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一年生編 5月 第二十六話

 

 テレビ局が占拠されて数時間未だ外に情報が漏れていないと思っているのか、それとも素人の集まりなのか余りにも油断しすぎな彼らに溜息を吐く。ここに来るまでに既に何人かの見張りを倒していてるのにも関わらず、警戒を施す通信も人員を送り込む気配も無い。



「ふっふっふ~」



 などと色々考えていると気色悪い笑みを浮かべるヴェロニカ。



「貴方今、何故こんなに警戒が雑だと思っている?」



 思っている事を指摘されてしまった。



「まあ、そうだな。これだけ暴れまわっているのに通信はおろか、誰もこちら側にこない」


「実は~私の部下達がこの施設に侵入してて、今配置を徐々に縮めている所なのよね」



 ヴェロニカ曰く、既に数名の部下が施設内に進入しておりいつでも動けるような状態でいるとのことである。一個人が持つ私兵部隊としては異質なほど統率がとれているというか……



「かなり現場慣れしている気がするのだが?」


「ああーそれはそうよ。なんせ『羅豪が藪をつつけばテロリストが出てくる』って言われるほど割と日常茶飯事なのよ」


「海外ではそうかも知れんが……国内でもか?」


「んー国内では初めてよ。だから今回はレアケースなんだけどねえ」



 ヴェロニカ曰く、今回の件は想定外ということで人員が余り確保できなかったらしい。というより、



「せっかくの休暇が台無しになっちゃった。せっかくのヤポーニヤなのにねえ」



 大きく溜息を吐く辺り本気で残念がっているようだ。



「それは残念だったな。それで?」


「それで? とは?」


「この先は人質がいる。それに奴らとて馬鹿では無い……いや馬鹿だからこそ自棄になって人質を殺されても困る」


「あーそうねえ、それじゃ一つお願い聞いてもらえるかしらん」


「嫌な予感しかしないのだが?」


「まあまあ、とりあえず……」



 耳元で説明をする。とりあえず息を吹きかけてきた事に関しては無視しておいた。



「あら~耳は余り感じないのね」



 しょうもないことを言う。とはいえこの状況で自分だけでできることは限られている。複数の武装した人間を相手に彼女の存在はかなりの幸展開だと判断できる。



「で? 私に何をしろと?」


「それはね」






 ………


 ……………





「はあ……何が助けを呼ぶだけの簡単な仕事だ」



 やはりここ最近ついていない。どういうことだ? ここは平和だと聞いていたんだが、入学早々変なメイドに絡まれるわ、変な輩の相手はさせられるわ、いじめとやらで体操服はズタズタにされるわ、遊びに来てみればテロに巻き込まれ、挙句また変な女に色々と弄られ……最後にコレだとはな。



「はあ~」



 今日何度目かの溜息、まったくもってやるせない。その理由はというと、



「なになに? 助けじゃなくて絶望した? それとも怖くなった? 可笑しくなっちゃった?」



 目の前のイカレタ女のせいだ。まあ、テロリストに碌な連中がいないのは理解していたが……



「きゃはは、大丈夫よ~ 痛くしないで……は無理だけどす~ぐ怖くなくなっちゃうから、それにあたしは貴方のような可愛い女の子の苦痛に歪む顔を見ただけで濡れちゃいそう! 悲鳴なんて聞いたらそれだけで絶頂しちゃうかも!」



 本当にいい趣味をしている。一体どういう環境に育てられたらこんな歪んだ性格になれるんだろうか? そのようにしょうもない事を考えていたら、



「と・り・あ・え・ず 足からでいいかしら!」



 そのままナイフの切っ先をこちらに向け飛び掛ってくる。



「油断しすぎだな」



 切っ先が太ももに触れる前に一歩半後ろへ下がる。まさか避けられると思っていなかったのか、突き出した右手を戻すタイミングが遅れる。その隙を見逃さず前に出した左足を軸に力を込め、そのまま右足でナイフを握った右腕ごと思いきり蹴りを見舞う。



「っ!?」



 痛みで思わずナイフを離す。そのまま蹴られた右腕を庇いながら後方に下がる。



「そこで動きを止める所が三流だな」



 そのまま隠していた銃を構えると躊躇無く発砲する。しかし、間一髪の所で避けるとそのまま廊下の角に隠れる。



「良い反応だ」


「ちっ! あんた一体っ!?」



 何者と二の句を告げさせる前にもう一度発砲する。先ほどから今までの行動を見る限り相手は銃を持っていない。最初から持っていなかったか、あるいはマンハントを楽しむためにあえて持たなかったのか、どちらにせよこちらとしては幸運だな。とはいえ体裁きから油断はできない。



「とりあえず抵抗しないのであれば命の保障はするが?」


「命? 命の保障? 何を? ここには貴方と私しかいない、貴方が私を? ふざけてるなよっ!」


「!?」



 今度はこちらが驚く事になるとは、銃口を向けられているというのに躊躇無くこちらへと向ってくる。静かな廊下にまた銃声が響き渡る。



「ぐぅ!」



 四発目の銃弾が彼女の右太ももに命中するも向ってくる。



「ちっ」



 思わず舌打ちしてしまう。流石に甘かったか、命中した右足からは血液が染み出しているがまったく気にする素振りも無い。相当な痛みなはずなのにだ、弾は後一発向ってくる彼女の顔に銃口を向ける。しかし、



「つぅかまぁ~えた!」



 握っていた銃を弾き左肩を掴まれそのまま後ろへと倒される。



「ぐぅ」



 背中と肺に強烈な痛みが走る。



「痛かった? でもあたしも痛かったからおあいこね」



 満面な笑みを浮かべた顔が眼前に見える。左腕を庇っている所を見ると最後の一発は右腕に命中したようだ。



「そのようだ。で、重いのでそろそろ退いて欲しいのだが?」


「へえ? おもしろいね……この状況で笑うなんて、まだ何か隠しているのかしら?」



 恐らく彼女はほぼ動けない。右足と左腕に一発ずつ、特に無理をした右足の出血量はかなり酷い。それに手持ちの武器がお互い徒手空拳ということも有り、完全にこちらが有利。有利のはずなのだが……



「ふふっ……あははっ! 貴方いいわっ! ねえ? あたしね? もう二回くらい絶頂っちゃった」



 言いながら下腹部を上下に擦る、擦るたびに湿った音が小さく響く。



「人の腹の上で自慰に浸るのは止めてもらえるか?」


「そう思うなら早く振りほどいたらいいんじゃない? 貴方なら簡単じゃない? あたしの腕もしくは足を攻撃したら痛みでのた打ち回らせれる。でもな~んでしないの?」



 彼女の言うことも最もなので、



「っ!? んっぅ~~~!!!」



 言われた通り思いっきり腕を捻り上げ右へ押しのけると、そのまま右足を蹴り上げた。思いのほか痛かったのか傷口を押さえながら悶絶する。



「本当にやる奴いる? 超痛いじゃないの!」



 涙目でこちらを見上げる。こいつ馬鹿なのか?



「あーすまん」



 思わず謝罪してしまった。



「まあ、いいけど」



 いいのか? 右腕を押さえながら口を尖らせる。最初と違い既に戦意も失っているようだった。



「はあ、まったくまるで子供だな」



 溜息が漏れる。先ほどまで本気で殺そうとした相手が今やただの少女、いや子供。恐らくは余り良い環境で育っていないせいであろう。とはいえこれが油断を誘う手だとしたら……



「あーあ、痛い痛い。てか血止まんないし、どうしようっかな~ あたし死んじゃうのかな~」



 ……考えすぎだった。やはりこいつは馬鹿だ。



「とりあえず、大人しく投降しろ」


「はいはい、解りましたよ~ っ!? 痛ぅ~!!」


 おどけた様子で両手を上に挙げようとしてまた悶絶する。ああ、やはりこいつは馬鹿だ。痛みで涙目になる彼女に溜息を吐きつつ尋問に入る。



「で? お前達の正体と目的を教えてもらえれば助かるのだが」



 最初に会った時と違い今は大人しい。



「さあ? あたしはただついてきただけ」


「はあ?」



 思わず変な声を挙げてしまった。つまりこいつは何も考えずテロリストに加担したと? まったく頭が痛い。



「ただついてきたと言う割にはこういったモノの使い方は知っているようだが?」


「あーそうねえ……あたしにはコレしか無かった。そしてコレしかうまくなれなかった。ただそれだけ」



 私が手に持っている『コレ』を見つめながら語る彼女は心なしか悲しげに見えた。余り良い環境で育ってこなかったのだろうか。



「禄でもない環境で育ったか?」


「言ってくれるわね……そういうあんただって同じじゃない? 普通あんなモノを使う? ありえない」


「まあ、そうだが」


「あ~あ、こんなことなら色々すれば良かったなあ」


「そうだな。さて遺言も聞けたことだしそろそろ終わらせるとしようか」


「へいへい、お好きにどーぞ。どうせこの出血じゃ長くないし」



 廊下につっぷする彼女に手を伸ばす。もう観念したのか一切抵抗する素振りもなくただ目を瞑る様子に少し苦笑しながら、向こうもうまくいったか気になるのであった。


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