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一年生編 春 第二話

 







「ふう、えらい目にあった」



 夕闇に染まる遊歩道を一人静かに帰路につく百合。さきほどまでの事を思い出してはため息を吐く。彼女の脳裏には佐々木千里の事が思い浮かぶ。



「まあ、女子高だしな。そういう趣向の人間がいても不思議じゃないか」



 一人ごちる。さっさと帰ろうとする百合を引きとめ、なんとか頼み込む千里の姿を思い出す。あれは酷いなんてものではない、今まで何度も関係を迫られた事があったが、同性は初めてで戸惑ってしまう。


 少し遅い時間な為、生徒の姿は少ない。それでも部活帰りだろうか、何名かは生徒とすれ違う。その際には誰彼構わずに挨拶を交わす所は流石はお嬢様学校と言った所か。暫く歩いていくと、礼拝堂が見えてくる。少し寄り道して帰るか、そう思い礼拝堂の方へと向かう百合。


 重厚なドアを開けると、お祈りを捧げる大きな部屋にたくさんの長いすが並べられており二クラスくらいは全員座れる。中央には赤い絨毯が長く続き、その奥には十字架が壁にかけられていた。薄暗い中に入るとステンドクラスから漏れる夕日の光が中を照らし、少し幽玄な雰囲気であった。



「あら?お祈りの時間はとっくに過ぎていますよ?」



 奥の方から流暢な日本語が聞こえてくる。修道女服に身を包んだ赤い髪の女性。



「シスターイリア、申し訳ありません」


「あら?貴方は一年生の……」


「龍徳寺百合です」


「ええ、龍徳寺さんですね。それで、何の御用でしょうか?」



 微笑を絶やさない。



「いえ、少し立ち寄りたくなったといった所です」


「それは良い事です。例え時間外とはいえ、主はいつでも迷う子羊をお救いなさいます」


「そうですか……」



 イリアの言葉に少し厳しい表情になってしまう百合。どうも神という奴は好きになれない、それは自身が戦場に身を投じていて感じる事である。



「神は自分に信奉する者には寛容で、敵意を持つ者には容赦しない……」


「え?」



 思わず漏れてしまったようである。しまったと思い口を塞ぐが後の祭り、



「……そういう考え方もあるのですね」



 少し驚いた様子だったが、すぐにいつもの表情に戻すイリア。



「でも以外でした。貴方は余りここには興味が無いと思っていましたから」


「そうですね。正直に言えばまったく興味がありません」


「ふふふ、正直ですね。それでも主は貴方のことを思ってくれています」


「そんなものですか」



 静かに見上げる、見れば外は暗く、礼拝堂の明かりが荘厳な雰囲気となり、己の身が包まれるような感覚に囚われる。



「ふふふ、貴方は変わっていますね」


「よく言われます。では、余り長いをしてもご迷惑でしょうから、この辺りでお暇させて頂きます」


「私は教師でなくシスターですので、余り言葉をお選びにならなくとも普段通りで構いませんよ?」


「流石に年上の方に、普段の言葉使いは問題ですので大丈夫です」


「そうですか、残念です」



 少し口を尖らせる。ちょっと可愛いと思ったのは内緒である。



「あー善処します」


「絶対ですよ?」




 前言撤回、この人は子供だ。一つ一つの仕草が大げさ過ぎる。その様子に思わず笑みを漏らしてしまう。



「では、失礼します」


「はい、またいつでもいらっしゃい」



 お辞儀をすると、礼拝堂を後にする百合、見れば外は既に真っ暗となっていた。薄暗い遊歩道を歩きながら、考えを巡らせる。



(とりあえず、明後日からか……まあ、なんとかなるだろう)



 一抹の不安材料があるが、そこは二人きりにならなければ良いだけのことだ。



「ま、まさか新人二人組まされる事はないだろう」



 常識的な組織なら、慣れている先任に新人を組ませるのが常である。まさか、そんなことをする訳が無いと、そう思いながら帰路につく。










「あら?えらく遅かったのですね」



 寮へ戻ると、美里と遭遇してしまう。



「ああ、少し寄り道をしておりましたので」


「そうですか」



 いつもと違い語句に強さが無い様子に違和感を感じる。いつもであれば、この辺りで嫌味の一つや二つが飛んでくるのであるが、



「嫌味も、罵声も浴びせない……体調不良か、それとも何か不吉な事でも……」


「……貴方は私をなんだと思っているのですか?」


「可愛い先輩だと思っていますが、何か?」


「!?っ貴方っ///」


「冗談です」



 顔を真っ赤にする美里に対して、真顔で返す。



「はあ、まったく……それで風紀委員が務まると思っているのですか?」


「勤まるも何も今日なったばかりですから、なんとも言えませんね」


「そのような消極的な事でどうするのですか、いいですか?そもそも貴方には……」



 どうやら本調子に戻ったらしい、しかし、



(しまった……これは長引きそうだ)



 少し後悔してしまう。まあ、元気ならそれでいいかと甘んじて説教を受ける百合。そうして、暫くというか説教は詩織が帰ってくるまで続いたのであった。









「はあ、まったく偉い目にあった」



 盛大に溜息を吐く百合。



「それは災難だったね」


「まったくだ」



 ベッドに腰かけながら笑う恵。



「お茶のご用意ができました」



 カップを3つ乗せたトレイを持って由美が入ってくる。そのまま入室すると、ティーポッドからカップにお湯を注ぐ。すると、良い香りが部屋を充満する。そうして、二人にカップを手渡す。



「ありがと、由美」


「ありがとう」


「いえいえ、どういたしまして」



 全員がカップを受け取ると、談笑しだす。ここ最近は、夜になると誰かの部屋に三人集まりお茶を飲みながら談笑するのが日課となっていた。


 今日あったことを話す百合に目じりにを抑えながら笑う恵。先ほどの事と、風紀委員会での出来事、それから千里のことである。もちろん彼女の性癖の事は伏せている。



「そっかあ、じゃあ明後日からは暫くは一緒に帰れないんだ」


「そうだな。なんでも新勧合戦の警備らしい」


「警備?そんなに危ない事でも起こりますの?」


「ああ、なんでも暴動、殺人、略奪などが行われるらしい」


「まあ、それは大変ですわ」


「そうだ、かなり危険を伴うそうでな。初任務で私は死ぬかもしれない……」


「そんな……」



 悲壮感漂う雰囲気で語る百合に巻き込まれる由美。



「ああ、だから思い出に今夜一緒に寝ないか?」


「え?それって……」



 由美の頬に手をあてると、真っ赤になる。



「と、まあ、冗談なんだが」


「まあ、そうだろうね」


「恵、最近サボり気味じゃないか?」


「あたしがいつも突っ込んでくれると思ったら大間違いよ?それと、」


「ん?」



 苦笑いを浮かべながら指差す恵。そこには頬を真っ赤に染めながら誰かに電話する由美の姿があった。そうして、少し間があくと、ドタドタと廊下をこちらへ何かが迫ってくる音が響いてくる。



「龍徳寺ぃ!!貴様ぁ!!殺すっ!!」



 ノックもせずというか扉をぶち破り飛び込んでくるシルビア。



「ってぇ!?シルビアさん!?」



 そのまま一足飛びで百合の方へと飛び込んでくるが、



「よっと」



 飛び掛られる前に横に避ける。



「いきなり物騒なメイドだな」


「抜かせ、先の一件があって野放しにしていたが、今日こそは許さん」



 ものすごい勢いで迫ってくるシルビアの両手を握り締め押し返す百合。



「あーシルビアさん、あんなに怒っているの初めて見たんだけど……由美?何か言ったの?」


「え!?……いえ?なにも?」



 あからさまに動揺する由美に対して、



「ゆ~み~」


「え?いやっ……そこはっ……ふふ、あははは……」



 両手をわきわきさせると、わき腹を擽る。



「……わかりましたっ、言います、言います」


「よし」


「実は……シルビアさんに、今夜百合さんの部屋に泊まりますって連絡を」


「へ?それだけ?」


「……それから、そ、その、女の子同士で愛し合う方法を……」


「あー」



 頬を染めながら説明する由美に、額に手をあて天井を仰ぐ。それはシルビアさん激怒するわと、



「いきなり人の部屋に踏み込んでおいて暴力を振るうとは常識を疑うぞ?」


「貴様に言われたくはない。少し信頼していたというのに、貴様はお嬢様の純潔を……」


「何を言っている?」


「しらばっくれるな。お嬢様より聞いた、今夜ここで……ここで……」



 顔を真っ赤にしながら言葉に詰まる。かなり興奮しているようで息が荒く、顔が近いせいか、彼女の吐息が顔にかかる。



「あのーシルビアさん?由美さんが勝手に勘違いしただけで、そんなことは起こりませんよ?ね、由美」


「ええ」


「いえ、恵様は知らないかも知れませんが、彼女はこう見えて野蛮です。お嬢様と二人きりなのをいいことに、絶対押し倒すに決まっております」


「いや、それは無いと思いますよ?それにあたしも一緒にいますから」


「ええ、恵さんと三人でお泊りするだけです」



 このままだと収まりつかなさそうなので、自分も一緒に泊まると主張する恵。



「ほら、見た事ですか……お嬢様だけでは飽き足らず恵様まで、その毒牙に……」


「酷い言われ様だな……あっ!?」


「何をっ!?」



 押し問答をしていた二人であったが、敷いてあった絨毯の端に足を引っ掛けてしまう百合。そのまま、押し倒される状態で倒れる二人。


 湿った感覚が唇に感じるシルビア。



「あちゃあ……」



 恵が溜息を吐く、倒れた時に百合の唇を奪ってしまったようである。そのまま固まったまま上目で彼女の顔を見ると困った表情をしていた。



「ん……!?ち、ちちち、違うぞ!?」



 慌てて離れると両手を振り回すシルビア。



「ああ、気にしていない」



 自分の唇を袖で拭くと、余裕の笑みを浮かべる百合。



「!?」



 次の瞬間唇を押さえながら、部屋から出て行くシルビア。その様子を唖然と見つめる二人。



「えっと……」


「びっくりしましたわ。頭を打ったのでしょうか?」


「え?今の見てなかったの?」


「?何かあったのですか?私には、シルビアさんが思いっきり百合さんの額に頭をぶつけたように見えましたが」



 首を傾げながら心配そうにドアの方を見る由美。



「そ、そうそう、思いっきりぶつけてたよ。それはもう、ゴンって」



 慌てて誤魔化す恵。見えてなかった事に内心ほっとする。暫く経過しても、あれからシルビアが戻ってくる気配が無い。


「とりあえず、今夜はお開きにしよっか?お泊りはまた今度ってことで、ね?」


 取り繕うように言う。


「そうですわね。残念ですが、シルビアさんも心配ですし今夜はお暇致しますわ」


「ああ、そうだな」



 恵の提案を渋々うけいれる由美。助かったとばかりに同意する百合。そうして、いつも通りの夜が更けていくのであった……



 それは、それとして……



「そういえば、初めてだったな?まあ、いいか」



 なんか恐ろしい呟きが聞こえたが、聞こえなかった事にしようと思う恵であった……








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