ほう……>
<私の立場が無くなると少し思ったら思わず寒気がしてしまいました≫
≪ははっ! それは面白い! さて、話が逸れたな。そろそろ始めようか≫
≪Так точно 久しぶりの闘争ですな。大事にしましょう≫
≪はしゃぐな。人質は全員無事で帰すことが前提だ≫
≪無論であります。我々はспецназ ではありません≫
≪モスクワ劇場か……さて子猫ちゃんがうまく餌の役を演じてくれているようだ≫
室内から騒がしい声が聞こえてくる。暫くすると中央の扉が開き兵士の一人が駆け出す姿が見える。
若い……外見から先ほど遭遇した少女と同じくらいの年齢の女兵士が目の前を通過していく。完全にこちらには気づいていない。開け放たれた扉を確認すると、口角を上げながら命令する。
≪さあ! 仕事を始めようか諸君!≫
≪Дах!≫
イヤフォン越しに聞こえてくる返事と共に静かに行動する。
ルーム内
(あれから一時間、流石にまずいですね)
恵の様子を見ながら心の中で舌打ちをするシルビア。由美はこういった状況に陥った際の訓練を積んでいる事と元来の性格からか冷静にしているが、こういう状況に対してなんら訓練を受けていない彼女の様子はかなり悪い状況を表していた。
(さて、どうしますか……)
最悪二人だけは無事に帰す。この事だけを考えながら冷静に隙を伺うシルビア。
すると急にテロリスト達が騒がしくなった。
「はあ? 一人人質がまだ逃げてるだって?」 「何をやってるんだ!?」 「このままでは外に知られてしまう!」「早く殺せ」
どうやら何かイレギュラーがあったらしい。会話を聞いていると人質が一人逃げている最中だということらしい。それも見張りの目をうまく掻い潜っての逃走の為動揺が走っていた。この状況化でそんな度胸のある参加者に心当たりなど……
(ああ、一人いましたね。)
思わずほくそ笑むシルビア。
(どこに行ったかと思えば、流石というかなんというか。)
恐らくは外に助けを呼びに行ったか、それとも……
(流石にそれは無いでしょう)
本家と合流して陽動と一瞬考えたが、流石にうま過ぎると考えを改めるシルビア。
「……ともあれ丸腰ですと、せめて武器になりそうな物でもあれば良いのですが」
自分の甘さに思わず苛立って小さく愚痴ってしまう。
「武器ですか?」
それを聞いた由美が小声で聞き返してくる。
「申し訳ありませんお嬢様、不甲斐ない従者をお許しください。このような危険な目に合せてしまうとは」
「かまいません。誰もこうなるとは予想はできません。それよりも武器があれば何とかなりそうでしょうか?」
静かに頭を垂れるシルビアを制止しながら質問を続ける。
「そうでございますね……せめてナイフの一つでもあれば隙をつけるかと」
「ナイフですか……そういえばこのような状況になった時に何か……」
暫く考え込んでいた由美だったが、すぐ思い出したようで……
「思い出しましたわ。シルビアさん私の胸に手をお入れなさい」
「畏まりました……は?」
思わず声が裏返ってしまった……慌てて周りを見渡す。幸いながら慌しく動き回る彼らには気づかれる事は無かった。
「……失礼致しました。それでお嬢様、何をどこに入れるのですか?」
「ええ、ですから胸を……」
そう言いながら周りに気づかれないように胸をシルビアに差し出す由美。余りにも真剣な顔な為、仕方なく彼女の胸元に手を入れる。そういえば少し違和感を感じていた事を思い出す。控えめにいってそんな大きくない由美の胸であるが、今は違う。そう彼女の胸は盛られているのだ。最初は年頃の少女特有のコンプレックスからくるものだと思っていた。しかし、それは間違いだと気づく。
「お嬢様いつこのような物を仕込んでおいでで?」
胸に手を入れ中身を取り出すと思わず溜息を吐く。そこにはやはりパットが盛られていた。普通ならそれで終わるところであるが……
「ええと……どうしても気になりましたのでその……」
「はあ、なるほど理解致しました。これ以上は詮索致しません」
(あいつか……)
「仕方ありません、次回からは私がご用意させて頂きます故、今回限りにして頂けると」
「ええ、解りましたわ。それに、『ぱっと』というものはもうこりごりですわ」
両手で胸を押さえながら溜息を吐く。
「お嬢様はまだまだこれから成長なさいますからご安心下さい」
「いえ、違いますわ」
思春期特有の悩みかと思い慰めるシルビアに、苦笑いを浮かべながら
「では、どういう事で?」
「ええ、この『ぱっと』が重くて重くて、百合さんがよく重くて邪魔とおっしゃる意味がよく解りましたわ」
「そちらの方ですか……ご安心くださいませお嬢様。本来はそのように重くはありませんので、もしよろしければ今度良い物を私が選んでまいります」
確かに重いかったでしょうに、そう思いながらパットの中から小さな拳銃を取り出す。
(デリンジャー22口径ですか……この人数を相手には心許ないですが、無いよりは断然マシですね)
静かに弾をこめながら様子を伺う。チャンスがあればいつでも攻撃に移れるように気を張るシルビア。
(この狭い空間で銃撃戦になれば全員無事にとはいきませんね)
全員を助ける必要は無い。由美と恵の二人、最悪由美だけでも助ければ良い。そう判断すると周りを見回す。
(配置は……入り口に二人、こちらには一人中央に五人……後は流石に確認できませんね)
余り迂闊に動くと気取られる。唯でさえこっちに人員を少なく割り当てられている為、下手に警戒されて人員を補充されては困る。
(となるとタイミングだけですね……)
きっかけが必要……そう思っていると、
―――カランッ
(グレネード!?)
「お嬢様、恵様も耳と目を閉じて伏せてください!!」
ソレを確認した瞬間二人を抱きかかえるように床へと伏せる。二人共私の声が聞こえたようで目と耳をふさぐ。
次の瞬間、大きな音と共に室内に閃光が走る。思わぬことに動揺した数名が発砲するも、
「ぎゃあ!」 「ぐえ!」 「なっ!?」
と断末魔の悲鳴と共に順番に静かになる。その時点で何が起こったか即座に理解する。暫く大人しく伏せていたシルビアであったが、段々目が慣れてきたので周りを見渡す。
そこにはテロリスト達とは違う格好をした者達が、彼らを制圧している最中だった。
「大人しくしてろ! 撃たれたいのか!?」
人質側にいた一人の男が立ち上がったシルビアに対して銃口を向けるが、
「ぎゃあ!!」
銃声と共に真後ろに倒れこむ。
「貴方が三流で良かった。一流なら立ち上がった時点で足なり肩なりを撃ち抜いていたはずですから」
倒れこんだ男を見下ろしながら言うシルビア。そんな彼女に近づくもう一人の影がいた。
「……少し遅いのでは無いですか?」
「あら? 久しぶりに会ったと思ったら嫌味?」
シルビアの言葉に笑みを浮かべながら答えるヴェロニカ。
「それにしても拍子抜けねえ。結構気合入れてきたんだけれど、蓋を開けたら全然だし」
つまらなそうにシルビアに撃たれた男を見ながら呟く。そのまま連れの人間に連行される。見渡せば既にこの部屋は制圧されたようで、次々と連行されていくテロリストの姿が見える。
「貴方なら簡単なんでしょうが……まあ、助かりました」
座り込む二人を解放しつつ礼を言うシルビア。
「あら~素直だなんて珍しいこともあるもんだね」
「そうでもありませんよ。しかし、彼らは一体何者なんでしょうか?」
連行されるテロリスト達を見る。
「まあ、恐らくは旧共和の過激派の残党といったところじゃない?」
旧共和派 過去にこの国で政権を執った事もある元最大派閥。
「確か、国防軍設立と共に施工された国家機密保護法によって代表及び幹部が近隣諸国へのスパイ容疑で逮捕されましたね」
「そう、まあ今は見る影も無いけどねえ」
「そうですね。当時の日本は情報が筒抜けだと聞いています」
「ほんっとすごい国だったよ。当時は」
「そういえば貴方元KGBでしたね。その辺りはお詳しいでしょう」
「また懐かしい話を……っていっても数年所属しただけですぐ解散、めでたくリストラだけどねえ」
「酷い国もあったものですね。貴方のような狂犬を野に解き放つなんて」
「どういう意味だい」
お互い軽口を言い合いながらも笑みを浮かべる。そうこうしている間にテロリスト達の連行作業を終えたようで、
「少佐、部隊の鎮圧完了致しました。今は撤収作業と人質の介抱にあたっています。」
「ごくろう大尉」
大尉と呼ばれた左瞼の上から顎にかけて大きな傷をこさえた屈強な男性が敬礼と共に報告する。
「ご苦労様です。お久しぶりですねオレグ大尉、お元気そうで何よりです」
「シルビア殿も、それよりお嬢様とそのご友人があちらでお待ちです」
軽く挨拶を済ませると、そのまま言われた方へと向う。既にほとんどの人質が保護され、怪我人等は手当てを受けていた。
「しかし、一体何の目的で」
制圧までの手際は良かった、だけどそれ以降は雑を通り越して素人。一体何をしたかったのか、それとも
「身代金目的だけで、大義名分は無かったとか」
十分ありえますね。思想も何も無い欲望丸出しの連中のようでしたし。
「とりあえずお嬢様方が無事なら良しとしますか」
満面の笑みを浮かべながらこちらに手を振る少女を見つめながら安堵する。そうして長かった夜が終わるのであった。




