一年生編 5月 第十九話
入学式から早一ヶ月が経過していた。大分気温も上がり過ごし易い頃になると初々しかった新入生達も学園に慣れ、各々部活や委員会などの学園生活を楽しんでいた。
放課後、それは堅苦しい授業から開放された甘美な時間帯である。世間から隔離されたここ聖盾でもそれは変わらない。
「やーやー これからどうする?」
「そうですわね」
帰宅準備を整えた二人が誘う。
「ああ、すまないが今日は先に帰っておいてくれ」
「ん? なんか用事?」
「ああ、今日は定例会がある」
月に一回の定例会議の日、各委員会に所属している者が集まる日である。
「そういえば今日でしたわね。大変ですね」
「そうでもない。学生会らしく緩い集会みたいなものだしな」
「ん、じゃあ由美と先に寮へ帰っておくね。商業区寄るけど何かいる?」
「ああ、ならボカリを頼む」
「おっけー」
「では、ごきげんよう」
二人が教室を出た後暫くしてから退室する。
どこか古めかしい様相の部屋に集まる生徒達。いつもと違って緊張した面持ちで備えられた席へとついていく。
学園総本部学舎にある会議室。そこに集まる彼女達は委員会関係者たちである。
生徒会本部の一角にある広い部屋に入り口から順番に生徒会、風紀委員会、学生総会が席についており、ちょうど彼女達と向かい合うように同じく生徒会長、風紀委員長、学生総代とその副委員長が座っていた。
会議が始まる前は隣同士楽しく談笑していたが、開始されるとピリピリとした独特の空気が張り巡らされる。
各委員からの報告や議題を発表しそれに対応した部署から応答するといった形で会議は進んでいく。
議題内容も様々で、ここに参加していない部活連の活動内容から商業区の陳列商品の内容まで様々である。
そんなピリピリとした空気の中いよいよ風紀委員の順番が回ってきた。
担当の委員が小さく会釈すると報告文を読み上げる。
「先月末より学区内にて傷害未遂事件が数件発生しております」
物騒な内容の報告文に会場内が一瞬ざわつく。
「うち『痴漢』との報告が3件、『不審な者に声をかけられた』報告が8件発生しております」
「それは物騒ですわね」
物騒な単語に生徒会長である『神宮寺美咲』が神妙な表情で答える。
「いや、まあそうだろうが……当学園には問題は無いだろう?」
「まあそうね。うちの生徒の場合寮生活か車で送迎されているものね」
国内きってのお嬢様校である当学園の場合、ほとんどが敷地内にある寮で生活しているか、外から通う生徒も車で送迎しており痴漢などの心配などは無い。
「というか一般生徒のほとんどが寮生活だし、外から通っているのはほんの一部の超VIPのみだし」
「いいんじゃないか? それに敷地内なら問題無い。送迎車も一応は防弾仕様だしな」
隣に座っていた千里の言葉に答える。
「まあ、誘拐でもされた日には国防軍が出動しかねない人もいるしねえ」
ちょうど中央に座る女性を見つめる。
「まあ、神宮寺家の人間が誘拐されたとしたら大事じゃ済まんだろうな」
「怖いことで」
思わず苦笑してしまう。それが聞こえたのか美里に注意されてしまった。
「後、最近学内でも隠れて卑猥な行為を行う生徒が目撃されています」
卑猥といった単語に少しどよめく。
「おい、また何かしたのか? 今ならまだ退学で済むぞ」
「私が犯人のような言い方は止めてもらえるかしら? それに今ならってそれもう詰んでるから、学生でそれ以上重い刑は無いわよ」
「そういえばさっき学区内で痴漢の被害があったそうだが……まさか」
「あんたねえ……」
二人こそこそと話し込む。
「そもそも私は場所を弁えるし、嫌がる子に無理やり触ったりとかなんてしないわ」
「……そうか?」
鼻息荒く語る彼女に溜息が漏れる。
「そうよ。大体無理やりとか嫌がっている表情とか……そそるし……ちょっといいかもとか……」
「おいなんか変な方向にいってないか? それからどさくさにまぎれて太ももを触るな」
段々悦に入りながら太ももを撫でる。しかも、周りからは完全に死角になる位置を的確に考えている辺りは流石としかいいようがなかった。
「大きな声が出せない状況で、相手にされるがままの状態で耐える姿……はあはあ」
いい加減気持ちが悪くなってきたので、
「調子に乗りすぎだ」
後頭部に手刀を入れておいた。
「きゃんっ」
<そこ! 静かになさい!>
「……申し訳ありません」
案の定美里に怒られ大人しくなる。
「あんたのせいで怒られたじゃないの」
「どう考えても自業自得だろうが、本当に痴漢の件はお前じゃ無いよな?」
先ほどまでの触り方は素人とは思えないほどツボを得た触り方だった。
「当たり前じゃない。大体私の食指に適う子なんてそうそういないわよ」
「胸を張って言うことか」
「あによ。いいじゃない減るもんじゃないし」
「開き直りとか性質が悪いな」
「うっさい」
<そこ! いい加減になさい!>
また怒られてしまったので、大人しく会議に集中することにした二人。
議題は先ほどの内容で、どこまでなら学内での行動を許容できるかどうかといった話をしていた。お堅い委員会とはいえ年頃の少女、こういった話になるととても華やかに楽しそうに提案する姿は微笑ましい。
「そもそもどこまで行っていいかどうかの線引きが難しいかと思います」
この発言が発端ではあるが、流石に女子高だけあって校則にもそこまで詳しい内容を記載しておらず各自で色々と話し合う。
「まあ、頭の固い老人達が作った昔の校則だろうから今時の恋愛事情など考慮に入れて無かったのであろうな。まさか同性でとな。」
「そう思うわ。ほとんどの頭文字に『異性』って入っているものね」
親族以外の異性への親密な接触を禁ず が代表的である。
「校則に無いから余り厳しく取り締まれない。とはいえ、余りにも逸脱した行為は見逃せないといったところか」
「といっても普通に手を繋ぐまでならいいんじゃない?」
「そうなると、お前は存在自体アウトだな」
「失礼な。同性なんだし乳、尻、太ももくらい触るのなんて別に問題無いんじゃない」
手をワキワキさせながら迫る。
「お前はどこのエロ親父だ。お前の場合は貞操の危機に陥りそうなので却下だ」
「そんな。じゃあ、私は何を触ればいいのよ?」
机に突っ伏した状態で首だけこちらに向け涙する姿は気持ち悪いを通り越して呆れる。
「自分のでも触っておけ」
「嫌よ。他人のだからいいんじゃない。てか、ここ結構やわらかいのね。もっと固いかと思ってた」
「……何をナチュラルに二の腕を揉んでいるんだ。お前は」
「いいじゃない、減るもんじゃないし」
「まあ、胸よりはマシだが……」
「はっ!? つまり二の腕までならOKって事にしたらいいんじゃないかしら」
「お前は何を言っている?」
「そうよ……委員長、提案があります」
またバカが暴走し始めたと、そう思い止めようかと思ったが
「二の腕までなら良しとする。っていうのはどうでしょうか?」
何やらおもしろそうなのと、今ならあいつの毒牙から逃げれると思い放置することにした。
結局話し合いは夕方まで進み。最終的に学内での二の腕までの接触は許容するといった。奇抜な校則がつけくわえらることとなったのである。




