一年生編 春 第十五話
今日は朝から騒がしい。というより、あいつが入寮してから毎日騒がしい。昨晩もガスマスクなんか被って教員を拉致してきたりと大変だったわ。まあ、あの美里が動揺する姿を見れたので面白かったのではあるが……
「で? あんたは何をしているのよ?」
「ん? ああ、少し探し物をな」
クローゼット漁る百合の姿に思わず溜息が漏れてしまう。
「どうでもいいけどあんた、その格好なんとかならないの?」
なんでこいつは、いつもいつも下着姿で。いくら同性しか住んでいないとはいえ、もう少し羞恥心というか、一般常識を学んでもらいたいものだ。
「ん? 良いだろう別に、減るもんでもあるまいし」
さして興味が無いといった返事を返す。尻を振るな、尻を。
まったく何を言っても聞きやしない。
「はあ、それで? 何を探しているの?」
「ああ、ちょっとな」
仕方が無いので傍にあるベッドに腰掛ける。しかし、いつ見ても凄い装飾ね。
ピンクを基調とした花柄のシーツにフリフリのついた淡い桃色の掛け布団、全体を通してピンク一色のベッド。マットは低反発でものすごく柔らかく気持ちが良い。
しかし、この部屋の住人がアレだとはね。
思わず苦笑してしまう。こんな乙女チックな部屋の住人が、今目の前で尻をこっちに向けて振っている女性だと知ったら驚くわよね。
というか、ほんといい身体してるわね。
思わず魅入ってしまう。大きく張りのあるヒップに太もも、もし異性がここにいたら思わず触りたくなるだろう。
思わず手を伸ばして張りを確かめてしまいそうな衝動にかられてしまうほどに、魅力的な光景であった。
って、私は何を考えているのよ!?
思わず頭を振る。いくら綺麗だからって、触ったらただの変態ではないか。一人苦悶していると、
「……一体何をしている? 情緒不安定か?」
探し物が見つかったのか、呆れた表情で見下ろされる。
「あんた……大概失礼よね」
「そうか? で、一体何をそんなに悩んでいたんだ?」
「悩んでないわよ。ただ、あんたと関わると碌な事にならないって思っただけ」
「そうか、それは悪い事をした」
「悪いと思うならその格好をどうにかして欲しいものよね」
「なんだ、自分の部屋で好きな格好をして何が悪い」
「悪くは無いわよ。でも貴方の場合は外でも好きな格好してない?」
そう、自室だけなら問題無い。だけどこいつは自室はおろか寮内を好きな格好でうろうろする。見かねて注意する事なんか日常茶飯事、いい加減無視しようにも放っておけばそれこそエスカレートしかねない。
「私は痴女か何かか?」
「似たような者じゃない?」
「酷いな」
「そう思うならもう少し自重しなさい」
「ふむ」
何故そこで考え込む?
「つまりだ、薫お姉さまは私の素肌を他人に晒されるのが嫌ということか」
「はぁあ!? 何を言ってるの!?」
いきなり突拍子の無い事を言われ思わず声が裏返ってしまった。
「……あんた、またからかってるでしょ」
悪戯が見つかったような笑みを浮かべる表情を見て溜息を吐く。いつもいつもこいつは、絶対私の事を年上だと思ってないわね。
「そんなことは無いぞ?」
「何故、疑問系なのかは聞かないわ」
まったく、こいつは。
「それで? 一体何を探していたのよ」
「ああ、何ちょっとな」
歯切れの悪い返事、そして何かを誤魔化そうとする仕草、怪しい。
「何かやましいことをしようとしていない?」
「そんな事は無いぞ?」
「本当に?」
「ああ、お姉さまには迷惑は掛からない」
「へえ、私『には』なんだ。じゃあ誰かに迷惑をかけるつもりなのね」
「むっ……」
難しい表情をする。ふふ、勝った。いつもいつも振り回されてばかりじゃ無いわよ。で、何を企んでいるか聞き出してあげようじゃないの。
勝ち誇った笑みで詰め寄る。
「はあ、仕方が無い」
その様子に諦めたような表情をする。
「実は……」
………
…………
まったく、ここにきてからいらん世話ばかりさせられている気がする。自室でキーボードを叩きながら思わず溜息が漏れてしまう。
お嬢様が通う間はこういった不穏分子は排除していくのが仕事とはいえ、一学生しかも年下にいいように使われているような気がして面白く無い。
「……とはいえ、拉致未遂というのは少し物騒ですね」
この学園には各国の要人から芸能人、資産家などの娘が在籍している。それ故にセキュリティーに関しては最高クラスである。敷地内には監視カメラ、出入り口には警備員が24時間常駐しているはず。
「それが不在、しかもそのタイミングで拉致騒ぎ」
どう考えても警備員もグルだろう。もし仕方の無い理由、例えばトイレとかであったとして、
「外の異常に気づかないということは無いはず……」
聞いた所ブレーキ音がかなり響いたそうで、それ以外も叫び声など騒ぎに気づく要素はいくらでもある。なのに、応援を呼ぶどころか終始誰も助けに来なかったという。
「ありえませんね。もし気づかなかったとか釈明するようでしたらプロ失格ですしね」
とにかくそちらも調べないといけませんね。まあ、こっちの方は楽ですけども、
モニターに視線を移動する。そこには一台のバンが映し出されていた。その横には個人情報が5人分。
「自己所有の車で拉致を企てる……まったくもって素人すぎますね」
車のナンバーを探るとすぐに割れた。そこから交友関係もすぐ調べがつき、後はどう対処するか。
「地元の暴力団代表の息子とその取り巻きですか……」
今まで身元が割れても問題無かったのか、それともばれた事が無いのか知りませんが。
「調子に乗って、この学園の女性に手を出したといったところでしょうか」
こういった輩は痛い目に遭わない限り、段々過激になってくる。しかも親が反社会的組織の代表となれば余計に、
「まあ、その代償は払って頂きますけど」
世の中は理不尽にできている、恐らく何度ももみ消してきたんでしょうね。今まで泣き寝入りしてきた女性がたくさんいたのでしょう。それに胡坐をかいて調子に乗って女性を襲う。
「差別するわけではありませんが、これだから男という生き物は……」
嫌悪感に思わず溜息が出てしまう。さて、とりあえずこの男共には理不尽な目に遭う女性を無くす為に社会と世界から退場願うとしますか。
静かに目を伏せると、エンターキーを押す。モニターに赤く『DELETE』の一文字が浮かび上がると一瞬で消える。
……
…………
「先生、着替えここに置いておきますね」
「はい、有難うございます。吉田さん」
扉越しに声をかけてくれるのは、私のクラスの生徒である吉田恵さん。昨夜から今朝にかけて色々な事があった私を気を使ってか、着替えまで用意をしてくれていた。
大きな大理石でできた浴槽に、広い洗い場。まるでホテルのようなお風呂に驚いてしまう。熱めのシャワーを浴び、目を覚まそうとする。
脳裏に浮かぶのは昨晩の事だ。私は一人帰宅していた、暗闇の中いきなり車がこちらへ突っ込んできて中から男達が私を囲んできた。
「……」
思い出しただけで震えてしまう。あの時は唐突過ぎて余り考える暇が無かったけど、今になって恐怖が私を支配する。あのまま誰も助けに来なかったら……そう考えてしまう。
「でも、そんなことは無かった」
男達が私を車の中へと連れ込もうとした際に煙が充満した。それはタバコでもなく、車の排気ガスでも無かった。その煙を浴びてパニックに陥る中、私は目にした。
うちの制服を着たマスクマンを……
「すぐに気を失ってしまったけど、あれは間違いなく彼女であった」
龍徳寺さん、彼女は私を助けてくれた。だとしたらあの煙も彼女の仕業? なら彼女は一体……
確かに彼女は今まで受け持った生徒の中で一番異質な感じだった。海外生活が長く、自分の事を傭兵だと思い込んでいる。
「そう思っていたんですけどね」
着替えしながら一人呟く。もしかしたら思い込んでいたのは私の方かも知れない、彼女は本当に紛争地帯を渡り歩いていたのかも知れない。彼女は本当に……
「湯加減は如何でしたか? 教官」
着替えが終わった頃に後ろの方から声をかけてくる。振り返ると真面目な表情の龍徳寺さんがいた。表情は真面目なんですが……
「だからっ! あんたはいい加減に服を着ろ!」
「問題無い。どうせ今から脱ぐ事になるしな」
「そういう問題じゃない!」
ええと……彼女は確か二年生の……
「あ、すみません。すぐに処分……始末しますので」
「え?」
六峰薫さんでしたよね? 何回か選択授業で、綺麗な銀色の髪が特徴的なのですぐに覚えましたけど……こんな感じの生徒でしたっけ?
「相変わらず扱いが酷いな。まあ、もう脱いでいるんだがな」
「うっさい! 黙って風呂に入ってなさい。まったく風邪引くわよ」
「お前は私の母親か」
「誰がおかんよ!?」
「悪寒? なんだ風邪か?」
「やかましいわ!」
ハリセンの子気味の良い音が鳴り響く。どこから出したのかしら?
「そこそこ痛いんだが?」
「痛くしないと意味が無いでしょうが、ほらさっさと行く」
「はいはい」
えーと、一体今のなんだったんでしょうか? とりあえず彼女達が仲が良いことは理解しました。それと共に私は一体何を悩んでいたのかと……
浴場を見つめると機嫌良さそうにシャワーを浴びる少女の影がガラス越しに見えた。まったく今年は変わった生徒が多いなと、溜息を吐くのであった。




