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一年生編 5月 第二十二話

 早く帰りたい。それが今一番思っている事だ。目の前では事やかましく囃し立てる恵とまるで別人のように笑顔を振り撒く少女。ここに来るまで散々悪態をついてきた姿はまるで無く、満面の笑みで挨拶をする千秋。



「今夜はライブもありますので、ゆっくりしていって下さいね」


「はいはい! 是非! 見学させて頂きます!」



 サイン色紙を抱きしめ興奮する恵を微笑ましく見つめながら、



「私も楽しみにしておりますわ」



 と笑顔で返事を返す由美。今度はこちらを振り返ると



「貴方も是非見て逝ってね」



 おい、字が違うだろ。満面の笑みで何を物騒な単語をのたまうんだこいつは。



「っ~~」



 後、お前の握力では私はびくともせんよ。いい加減諦めろ。



「むん」


「っ!」



 少し力を入れて握り返すと引き剥がそうと腕を振る。しかし、彼女の力では振り落とされる事もなくそのままお互いの腕を振られる形となっていた。



「ふふふ……」



 おい、笑顔が引きつってるぞ? 可愛そうなので手を放してやる。すると、少々痛かったのか自分の手に息を吹きかける。



「百合~いつの間にそんなに仲良くなったの?」


「ん? ああ、トイレでちょっとな」



 用を足している時に話しかけられ、絡まれたとは言えず言葉を濁す。というより、さっきから二人に見えないように器用に睨むな。



「そうなんですよ。彼女がトイレで紙が無くて困っていたので助けて……あいたっ!」



 言うに事欠いてなんてことを言うんだこいつは。



「アホか。違う違う、トイレでたまたま一緒になってお前がこいつのファンだって説明して部屋までついてきてもらっただけだ」


「う、うん。それはありがとう。でもめっちゃ睨んでるよ? それからめっちゃ足踏まれてるよ?」


「気にするな。情緒不安定なだけだ」


「誰がよ!?」



 頭を摩りながら非難の目を浴びせる。一通り話しもすんだ所で



「それじゃ、そろそろ行くんで今日のライブ楽しみしてくださいね」



 とにこやかに笑顔を振り撒きながら出て行く。静かになった室内で、嬉しそうに彼女のサインを眺める恵と由美。


 やっと終わったかと溜息と共に自分の椅子に腰掛ける。何故か注目されてしまった。



「なんだ?」


「いや……なんというか」


「そう、ですわね……」


「はあ……」



 三者三様、由美と恵は目を逸らし、シルビアに至っては呆れ顔である。何か問題でもあったのだろうか?



「百合ってさ、無駄に胸が大きいよね」



 私を指差しながらそう言う。そこでやっと意味を理解できた、確かに今着ているドレスは肩紐が短く胸元まで露出しておりかなり胸を強調していた。そういうドレスコードに合わせた衣装なので仕方が無いとはいえ



「なんて言いますか……視線に困りますわね」


「とりあえず貴方はこれを羽織られた方がよろしいかと」



 そう言うと私のドレスジャケットを手渡す。仕方が無いのでそれを羽織ると前ボタンを留める。大体何をそんなに気にする事があるのか、ここには同性しかいない上にいつも見慣れているはずなんだが。



「前々から思ったのですが、貴方はもう少し淑女としての立ち居振る舞いを覚えた方がよろしかと」


「そうだね、せっかく素材はいいのにもったいないよ」


「そうは言うがな」



 今まで男所帯な所でずっと生活してきたんだから、いきなりそう言われても無理だろう。それに襲われた時に大体胸や尻を見られて恥ずかしがって殺されたら身も蓋も無い。そう言うと何故か呆れられてしまった。



「あんたは何と戦ってるのよ」


「ふふふ、百合さんらしいですわ」


「はあ……」



 またしても、というかお前はどちらかといえばこちら側の人間だろ? そうシルビアに非難の視線を送るが、



「私はお嬢様の護衛として最低限のマナーと羞恥心を学んでおりますので」



 と一蹴されてしまった。披露宴の開始までまだ時間はある、早く終わらせて帰りたい。そう思いながら二人の会話に耳を傾けながら瞼を閉じる。








 地下駐車場、ここは一般の人間が利用することが無い。主に局の関係者や業者等が専用で使用する場所である。外部からの来賓客や芸能関係者は全て別の駐車場を利用する。関係者しか利用しない為、装飾はいたってシンプルで、無機質なコンクリート明かりは蛍光灯のみ。監視の為のカメラと警備員が二人常駐している為、まるで刑務所の入り口のような感じであった。


 薄暗い駐車場に一筋の光が流れる。光の正体は3台のワゴンであった。パールホワイトの大型のワゴンの窓にはスモークが入っており中の様子は見れない。しかし、警備員達が怪しむ様子は一切なかった。それもそのはず、



「いつもお世話になります。セイホアミューズメントスクエアです」


「ごくろうさん」



 顔馴染みの目指し帽の男の挨拶に、にこやかに返事する。彼らイベント関係の業者であった。入館許可証にサインするとワゴンのバックドアの中から可愛らしいきぐるみを着たスタッフと荷物を抱えたスタッフが降りてくる。

 人数は約20人ほど、全ての人員が整列すると警備員の一人が確認の為に前へ出る。



「ひい、ふう、みい……今回はえらくきぐるみが多いな」


「今日はお祭りとのことでしたので」


「どうりで荷物も多いはずだ。はいごくろうさん、通っていいよ」



 一礼すると中へと入っていく。そのまま用意されているであろう自分達の控え室へと向うのを確認するとゲートの鍵を閉める。それがこれから行われる悪夢の始まりの合図だとはこの時点では誰も知らない。

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