一年生編 5月 第二十話
朝も早くから寮内は活気で満ち溢れている。それもそのはず明日から皆が待ちに待った黄金週間である。そこまではしゃぐものかどうかは理解できんが、私自身もここに来て久しぶりの長期休暇になる。
「おっはよー」
というかこいつが一番テンションが高い。
「テンション高いな」
こちらは朝っぱらから部屋に侵入された上に、無防備なところにアタックをかけられてかなり不機嫌ではあるが。
ちなみにさきほどの挨拶の『お』の辺りでは既に寝ている私に飛び込んだところで、『はよー』で私の叫びはかき消されている。
「とりあえず離れてもらえると助かるんだが」
というか朝っぱらからこのテンションはかなりうっとおしい。
「えーだって、解ってる? 今日は何の日?」
耳元ではしゃぐなうっとおしい。しかも、他人の布団に入り込んで暴れるな。
「とりあえず、解ったから出てもらえるか? というより何を潜り込んでる?」
「んーあんたって……」
布団の中へ潜り込んだ恵が何かを発見したように私の方へと視線を合わせると
「結構毛深……」
「あほか」
「きゃん」
とりあえず突っ込んでおいた。朝からこいつは何を言い出すんだ、まったく。というか、いつもならこいつが突っ込みなんだが、よほどテンションが高いのか今は何を言っても無駄だった。
「まったく、いつもなら人が裸だと文句を言う癖に」
「にゃはは、ごめんごめん。余りにも楽しみで」
「何がそんなにうれしいのか理解できんが……」
こいつが今日ハイテンションなのには理由がある。
それは昨日の事である。
……
…………
「恵さん、百合さん、明日は何かご予定はありますか?」
事の発端は由美のこの一言から始まった。
「んー何も無い」
「ああ、何も無いな」
「でしたらちょうど良かった。実は明日の夜とある場所に招待されたのですが、よかったらお二人もご一緒なさいませんか?」
「ん? いいけど、どこ?」
「ええ、MTVの新社屋です」
「は?」
由美曰く、先週に完成したMTVの新社屋の完成披露宴に羅豪家の人間として招待されたのであるが、一人で行くのは少々寂しいとのことで友人も誘ってよいかと提案したところ、先方が快諾したので私らを誘ったということである。
「でも、いいの? 私ら一般人が参加しちゃっても」
「かまいません。それを言うなら私も同じですし」
「えー由美は違うじゃん」
確かに、世界有数の資産家で財閥である羅豪家の娘である彼女が一般人だと言われても説得力は皆無だ。しかし、
「しかし、披露宴とはいえ羅豪家の娘が出席となると警備が大変そうだな」
何度も言うが羅豪家は世界有数の財閥である、その家の娘が出席するということになれば警備も厳重にしなければならないはず、
「そうなのですか? シルビアさんも一緒に行きますし、それに警備の方とかおられると思いますので大丈夫だと思いますよ」
「そうだよね- 大体こいつは大げさ過ぎるのよ」
「そうか?」
「そうだよ」
まあ、そうそう変な事はおきないだろうし考えすぎか。それにしても恵は心底嬉しそうだな。そんなに芸能人というものに会えるのが楽しみなのであろうか。
「え? 本当に神裂千秋も来るの? やった」
「ん? 誰だ」
「あんた知らないの!? 彼女のヒット曲昼休みに流れたりしてるじゃん」
「いや、知らん。というより音楽も聞かんしな」
そういえば昼休みに何か音楽が流れていたけど、余り気にしたことなかったな。
「百合さん、神裂千秋さんはとても人気のあるアイドルさんです」
「アイドルか」
「そうそう、この間のオリコンチャートでも三位だったし」
一人興奮気味に話す恵に苦笑してしまう。どうやら由美も同じ気持ちらしい。
「この学園に通っている事は知ってたんだけど、まだ一回もお会いすることができなかったし」
「この学園は広いですし、生徒数も多いですから仕方ありませんわ」
「それにそこまで人気のアイドルなら、仕事で滅多に学園に来れないだろう」
「そうなんだけどさあ」
せっかく同じ学校なんだし一回くらいは。と騒ぐ恵。
「まあ、いいじゃないか。由美のご好意で件のアイドルはおろか色んな人とお近づきになれるんだから」
「そうですわね。恵さんが望むなら私の方から口利きしてさしあげますけど」
「いや、それはなんか後が怖いからいい……」
由美の提案に項垂れながら断る。まあ、確かに後がめんどくさいだろうな。未だ騒がしい二人を眺めながら、当日は大変だなと思うのであった。
……
…………
「それであの気持ち悪……ハイテンションなのか、彼女は」
朝からテンションの高い恵を指差すシルビア。
「ああ、朝からずっとあの調子だ。諦めろ、私は既に諦めた」
煩わしいといった感じでこちらに非難の目を向けても諦めろと同じく目で返事したら、こちらに直接文句を言いにきたので改めて言葉にする。
「まあ、いいが。いいか? くれぐれもおかしな事はするな。私が怒られるからな」
「ああ、大丈夫だろ? その辺りの常識くらいは持っているだろうから」
由美の口利きを断るくらいだからな。
「私が言っているのはお前のことなんだが」
「私か?」
指を指され考えるが思い当る節が無い。大体アイドルなんぞに興味は無いし、今回の件もどちらかといえば付き添うだけだしな。と言う訳だから、
「まったく問題無いな」
即答しておいたが、まったく信用してもらえなかった。何故だ?
「まあ、とにかく私はお嬢様の事で手一杯だからな。くれぐれも頼むぞ」
それだけ言うと立ち去っていくシルビア。まったく失礼な奴だ。私としては何もする気は無いし、むしろ何をしたらいいか解らん。とりあえず出発まで暇だし、日課の鍛錬でもするか。




