一年生編 春 第五話
「で?これは一体どういうこと?」
額に人差し指をあてながら難しい顔をする舞。彼女の名は御剣舞、学生総会の総代である。その隣では楽しそうな表情で美咲が座っていた。
「私も現場にいた訳では無いのでな。その辺りは彼女が説明してくれる」
二人の端で立っていた詩織が、視線を移す。
「はっ、本日、1630頃、通学路にて、米倉芽衣子氏と山岡静氏両名が言い争いになり、往来する生徒や部員達の迷惑となっておりました」
びしっと敬礼すると、返答する百合。その姿と返答に唖然とする舞。その隣では美咲が爆笑しそうなのを堪えていた。
「それで、拘束したと?」
「はっ、あのまま放置しておいても収集がつかないと思いましたので、警告をした後拘束を致しました」
「二人からは、銃口を向けられたとあったが?」
「はっ、抵抗される恐れがある為、いつでも発砲できるよう対処しました」
「そ、そうか」
淡々と物騒な返答を返す百合に苦笑せざるを得ない。
「状況説明は以上か?」
「はっ、そうであります」
「なら、私からはこれ以上聞く事は無いが、二人はどう思う?」
後ろを振り返り二人の方へと視線を移す詩織。
「そうね。じゃあ、私から」
一呼吸空けて、舞が質問する。
「まず、事の発端が強引な勧誘行為があったのを山岡さんが注意されたとありますが、当委員の米倉よりかなり高圧的で一方的であったとの意見が出ています。それに関して説明して頂けるかしら?」
少し厳しい表情をする。
「それに関して山岡から聞いたが、かなり新入生は困っていたようだった為、少し高圧的な対応をしたとある」
同じく少し厳しく返答する詩織。
「ですが、現場には新入生はおらず、目撃者もいなかったとありますが?」
「注意した後、立ち去ったそうだ。後、周りの者は皆勧誘に夢中で騒ぎになるまで気づかなかったそうだ」
「そう……では、注意された生徒が異常に怯えていた事について、風紀委員側の行き過ぎた行為が原因であると私は思いますが、それについては?」
「違反行為をした者に対して、厳しく対応するのは当たり前だと思われ、対応を曖昧にしては違反者の摘発に支障をきたす」
「まあまあ、二人とも、ここで貴方達が言い合いをしては意味がありませんよ」
このままだと永遠に、意見をぶつけ合いそうなので仲裁に入る美咲。
「そうね。ちょっと熱くなり過ぎたわ」
「そうだな」
彼女の言葉に落ち着きを取り戻す二人。それを確認すると、今度は百合の方へと視線を移し、
「貴方はどう思いますか?」
ふんわりとした笑みを浮かべながら質問する。
「はっ、あくまでも私個人の意見ですが……」
少し間を開けると、
「簡潔に申し上げますと、『行為』はさほど問題では無く『対処』が問題だったと思われます」
はっきりと返答する。
「それは、どういう意味ですか?」
「はっ、まず、風紀委員側の行き過ぎた行為を問題視されておられますが、騒ぎを水際で抑えるには多少強引な対応は致し方無いと思われます。しかし、強引な勧誘行為を発見した際、被害者の保護もせず、ましてや、加害者の拘束もせずに注意だけで済ました事であらぬ誤解を生んだと思われます」
少し間を空け
「また、学生総会側も、加害者側だけの状態を見て介入し、碌に確認もせずに加害者をを放ったらかしにして、往来の真ん中で口論を始める事事態そもそも間違っていたと思われます」
淡々と説明する百合に唖然とする三人。
「それでは、貴方ならどうされていました?」
「はっ、私でしたら、迅速に拘束した後、尋問します」
「はぁ!?失礼……」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう舞。先ほどまでの言っていた説明は何だったのだろうかと思うくらいすがすがしいほど物騒な言葉である。
「そ、そうですか」
「はっ」
これ以上は何も言う事は無いと敬礼で答える百合。その様子に苦笑すると、二人に視線を送る。
「ま、まあ、二人共今は反省しているし、風紀委員会としては、これ以上何も言う気は無い」
「そうね。私も今回の件に関しては、うちにも問題があったことは理解しているわ」
お互い、渋い表情ではあるが、納得しあう。それを確認すると、
「では、生徒会として、この件はお互いが、もう少し考えて行動するようお二人には厳重注意処分と妥当だと思われますが、どうでしょう?」
二人に、処分を通達する美咲。
「寛大な処置で助かる」
「私も同じくそれでいいわ」
二人が納得するのを確認すると、
「では、今回の件はこれで終わりと致しましょう。百合さんもご苦労様です」
笑みを浮かべながら、百合を労う。
「はっ、ありがとうございます」
それに対して敬礼で答える。その姿に苦笑してしまう。場の空気が緩やかになった所で
「では、解散」
詩織が、号令をかけると退室する百合。彼女の後姿を眺めながら、溜息を漏らす舞と詩織。普段見せない二人の疲れた表情に堪えきれず笑みを零す美咲であった。
……
…………
「すっかり遅くなってしまったな」
空を見上げながら一人ごちる百合。
結局、委員会を出た時には既に夜も更け、周りは真っ暗になっていた。静かな学園、遊歩道を歩く百合、普通暗い夜道を女性が一人で歩くのは危険を伴うのであるが、学園の敷地内ということもあり、妙に安心感が充満していた。
それもそのはず、遊歩道の至る所に街灯で照らされており、夜道というのにとても明るい。そして、何よりこの学園内には生徒、職員、警備の人間しかおらず、襲われるという概念がまず無い。
まあ、万が一襲われたとして、今歩いている少女を襲えば簡単に返り討ちにあうことは目に見えてはいるが……
そうして、静かに寮へと帰宅する。玄関灯に照らされた扉を開けると、誰もいない。それもそのはず、時間的に皆自分の部屋にいる頃合である。
仕方が無いので薄暗い廊下を歩き、自室へと戻り着替えを取り、今度は静かに地下にある大浴場へと向かう。
誰もいない脱衣所で服を脱ぎ、全裸になると静かに浴室の扉を開く。同じく誰もいない浴室では湯が出る音と、独特のあのカポーンという音が響き渡る。
ゆっくりと湯を身体にかけ、そのまま浴槽へと浸かる。程よい温度の湯が一日の疲れを癒してくれる。この時ばかりは、いつもと違い表情を和らげる百合。いつも誰かと入浴するのもいいが、たまには一人静かに入るのもまた良いものだと浸る。
暫く、湯船に浸っていると、脱衣所の方で人の気配がすることに気づく。しかし、余り気にした様子も無く、湯船から上がりシャワーの方へと移動する。
シャワーの蛇口を捻り、お湯の温度を確かめるとシャワー台に固定する。シャーというお湯が出る音を聞きながら、スポンジに石鹸をつけ泡立てる。流石、お嬢様が住まう風呂の石鹸だけあって、泡立ちがものすごく良い。そうして、機嫌よく泡立てたスポンジで身体を洗う百合。
身体を洗う彼女の後ろの方で、人の気配がする。その気配に気づいていた百合であったが、その気配の主が誰なのか気づいていた為、別に気にすることなくそのまま身体を洗っていた。それが、間違いであったことに気づくのは少し後になるのだが……
「で?何の用だ?」
「ほう、よくお気づきになられましたね」
身体を洗いながら、後ろを振り返らずに言う百合に、笑みを浮かべながら答えるシルビア。
「まあ、気配くらいは読め……っ!?」
興味無さそうに返事を返そうとしたが、言葉に詰まる。それもそのはず、シルビアが百合の身体を後ろから優しく抱くような形で密着したからだ。
「……なんのつもりだ?」
「なんでもありません。ただ、この間の借りをお返ししたく思いまして……」
振り向かずに少し声を落とし抗議する百合に、同じ口調で返すシルビア。
「この間?ああ、なんだお前が私の唇を奪った事か……ひゃっ!?」
喋る途中で、胸を揉まれ小さく驚いた声をあげる百合。
「あら?貴方でも可愛らしい声をあげられるのですね」
その反応を面白そうに笑みを浮かべるシルビア。
「当たり…っ……前だっ……私っを……なんだとっ……んっ」
「敏感でいらっしゃいますね。ではここは、いかがでしょうか?」
いやらしく胸を揉む。
「一体……何がっ……んっ……し、したいんだっ……」
流石に身体が反応してうまく喋れない。
「ふふふ、あの時お前は私に恥をかかせた。だから、今度はお前に恥をかかせてやろうとな」
言葉使いを素に戻し、いやらしい笑みを浮かべながら答えるシルビア。
「なっ!?そこっ……はっ……やっ……」
そのまま優しく胸からわき腹を撫でるように下ろしていき、腰、そして下腹部へと手を移動させる。
「やめっ……」
そうして、二人しかいない浴室で、声が木霊するのであった……
……
…………
「はあ、まったくどういうつもりだ。もし、誰かに見つかったら事だぞ?」
溜息を吐きながら湯に浸かる。先ほどの余韻のせいか、少し頬が赤い。
「そんな失態をすると思うか?対策はしている。暫くは誰も入ってこん」
同じく目の前で湯に使ったシルビアが満足気な表情で言う。
「しかし、中々楽しかったな。お前も所詮女ということか」
「うるさい。まったく……」
未だに触ってくるシルビアをうっとおしそうに払うと、
「で、気はすんだのか?悪いがもう二度と御免だからな」
「ああ、気が晴れた。しかしお前も油断したな」
「そうだな、次からは後ろに立たせないようにするとしよう」
少し距離をとる百合。
「……阿呆、二度もあんなことできるか……」
消え入りそうな声で答えると、湯船に潜るシルビア。
「何か言ったか?」
「なんでもない。それで、今日はえらく遅い帰りだったな」
「ああ、委員会の仕事でな」
「風紀委員会だったか、しかし、お前に勤まるのか?」
「まあ、警邏活動とかなら慣れている。問題無い」
「そうだな、こんなお嬢様学校じゃ、そうそうテロリストやらが潜入するとか無いか」
「ついこの前進入を許したがな」
百合の返答に苦笑するシルビア。
「まあ、どの国にもああいった輩は存在する」
「そうだな、それに……」
少し厳しい表情になる百合。
「この国の経済力は世界的に見て脅威だろうからな、財閥の娘が殺されれば誰が利益を得るか、不信に陥り組織が瓦解することもある」
「相変わらず、女子高生らしからぬ発想する奴だ」
思わず笑ってしまう。
「さて……私は先にあがる」
「そうか」
「どちらにせよ。お前には感謝している、私一人ではお嬢様を守れなかったかも知れんからな」
「その割には、さっきひどいことされたが?」
「それはそれだ、それに、お前も気持ちよかっただろ?」
「むっ……」
いやらしい笑みを浮かべるシルビア。思い出したのか、少し恥ずかしそうな表情になる百合を見て、満足したようで、機嫌よく退室していく。
「はあ、やれやれ……今日は疲れた」
普段から激務には慣れているつもりだったが、やはり慣れない女子高生活に少し溜息を吐く。そうして、夜が更けていくのであった……




