一年生編 5月 第二十三話
誰がこのような事態を予想したであろう? しかしそれは起こってしまった。式典が始まって一時間くらい経過した頃だろうか? よくあるお偉いさんの挨拶が終わり、さあ食事と舞台を楽しもうかと誰もが思っていた。しかし、それは悪い意味で裏切られることとなる。
突然会場の照明が落ち、会場内が暗闇に包まれる。この時点ではまだこれから余興が始まる合図だと思っていた。ここからは盛大な拍手と喝采と共に各事務所お抱えのアイドルが所せましと歌い踊りだす……そんなショーが始まると誰もが思っていた。
ところが、現れたのは黒い布を顔に覆った男達だった。彼らの手には銃が握られており、その銃口の先には本来なら出番であったはずの少女達の後頭部へと突きつけられていた。
その様子に周りは戸惑いながらも、まだこの時点では誰もテロリストがここを占拠したとは思っていなかった。唯一人を除いて……
静かに警戒しながら二人をテーブルの傍まで誘導する。なるべく自然にそして周りに溶け込むように行動するシルビア。
なるべく由美らを遠ざけることに集中する。出入り口はすでに塞がれており逃げ場は無い。しかし、他の人間達は暢気に彼らの行動を眺めていた。
そんな彼らの様子に溜息を吐きながら冷静に状況を確認しようと目を凝らす。
「十人といったところですか……」
バラクーダーで顔を隠し銃を持った人間が、見える範囲で十人。二つある出入り口に二名づつ、そして中央に六名が配置されており、その六人の中の一人ボスらしき人物が声を上げる。
「ここは我々が制圧した。抵抗は無意味だ、もし抵抗するなら……」
静かに銃を構える。彼が持つ銃はAK-47 通称カラシニコフ 世界で一番流通している小銃でコピー品も含めると一億丁以上あるとさえ言われるくらい有名な小銃。
銃口を上へと向けると引き金を引く。火薬が爆ぜる音と共に銃口から火花が散り、発射音が部屋を反射し硝煙の匂いが辺りを充満する。
一瞬の静寂、それはこの部屋にいる全ての人間が状況を把握できていない。余りにも現実離れした光景に一瞬思考が止まる。
しかし、それも束の間であった。一人の女性が小さな悲鳴をあげた瞬間、辺りは阿鼻叫喚に包まれた。しかし、それもすぐに静かになる。何故なら周りにいる他の仲間から一斉に銃口を向けられたからだ。
心の中で小さく舌打ちをするシルビア。今回の披露宴への出席にあたり護衛として一応の警戒はしていた。しかしまさか、この国で『中隊以上の人数のテロリストが施設を制圧する』といった事まで想定していなかった。
それともう一つ、恵の存在である。由美だけならまだなんとかできるかも知れないが、もう一人護衛対象が増えるとそれも困難になってくる。しかもそれなりにこういったシチュエーションを想定した訓練を何度か受けている由美と違い、恵は完全に混乱していた。それが証拠に余りの事に顔面が蒼白しており、かなり呼吸が荒い。
そんな彼女に心配そうによりそう由美。二人を庇うように姿勢を低く構え冷静に周りの状況を確認する。そこまで考えて、ふと一人足りない事に気づく。
「そういえば……流石は元傭兵、鼻がききますね」
恐らく何か不穏な空気を察したのか、単独でどこかへ姿を消した百合の事を考える。そうしている間に男からの説明が続く、ここに固められた者は全員人質として扱われる。大人しく言う事を聞けばとりあえずは安全を保障する等、よくある台詞が繰り返される。しかし、それがいつまで続くはわからない。嫌な汗が背中を流れる。
さて、披露宴会場が大変な事になっている最中一人消えた彼女はどこへ行ったかといえば……
「停電か?」
一人個室で溜息と共にごちる。披露宴が開始する直前に急に催したためトイレへと急いだが、まさか停電に襲われるとは思わなかった。
「……」
便座の上で腕を組み考える。用は足した、問題無い。紙はある、問題無い。問題があるとすれば……
「まさか自動水洗だったとは……」
そうここのトイレは全て自動水洗な為電気が無いと流れない。つまりは残ったままなのである。
「まあ、大では無いから問題無いか」
流さずに個室から出る。仕方が無いとはいえ乙女として、いや人として少々問題あるかとは思うが非常時ゆえ仕方が無いと自分を納得させる。
そのままトイレを後にし暗い廊下へと出る。非常用の薄暗いライトに照らされ、ついさきほどまで騒がしかったとは思えないくらい静かだったことに少し違和感を感じる。
「少し静かすぎる」
これだけの大きな施設の電源が落ちたとなればかなり大事なはず、それなのに先ほどからスタッフはおろか誰もすれ違うことが無い。唯でさえ今日は大事なお披露目の日というのにだ。
「街灯はついているようだな」
窓から外を確認すると街灯や街の光が輝いているところを見ると停電しているのはここだけということがわかる。
そして、停電からこれまでの時間から考えるとそろそろ復旧してもおかしくない。しかし、未だ電気は回復していない。
「どうやら一部は生きているようだが……さて」
監視カメラは未だ生きているようで、緑色の電源ランプの明かりが確認できる。こういった大型施設の場合、必ず非常用電源が存在する。それは不足の事故や災害に見舞われる際に、最低限のライフラインの確保と外部への通信や安全に非難する為である。
「非常灯は解るが、カメラまで?」
非常事態に監視する必要も無いし、寧ろ無駄に電気を消費するだけで無用なはず。しかし、目の前のカメラはきっちりと仕事をこなしていた。
「念のため警戒はしておいたほうがいいか」
経験上こういった施設を占拠する場合に最初にすることが、管理室の制圧か破壊がセオリーである。前者は施設を再利用する場合、後者は殲滅する場合に行う。
「まあ、考えすぎだとは思うが」
完全に職業病だなと、自重の笑みを浮かべながらカメラの死角を静かに歩く。そのまま会場へと向う道すがらやはり誰とも出会う事が無い。
(……っ……ぅ……)
会場近くのエントランスまでさしかかった辺りで誰かが話す声が聞こえてくる。ここの関係者だろうか?
「!?」
話声の主を確認した瞬間、背中に悪寒のようなものが走った。ここ久しく感じる事の無い感覚。
「……なるほど、停電の原因はこいつらか」
顔をバラクーダーで隠した男が無線で会話している様子を隠れながら見つめる。どうやら見張り役をしているようで、この階の様子をトランシーバーの相手に報告をしていた。
装備品は……
静かに確認する。
(ミニUZI? よりも銃身が短い……国防軍の旧型装備に似たようなのがあったような……)
イスラエル警察等がよく携行しているサブマシンガンに形状が似ているようであるが、更に銃身が短い辺り改良型であることがわかる。
(ああ、確か旧自衛隊の9mm機関拳銃M9<エムナイン>とかいうやつか……ということは元日本軍関係か?)
自衛隊から国防軍に組織変更した際に色々と武器が横流しされたとかだろうか? などと思いながら見ていると、連絡が終わったのか通信を切るとまた巡回しだす。
(さて、常識的に考えて今の状況はかなりまずいな)
背中に嫌な汗をかいてしまう。恐らくは披露宴会場は既に彼らに占拠されているはず、そして参加者は人質として身柄を拘束されているか……
(既に殺されているか……いや、それなら見張りを放つ必要は無い。となると……)
拘束され一つの場所に固められていると見て問題無い。彼らの目的は不明だが、とりあえずこの施設は占拠されたと見て間違いは無い。
(人質の居場所は披露宴会場……そこには由美達がまだいるだろうな)
あれだけの人数を動かすには色々と手間がかかる。なら、一箇所に固めて置いて監視する方がはるかに楽である。となれば彼女らも披露宴から出ていない。
(あいつがいるから、今すぐどうこうは無いだろうが……)
とはいえ一人、ましてや武器も無く人質を護衛しながらでは容易ではない。もし、由美の正体でも気づかれるようであれば恰好の的になること間違いは無いだろう。
(……単独救出ミッションなどやったことは無いがそうも言ってられんか)
小さく溜息を吐く。どこぞの伝説の傭兵ならできるんだろうが、流石に今回はきつい。ともあれ、まずは情報が必要である。
(とりあえず、見つからないように控え室に行くか。あそこなら安全かも知れん、後は武器とかも必要だしな)
長い夜になりそうだ……と思いながら静かに行動を開始するのであった。




