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一年生編 5月 第二十四話

 




 暗い廊下を警戒しながら進みようやく控え室に到着する。未だ現状は進まずに悪化だけしているような気がするのは気のせいでは無いようである。とはいえ、悲観していてもしょうがないのでとりあえず自分の鞄を探す。



「とりあえず……?」



 クローゼットの方から気配を感じるが……


(あれで隠れているつもりなんだろうか?)



 スカートの裾であろうかピンクの布が見えており、先ほどからゆらゆらと風に揺れている。この施設の関係者だろうと思うが、念のため警戒しながらゆっくりと近づく。


 静かに耳を済ませると呼吸音が聞こえてくる。かなり恐怖を感じているだろうその呼吸音は不規則で荒かった。時折啜る音が聞こえてくるのは恐らく泣いているのもあるのだろう。そこまで確認すると少し警戒の手を緩める。



「私は貴方に危害を加えるつもりはありません。安心して出てきてください」



 声色を優しくして声をかける。いきなり扉を開けたり、高圧的な態度をとって相手を刺激しないようできるだけ注意をはかる。

 しかし、返事が無い。やはりというか相手もこちらを警戒している。しかし、このまま放置するわけにもいかないのでもう一度声をかける。



「私の名前は龍徳寺百合、貴方と同じでテロリストから逃げて来た者です」


「龍徳寺……?」



 今度は返事が帰ってきた。ん? この声、聞いた事がある。



「もしかして神裂千秋か?」



 確かそうだ、声色は弱々しいがこの声は聞き覚えがある。そう思っているとクローゼットの扉がゆっくりと開かれる。

 見れば余程恐怖だったのであろう、表情は暗い。電気がついていないので確認できないが恐らくは顔面は蒼白に違いない。

 まるでゾンビのようだな。と思ったが怒られそうなので黙っておいた。



「どうした? 元気が無いぞ漏らしたからか?」



 さっきから俯いている彼女に声をかけると鬼のような形相で



「っ! あんたっ!なんっ!?……むぐぅ……」



 大声をあげそうになったので慌てて口を塞ぐ。涙目でこちらを睨んでくるが、



「いや、状況を考えてくれ。大きな声を出したら奴らに気づかれる。理解してもらえたなら離れるがいいか?」



 頷くのを確認すると手を放す。今度は流石に声を出さないがかなり批難の目でこちらを睨んでくる。



「それで、どうやってここまで?」



 批難の目で睨む彼女を無視して話を進める。



「控え室で休んでたら停電になったんで、部屋から出てマネージャーを探してたら変な奴らを見かけて……」



 千秋が言うには複数の顔を隠した人間を見かけたんで怖くなって逃げ込んだ部屋がたまたま私らが使っていた部屋で、見つからないように隠れていた。ということらしい。



「そうか、まあ迂闊にその集団に近づかなかった事が正解だったな」



「あんな怪しい集団に近づく物好きはいないわよ。それより一体何があったのよ……電話も携帯も繋がらないし」



 少し安心したのか、いつもの調子に戻る。



「恐らくはその変な集団に占拠されたらしい」


「はぁ!? ごめん……」



 思わず大きな声を出してしまったようで慌てて口を塞ぐ。しかし、外の様子も変化が無い事に安堵すると、



「で、本当にあいつらが? もしかしてよくニュースとかで出てくるテロリストって事?」



 未だ信じられない表情をする千秋。テレビとかで見ることはあっても、まさかこの国で自分が巻き込まれるとは思ってもみなかったんだろう。



「そうなるな、でだ私はこれから由美達を助けに行こうと思っている」


「はあ!? あんたっ何を考えっ……」



 彼女の口を塞ぐと外に気をやる。暫く警戒していたが問題無さそうなので溜息と共に手を放す。



「……相手は武器を持ってるのよ。それに人数もたくさんいたし」



 危険だわ。と反対するが、



「ああ、そういうのには慣れているから問題無い」


「慣れてるって……」



 どういうこと? と言葉を続けようとしたが、



「なんで上半身肌蹴ているのよ」



 流石に今回は大声で叫ばなかったが、あからさまに声色は呆れていた。



「まあ、こんなこともあろうかとな」



 と言いつつブラからパットを取り出す。二つ机に置くと、今度はベルトのバックルの装飾に手を触れる。



「あんた、何をしてるの?」



 まるで不審者を見るような目でこちらを見つめる。



「ああ、まあこういう事を想定して色々と細工をな」



 そう言いつつバックルを捻ると何をを取り出す。一刺し指の半分くらいのソレは小さな折りたたみ式のナイフだった。



「ナイフ? でもそんな小さいのじゃ、何の役にもたたないわ」



 もっともな意見であるが、



「まあ見ていろ」



 気にするなと言わんばかりにナイフを机に置くと、今度はクローゼットからカーディガンを取り出す。少し厚めの素材でできたそれを置いた際に金属音が鳴る。



「何それ、なんでそんなに重そうな……」



 カーディガンにしては置いた時、違和感に気づく。



「こういう時に女って立場は色々と便利でな」



 そのままナイフで切れ目を入れると机の上にばら撒く。ゴトッという音とともに布に包まれた何かが落ちる。

 包みを開けるとそこには大小様々な部品が混在していた。それを一つ一つ丁寧に組み上げていくと、手のひらほどの大きさの小さな回転式拳銃ができあがった。

 驚きながらその様子を見つめている千秋を無視して、今度は机に置いたパットに切れ目を入れ開くと中には弾丸がいくつか入っていた。



「ね、ねえ? それって本物?」



 震えながら指差す。その表情は信じられないものを見るような感じだ。



「ん? ああ、まあなんだ。色々と趣味でな」



 そう言いつつ慣れた手つきでシリンダーや引き金をチェックする。チェックを終えるとシリンダーに弾丸を込めていく。5発全部込めると残りの弾をポケットにしまう。



「これ一丁だけだと心許ないが、まあ無いよりマシか」



 逆のポケットに拳銃を仕舞う。今回披露宴に参加するにあたって念のために仕込んでいた……訳では無く、昔要人警護任務の為に用意していた。結局は使用することなく今に至る訳ではあるが……



「S&W M36 チーフスペシャルだったけか……携行し易く信頼がおけるって言ってたか」



 ちなみにこの仕込み方を教えてくれた人物は今どこかで掃除屋をやっているようだ。銃の趣味や意匠も彼の趣味だが……確か元CIAだとかパラミリとか言っていたような。まあ、そんなことはどうでもいいが、こういう状況下で丸腰よりは断然ありがたい。



「さて、神裂お姉さま」


「な、何よ?」



 警戒を解くために笑みを浮かべたはずなのに余計警戒されてしまった。



「今見た事、それからこれから起こるであろう出来事と、私の事……全部誰にも言わないで下さいね?」



 キラッっとウインクする。自分でやっておいて何だが、ものすごく寒い。



「え、ええ……」



 同じ気持ちなんだろうか怯えながら頷く。



「まあ、大丈夫だと思いますが……もし、誰かに喋ったり広めたりしたら……」


「したら?」



 カーディガンのとある場所を触る。するとカチッという音と共に



<……はあっはあっ……あっ……駄目……漏れっ……がまっ……できなっ……いやぁ……>



 千秋のか細い喘ぎ声と共にチョロチョロという音が聞こえてくる。



「な、なな、なななな、あんたっ!? んぐぅ!?」



 叫びそうな彼女の口を塞ぐ。



「この音声と共に皆にばらす」



 目の前で笑みを浮かべながら人差し指を口につける彼女の姿は非常灯の明かりに照らされ幻想的であったが、



「まあ、そういうことだから黙っていてもらえると助かる」


「わ、解ったわよ」



 脅迫である。しかし、こうでもしないと平穏な生活が送れないのである。というか、今の現状が平穏かどうかはさておき、これでばれる事は無いだろう。



「というわけでお姉さまには、またここへお入り頂きます」



 仰々しくお辞儀をするとクローゼットの扉を開く。少しツンとしたアンモニア臭が鼻腔につくが、



「少々匂いますが……こちらは安全ですので」



 意地悪な笑みを浮かべると、千秋の顔が真っ赤に染まる。しかし、今までのやり取りで学んだのか大きな声を出さずに



「うっさいっ……あんたいつか痛い目にあわすっ」



 潤んだ瞳で言われても全然迫力が無かった。それでも渋々従いクローゼットの中へと入る。入り口に手をかけた時、一瞬表情を歪めたがそのまま座り込む。



「一応拭いておいた、それから……まあ、気にするな」


「うっさい、うっさい、さっさと閉めるっ」



 顔を真っ赤にして文句を言われても全然迫力無い為、内心苦笑する。



「はいはい、とりあえず物音がしても絶対開けるな。ここから外の様子は見れるから、いけそうか?」


「え、ええ、大丈夫」


「そうか、ならちょっと行ってくる」



 扉を閉めようとした時に、



「ねえ? 大丈夫よ、ね?」



 不安そうに聞いてくる。流石に強がってはいても、まだ年端もいかない少女。ましてや、テロに巻き込まれるなんて経験は無いだろう。



「ん? ああ、大丈夫だ」



 まるでなんでも無いような笑顔で応える。



「私にとって日常茶飯事だった……多分?」


「ぷっ……」



 締まらない返事に噴出しそうになるのを堪える。その様子を見て改めて扉を閉める。



「……死んだりしたら……許さないんだから」



 暗いクローゼットの中で静かに呟く。しかし、それに応える者はいない。段々遠ざかる足音を耳にしつつ百合の無事を祈るのであった。








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