一年生編 春 第十六話
学校空間と言う閉鎖的かつ抑圧的な空間に身を置く生徒からすれば苛めとは必然的に起こりえる行為だと思われる。特にこの学園は資産家や要人の娘が通っており既にその時点で学園側、生徒側において優劣がはっきりと決められている。
しかし、それを表側にはっきりとは出していない。表面上は平等に見える学園生活でもそれは顕著に現れる。
例えば学内にある商業区第八特別エリア。基本学生なら誰でも利用可能な商業区において唯一限られた生徒しか利用ができないスペース。大型ショッピングモールほどの大きさの建物があり、特別なカードによる認証が無いと利用はおろか入ることすらできない。
そんなことはさておき、当学園では些細な騒ぎが最近頻発しているそうです。ここ二日ほど連続して何名かの生徒が保健室へ運ばれるといった些細な事ではありますが……
「ここ最近急患が多いわね」
ベッドに倒れている女生徒を見下ろしながら溜息を吐く女性。彼女の名前は鮫島冴子、この学園の保健医である。
「しかも決まって下駄箱かA組の教室で失神している所を発見されてるし」
一体何があったのかしら? 大体失神するくらいのショックがこう立て続けに起こりえるの?
「調べてみたところ彼女らに共通点も無いし、無理なダイエットをしている節も無し」
さて、何が起こっているのかしらね? そういえば最近、夜の校舎に誰かが忍び込んだ形跡があったそうだけれども、まさかね……
「ま、私が考えても仕方が無いわ。とりあえずこの娘達を病院へ連れて行かないと」
備え付けの電話でハイヤーを手配するのであった。
「ふーむ、一日で終わると終わったのだが……」
夜、湯上りに髪を乾かしながら思わず呟く。おかしい、いくらなんでも二日連続引っ掛かるとかありえん。仕掛けておいてなんだが、普通一日目で気づくだろう? もしかして相手はよほどの馬鹿なのか? それともこれも何かの作戦なのか?
「まあ、大分効果は現れているとは思うが……」
流石に今朝は下駄箱に触られた形跡は無かった。鞄の中身も無事で、ロッカー及び机の中等も荒らされた形跡は無い。ということは昨日で構成員は全員ということか……いや、もしかしたら一日様子を見ているとか……
「とはいえ、この様子だと明日辺りまたやられるかも知れん。ここはもう少し威力をあげて……」
相手は一般人だと思い加減をしていたが、流石にこれ以上となるともう少し出力を上げざるを得ない。しかし、そうなると後遺症が残る可能性がある。流石にそれはやり過ぎだな。
思わず自重の笑みを浮かべてしまう。さてどうしたものか? などと考えながら髪をブローしていると、
「チェストォ!!」
気合の入った声が後ろの方からしたと思えば、いきなり頭頂部に痛みが走る。振り返ると鼻息荒くこちらを仁王立ちで睨む恵と、苦笑いを浮かべた由美がいた。
「なんだ? 痛いじゃないか?」
「痛いじゃないか じゃない! あんたねえ、一体いや、確実に何をした?」
「何の事だ?」
「今朝もまた保健室に運ばれた生徒がいたそうですわ」
「ふむ、生理か? 私はそんなにではないが貧血になる奴とかいるそうじゃないか」
「なるほど、じゃあ昨日も同じ事があったのは?」
「女性しかいないんだ、毎日のように生理の奴がいてもおかしくないだろ?」
「……運ばれた子、あんたの靴箱前で倒れていたそうよ?」
「たまたまそこで貧血を起しただけだろ? 玄関だし色々な生徒が通るものだ」
「もう一人はあんたの席の横で倒れていたそうよ?」
「そうか、私のクラスに何か用事でもあったのかな?」
「その生徒はクラスどころか学年も違うんだけど……」
「そうか、偶然だな」
「後、あんたのロッカー前で倒れていたのは二人だったそうよ?しかも涙目で」
「ほう、それは大変だな。二人して泣くほど重い日だったのだろう」
「……」
「……」
ふむ、我ながら完璧な返答だ。これなら誰が聞いても私は無関係だと思うだろう。それが証拠に恵は先ほどから黙ってこちらを見つめる事しかできない。
「ってえ! んなわけあるかあ!! 絶対あんたがなんかしたでしょがあ!!」
何故だ? 何故ばれた? 完璧に自然だったはずだ。
「ま、まあまあ、恵さんも落ち着いて、とりあえずここでは何ですし、続きは部屋の中でお話しませんか?」
確かにここで話す事ではないな。寮内とはいえ誰が聞いているか解らないからな。続きは私の部屋でということになった。
「百歩譲って重い日だったとしても、なんであんたのロッカーや机や靴入れでわざわざ倒れるのよ? しかも二日連続で」
部屋に入るなり追求してくる恵、相変わらず鼻息が荒い。まったく少しは落ち着いてもらいたいものだ。
「確かに偶然にしてはでき過ぎてますわ」
「つまりあんたが何かしたとしか考えられないの」
「ふむ、状況証拠だけで私を疑うとはな」
「どう考えてもあんたしか原因浮かばないんだけど?」
流石にこれ以上は誤魔化しきれないか……仕方が無い。
「まあ、なんだ。私の所有物に悪戯をしようとする者へ罠を仕掛けたのだが……」
「で? どんな罠を仕掛けられたのですか?」
「ああ、靴入れと鞄には私以外が開けた場合高圧電流が流れるように細工しておいた。それから、ロッカーには催涙スプレーを……」
「まあ、それは大変でしたわね」
「大変っていうレベルじゃないわよ? 由美」
「まあ、苦労しなかったといえば嘘になるな」
「なんでドヤ顔なのよ……」
私のトラップ技術は名手と呼ばれた元ゲリラだった男から教えてもらったからな。そういえば引退してどこかで喫茶店を経営していると聞いたが……まあ、そんなことはいいとして。
「ああ、なんせ朝だと気づかれる可能性があったからな夜中に静かに仕掛けておいた。」
「いや、ここの校舎20時以降はセキュリティーが厳重になるはずなんだけど?」
「あの程度のセキュリティーなど私にとっては鍵の開いた家に忍び込むくらい簡単だ」
「警備員が巡回しているはずなんだけど……」
「ああ、あの程度の監視なら見つかる事などありえん。仮に見つかったとしても私だとは解らんだろう」
確かに警備の人間が何名かいたが、一人は控え室で本を読んでいるだけだったし、もう一人は巡回というよりただ校舎内を歩いているだけだった。あれでは少し訓練された兵士なら簡単に潜入を許してしまうだろう。
「いや、それって不法侵入……というか空き巣じゃない?」
「失礼な、ただ自分の所有物にセキュリティーを仕込んだだけだ」
「そんな物騒なセキュリティーは聞いたことありません。それにさっき『トラップ』って言ってました」
細かい奴だ。
「まあまあ、ですが大丈夫ですか? 監視カメラとかも確か校舎内にあるはずです」
「ああ、それも問題無い。とりあえず無効化しておいたから最悪誰かが侵入した事が判明しても私だとはばれない」
「全然大丈夫じゃないわよ! それって……」
「まずいですわね」
「何がまずいんだ?」
「何がって、校舎に不法侵入した事がばれてるって事」
「そんなに問題か? それに最悪と言ったはずだ。大体一瞬カメラの映像が途切れてもここの警備員なら気づくことは無いと思うぞ?」
「そうだといいんですが……」
「最悪気づかれたとして、誰が侵入したかは絶対に判明しない。それに、何か盗られたというなら未だしも自分の所有物にトラップを仕掛けに行っただけだ、問題無い」
「いや問題大有りなんだけど? まったく……で、どうすんの?」
「どうするとは?」
「だから、これからのこと」
「百合さん、恵さんは罠に引っかかった方達からの報復を心配しておられますのよ」
「どっちかといえば『報復をしてくる方』を心配しているんだけどね」
まあ、確かにこれだけ騒ぎを起せば首謀者周辺は気づくだろう。というより気づいてもらわないと困る。本来なら初日で気づいてもらう予定だったからな。問題はここからどう動くかなんだが……
今回のこの行為は学園側からしたら些細な事件だといえる。例え校舎内に侵入された事がばれたとしても盗られたり破壊されたりといった形跡は無い。それに、監視カメラの映像が一瞬途切れただけでそう紐づける人間がどれだけいるか。普通であればカメラの故障を疑うはずだからな。
それは倒れた生徒達の事に関しても同じである。生徒数が1,000人以上有するこの学園で、たかが数人程度が一度に保健室に運ばれる事など一度や二度くらいありえる。まあ、三日連続とかだと疑がわられるだろうが。
だからこの件に関して、首謀者が私である事を気づく者がいるとすれば、それは私に対して嫌がらせをしてくる者達であるか、もしくはものすごく勘の良い人間だけだ。
「まあ、そう思って仕掛けたんだがな」
「では百合さんは、首謀者を見つける為にあえてわざと大げさに行動を?」
「その通りだ。しかし、初日で終わるだろうと思っていたのだが……」
「二日目も同じ事が起こってしまったって事?」
「ああ、そこまで学習しないと思わなかったのでな」
「確かに普通は同じ罠に引っかかりませんわね」
「まあ、これで相手が複数いることと、首謀者がいるってことが解ったんでな。やり方を変えようと思う」
「また無茶なことするんじゃないわよね?」
「ああ、問題無い」
「本当に?」
「ああ、というより既に首謀者は割れているのでな。とりあえず後はどうしようか考えていた所だ」
「はあ!?」
「まあ?」
また恵に叩かれてしまった……何故だ?




