一年生編 春 第六話
「はあ、まったく……」
静かな室内に響く、大きな溜息。室内では気まずそうな表情で、座る千里の姿が見える。彼女の隣には、静が退屈そうな表情で肘をついていた。
「ま、まあ、仕方がありませんよ。あんなことがあった後ですので……」
遠慮がちに美里に声をかける。
「それは理解しています。ただ、何故お姉さまが……」
「それは……」
「委員長の事だから、面白そうとかじゃない?」
「貴方は黙っていなさい、静。一体誰のせいで……」
「はいはい」
「まったく……」
大きく溜息を吐く美里、気まずい空気の中千里は思う。早く今日という日が終わらないだろうかと……
一方その頃……
「うむ、ごきげんよう」
満面の笑顔で手を振り愛想をふりまく詩織。周りでは黄色い声援に近い声があがる。その後ろを静かに追従する百合。
「なんだ?不満そうだな」
歩きながら後ろを振り返る。
「いえ、そんなことはありません」
「そういう割りに顔は納得していないようだが?」
「まあ、どちらかといえば不機嫌な理由は他にあるのですが……」
苦い表情で周りを見回す。先ほどから刺す様な視線に晒されていたので、露骨に顔に出ていたのである。土方詩織、風紀委員会委員長、眉目秀麗、学業優秀にして剣術の達人。異性のいない女学園にとって、彼女のような存在はアイドルのようなものである。つまり、憧れの的という事であり、
「ん?周りの事など気にする必要もあるまい」
その憧れの的と一緒に行動する最下級生である百合の存在は、
―――何?あれ、一年生じゃない?
―――風紀委員だからってちょっと生意気
―――詩織様と一緒になんて……
敵意の的になることは必須であった。
「ああ、そっちではありません……どちらかといえば」
そう、敵意くらいなんとも思わない。所詮は素人、自分をどうこうできるわけもなく、ただ遠巻きに視線を送るくらいしかしない。しかし……
―――何、何?あの一年生、可愛い~
―――むすっとしちゃって~なんか抱きしめたくなっちゃう~
―――昨日の啖呵かっこよかった~
詩織とはまた違う、突き刺さる視線。うっとりとする者、何故か手をワキワキさせる者など様々である。敵意に慣れているが、逆にこういった好意的視線には慣れていないので、どうも居心地が悪い。
「なんだ、お前でも苦手なものがあるんだな」
何故か楽しそうに言われる。
「そりゃ、そうですよ」
いっそ嫌われる方が気が楽なのであるが、
「こういう場所故な、皆刺激には飢えているのでなっと」
徐に近づいたかと思えば、いきなり抱きかかえられる。
「……どういうおつもりですか?」
「思ったより軽いんだな」
所謂お姫様抱っこというものをされてしまう。すると、大きな黄色い声が響き渡る。
「つまりはこういう事だ」
「おっしゃる意味は理解できました。ところで」
「ん?」
「そろそろ降ろして頂けるとありがたいのですが」
「ふふ、いいではないか。別に私は問題無い」
そのまま歩き出す詩織に溜息を吐く。流石にこの状態でいることには耐えれないが、降りようと暴れれば怪我をさせてしまう可能性がある為、どうするか悩む百合。ともあれ、このままの状態でいると、
―――うらやましいわ
ほら、こういう声が上がる。
―――ほんっと、私もあの子を抱きしめてさしあげたい
そっちですか……
「ふふ、本当に今年は退屈しそうにないな」
「風紀委員長らしからぬ言葉ですね。それからそろそろ降ろしてもえますか」
周りから見えないのをいい事に、色々と触られていることを指摘する。
「名残おしいが、仕方がない」
渋々言う通りにする詩織だが、自分の手を見ながら名残惜しそうな表情をする。その姿を見て何故か身震いする。
「委員会に所属したことを少し後悔しました」
少し距離をとる百合を見て苦笑する。相変わらず周りの視線が痛い。
「しかし、改めて見ると当校は部活が多いな」
「そう……」
ですね。と答えようとした百合であったが、ふと違和感に気づく。
(なんだ?誰かに見られている?)
と思い振り返ると
「!?」
自分のすぐ後ろで屈みこんでこちらをじっと見つめる少女がいた。
「あの、何か?」
気づかなかった事に内心驚きながらも、声をかける。
「ひゃっ!?ひゃい!」
いきなり声をかけられ驚いたのか変な声を上げる少女。
「ん?知り合いか?」
「いえ、初対面です」
同じく少女の姿に気づいた詩織が百合に質問する。
「そうか?それにしてはめちゃくちゃ見られてるぞ?」
「じぃー」
そう言いながら指差す。彼女の指の先を目で追っていくと、また近くで屈みこんでこちらを見つめているる、主に太ももの辺りを、
「あーと……」
「まあ、個人の趣味をどうこう言うつもりはないが、流石に風紀委員長としてはそろそろ止めさせてもらってもいいか?」
二人の視線に気づいた少女が、また立ち上がり謝罪する。
「はっ!?違うんです!?違うんです!?」
「何が違うんだ?」
必死に手を左右に振りながら否定する。
「私が見ていたのはこれですっ!」
思いっきり指を指しながら宣言する。
「太ももだな」
「太ももですね」
「だから違うんですって……」
項垂れる少女。
「まあ、冗談ですが、コレが気になるんですか?」
少女の視線の先にあるのは百合の太もも……に装着されているタクティカルホルスターに収められているハンドガンであった。
「はい、それって『SIG P226』ですよね?」
「ん、ああ『MK25』です」
「やっぱり!見せてもらってもいいですか?」
頭突きされそうな勢いでお願いされ、思わず後ずさってしまう。
「あ、ああ、いいですよ」
瞳を輝かせながら待つ少女に、圧倒されながらホルスターからハンドガンを抜く。ハンマーが起こされていないことを確認するとマガジンを抜き、スライドを引いてチャンバー内の弾を排出する。念のために空へ空撃ちして、弾丸が無い事を確認する。
「すごい、まるで本物みたいです!」
「ああ、ちょっと本格的なモデルガンでして」
苦笑しながら手渡す。恐る恐る手を伸ばし受け取る少女。
「すごい、すごく使い込まれていて所々傷がって、でも綺麗なフォルム……はぁあ~」
なんかうっとりしだした。
「なんとも言えない無骨な肌触り……」
しかも頬ずりまでしだす。
「あーと、時間がかかりそうなので、私は先に行く。後は任せた」
「ちょっ!?待って……」
埒が明かないと判断し先に行く詩織を引きとめようと振り返るも、既にもう向こうの方へと行っており、小さくなっていた。
さて、困ったなと悩みながら目の前の少女を見る。栗色の髪をポニーテイルで括った髪が左右に揺れ、はっきりとした目鼻立ちと、身長は百合と同じくらいか少し小さいくらい。タイの色から二年生であることが解るが、さきほどからうっとりと涎をたらしながら楽しそうに銃を眺める姿は実に奇妙であった。
「あのー」
「はっ!?私ったらまた……すみません」
涎を拭きながら頭を下げる少女。
「えーと、とりあえず私は一年の龍徳寺百合と申します」
「あ、これはご丁寧に私は二年の加賀吹雪と申します」
「それで加賀お姉さま」
「はい」
「そろそろ返してもらえたら助かるのですが……」
「はっ!?すみません。つい、夢中になって」
「いえ、人そろぞれですから、そういう性癖もあるんですね……」
「なっ!?ななな!?ち、ちちち、違います!ちょっとガンマニアなだけで、せ、せせせ、性癖だなんて……」
顔を真っ赤にしながら手を左右にふる。
「冗談です」
「……貴方、結構いじわるですね」
「そうですね。お姉さまが余りも面白……可愛いもので」
「面白いって、酷いなあ」
頬を膨らしそっぽを向く。その様子に苦笑してしまう。
「もう……別にいいわ。それよりこれ」
苦笑しながら誤る百合に、溜息を吐きながら彼女の銃を返す。
「どうも」
吹雪から銃を受け取ると、マガジンを装填するとそのままホルスターに収める。
「あれ?スライドを引いてチャンバー内に弾丸が入ったのを確認しないの?」
「いや、また見せてくれとか言われたら面倒だと思いまして……」
「なんだ、残念。一連の動作が見たかったのに」
ちょっと残念そうな表情をする。
「えらく、詳しいですね。こういうのが好きなんですか?」
「うん、好き。でも一番好きなのはコレ」
鞄の中から一丁の銃を取り出す。
「へえ、『M1911A1』ですか」
「うん、でもよく解ったよね。うちの部でも、一発で正解した子いないよ」
「知り合いに好きなのがいまして……」
「そうなの?じゃあ、その人の影響?」
「そうかも知れません」
彼女に出会っていなければ、自分も拳銃、小銃、狙撃銃、と大きな括りでしか銃を見ていなかっただろうなと思い出しながら苦笑する。
「それはいい人と出会ったわね」
いい人ね。ガンマニアでトリガーハッピーな女性だったよな。『乱Oするより乱射する方が興奮する』とか言っていたような……
(それでよく少佐に怒られてな)
愛娘に『乱O』だの『自O』だの『愛O』とか言ってれば、父親としては看過できないだろうな。
(しかも、一回酔った勢いで押し倒されたしな)
あの時の事は未だに鮮明に覚えている。
(後にも先にも涙を流したのはあの時だけだな)
本気泣きされ、酔いも覚めた女性が少女に土下座をして謝る姿も未だに鮮明に記憶に残っていた。
「……いい人ではないな。どっちかというとおかしな人だったな」
「そうなの?」
なんともいえない表情で返答する百合に、首を傾げる吹雪。
「さて、私も、もう行くね」
「ん?ああ、はい」
「あ、そうそう。またよかったらコレクション見せてもらっていい?」
「ええ、構いませんよ。とはいえ、そんなにありませんけど」
「いいのいいの、初めて出会った同好の士なんだからこれからも仲良くしたいの」
「そういうことでしたら、では私も巡回を続けますので」
「ん、頑張ってね」
大きく手を振りながら走り去る。
「さて、追いつかないとな」
吹雪が去ったのを確認した後、詩織の後を追って巡回を続けるのであった。




