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入学編 第十九話

 





「んー久しぶりに良く寝たな」



 大きく伸びをしながら廊下を歩く百合。あの事件から二日経過していた。あれだけの事があったのにも関わらず寮内はおろか学園中が普段どおり、何も変わらず機能していた。それもそのはず、戦闘の痕跡は夜のうちに全て消し去ったのである。修繕工作班とでも言えばいいのだろうか、恐らくはこうなることを想定していたのであろうか、由美の部屋にあるベッドから寮に使われている窓まで予め用意していた事には流石は世界有数の財閥の組織だなと感心してしまう。



「おや、おはようございます。大変遅いお目覚めでございますようで」


「……朝から絡まないでもらいたいのだが」



 目を伏せて丁寧にお辞儀をするシルビアに対して、片目を瞑りながら苦言を呈する百合。



「それは、申し訳ありません。そういえば、この間の件ですが……」



 周りに誰も居ない事を確認すると、二日前に拘束した三人の端末を説明する。



「まず、当家で拘束させて頂いた三人の雇い主は今のところ不明、現在尋問していますが」



 少し苦々しい表情をするシルビア。余りうまくいっていないようなのがありありと解る。



「まず、吐かないだろう。それに、恐らく余り雇い主の事は知らない」


「……何故、そう思われます」


「簡単な話だ。今回、奴らは誘拐ではなく殺しにかかっていた」


「それが?」


「殺しってのは比較的簡単でな」


「ほう……」



 興味深そうに百合の話に聞き入るシルビア。



「爆弾、銃、刃物、なんでもいい標的に近づければ後は……」



 首をかっきるように手を動かす。



「問題は殺した後、逃走する方が難しい」


「何故?」


「まずこの国が島国という国土の狭さ、そして、何より渡航方法が飛行機と船しかないという逃げ場が限られている点」


「確かに」


「うまく行っても逃走しきれる可能性が低い分、雇い主にはリスクが発生する。私なら、身分どころか正体すら明かさず依頼する」


「では、彼女らは」


「ああ、十中八九、雇い主の正体までは知らないだろう」


「そうですか……貴重な意見として聞いてはおきます。後は当家と公安の方々にお任せするしかございませんので」



 目を伏せるシルビア。



「この国の公安は優秀と聞く、確か、国防軍が新設した『Cabinet Special Secret Intelligence Service(内閣特別秘密情報局)』通称『SSIS』は数年でCIA以上に成長したとか?」


「確かにそうですが、どこでそういった情報を仕入れるのですか?」


「女子高生は最新情報に貪欲なものだろ?」


「普通は、服とかアクセサリーの情報でしょう?どこの世界に情報機関の話をするきな臭い女子高生がいるんですか、まったく」



 可愛く片目を瞑る百合に溜息を吐くシルビア。



「まあ、いいでしょう。また何か解ればお伝えいたします。それから、お嬢様の事ですが、引き続きこの寮でお住みになられる事が許されました」


「そうか」



 解っていたように返事を返す百合。



「……ここから先は私の独り言ですが、どこのどなたか存じませんが旦那様と奥様、大旦那様を説得された方がおられたみたいで」



 その様子を見て静かに語りだすシルビア。



「……」


「私も引き続き護衛ということで、こちらに住めることになった事にお礼を申し上げます」


「何のことだ?」


「ですから、独り言です」



 意味が解らないといった感じで笑う百合に釣られて笑ってしまうシルビア。



「それは、それとして……」


「ん?」



 百合の方を下から上へと目線をあげながら、



「いえ、特に深い意味はございませんが……老婆心ながらご忠告致します。もし、食堂へ向かわれるのであれば止める事をおすすめします」


「何故?」


「はあ……」



 まったく気づかない百合に溜息を吐くシルビア。



「まったく、いい加減に貴様は羞恥心というものを覚えろ。その格好で食堂に行ってみろ。あの口うるさい二年生が騒ぐだろうが」



 言葉使いを素に戻して忠告する。それもそのはず、今彼女の姿はノーブラにタンクトップに下はショーツのみという、極めて卑猥……基、だらしない姿をしていた。



「ふむ、いい加減慣れて欲しいものだな。まったく彼女らには困ったものだ」


「それはこちらの台詞だ。いい加減にこっちに慣れろ」



 頭を掻きながら溜息を吐く百合を叱る。その姿を見る限りは目の前の少女があれだけのことをやったとは信じられなくなってしまう。



「まあ、オンとオフはうまく切り替えろと、習ったものでな」


「貴様のスイッチは壊れているとしか思えん」


「部下や上官のいない尉官などこんなものだぞ?」


「他の尉官が聞いたら、殺されそうな台詞だな」



 PMCと銘打ってはいるが、結構深い組織であることはその筋の人間には解るようでため息を吐かれる。



「それにな……」



 続けざまに言葉を繋げようとすると、



「ああ、おはようさん」


「おはようございます。百合さん、それからシルビアさんも」



 シルビアの後方から由美と恵の声が聞こえる。



「ああ、おはよう二人とも」


「おはようございます。お嬢様、恵様」


「百合がこの時間で寝起きなんて珍しいね。ほら早く顔洗いに行かないと、また美里お姉さまにどやされるよ?」


「ああ、解った」



 百合の格好を見ても普通に対応する二人。



「……少しお聞きしたいのですが」


「はい?」


「恵様は百合様のお姿を見て何もお感じにならないのでしょうか?」



 そう言われ、改めて百合の姿を見つめると何か納得したような表情をする恵。



「ああ、そういうことですか。もう慣れました」


「ふふふ……シルビアさん、大丈……」



 大丈夫ですよと言いたかったのであろう由美の言葉を遮る様に、



「こらぁ!あんた!またそんな格好でうろちょろして!」



 金きり音と共に少女が一陣の風と共に、彼女らの目の前を通過していく。そうして、思いっきり頭を叩かれる百合。



「痛いぞ?」



 無表情で抗議する百合。言葉とは裏腹に余り痛そうに見えない。彼女の目の前では腰に手をあてながら仁王立ちする薫の姿があった。



「当たり前よ!あんたねえ、毎度毎度下着姿で」


「なんだ、別に同性しかいないんだから構わないだろ?」


「構うの!大体なんでブラしてないのよ!」



 彼女の胸元を思いっきり指差す。見れば、先っぽが尖って透けていた。



「……なんで起ってのんよ?」


「ああ、寒いし、歩いていたら擦れるからだろう」


「あほかぁ!!」



 また思いっきり頭を叩かれる百合。そうして、そのまま腕を掴まれると今来た廊下を戻らされる。恐らく百合の部屋まで連行されて行ったのであろう。



「……」


「ね?言ったでしょう。薫お姉さまがいつも、ああして窘めて下さるので」


「あ、あはは、そうだね。いつもはもっと早いのと、シルビアさんが皆の食事を作っている時に起こるから……」


「なるほど……理解いたしました」



 余りの事に言葉を失うシルビア。さっきのアレが、二日前あれだけの事をした者とは到底思えない。ついでに言えば、アレが目の前で微笑む少女と同じくらいの家柄の娘だということが、夢でも見たのでは無かったかと思えるくらいに。






 ……



 ………





「あんたねえ、いい加減羞恥心ってものを覚えなさいよ」



 百合の部屋にて、着替え探す彼女の後ろで腕を組みながら溜息を吐く薫。



「ん、気をつける」



 聞いているのか、聞いていないのか解らない様子で脱いでいく。



「相変わらず、躊躇無く裸になるわね」



 少し頬を染めながらそっぽを向く。



「同性しかいないんだ。そんなに気にする事も無いだろう?」


「それ以前に人として他人に裸を見られる事をどうかと思いなさい」



 まったく気にした素振りもしない百合に、呆れてしまう。



「……なんだ?」



 クローゼットにある服の部屋着の中で比較的おとなし目の色のを選んでいた百合であったが、ふと薫が静かになったので気になって質問する。



「……あんたさ、その背中の傷」


「ああ、これか。ちょっと昔事故にあってな」



 彼女の背中には肩から腰にかけて斜めに走る傷があった。他にも目立たないが小さな裂傷の後が腕や身体にある。



「そう……」



 薫の様子に何か気づいたのか。



「ああ、なるほど」



 と納得したように答える。



「何が、なるほどよ?」



 いきなり納得されて困惑する薫。



「いや、確かに恥ずかしいかも知れんな」



 そう言いながら、自分の胸を腕で隠す百合。その様子を怪訝な表情をしていた薫であったが、次の瞬間、何かに気づいたのか顔を真っ赤にしながら、



「あ、あ、あほかぁ!!」



 思いっきり叩かれる。



「痛いぞ?」


「……あんたが馬鹿な事を言うからよ」



 まだ、落ち着かないのか頬を赤らめながらそっぽを向く。その様子がおかしかったのか、思わず笑みを浮かべてしまう百合。彼女のそんな態度を見て、溜息を吐きながら、



「はあ、ほんっとあんたって変よね。てか、前から思ったんだけど、あたしのこと先輩だと思ってる?」


「ああ、思っているぞ。お姉さま、しかし、お姉さまほどからかい甲斐のある先輩はいない」


「……そういう所を言っているのよ」



 呆れた表情で項垂れる薫。これ以上からかっていては本気で怒られかねないので、真面目に着替える百合。



「しっかし」


「ん?」


「部屋と服装のギャップが凄まじいわね」



 上下地味なスウェットの百合を見てそう言う。



「前にも言っただろ?これは私の趣味じゃないと」


「まあ、そうだけど、あんたはあんたで地味すぎっていうか……」


「余り興味が無いのでな」


「そう……」



 手持ち無沙汰なのかクローゼットの中を覗き込みながら返答していた薫であったが、



「えーと、これは?」



 クローゼットからハンガーごと取り出す。そこにはカーキー色とライムグリーンを基調とした迷彩服がかかっていた。



「ああ、それは某国に滞在していたときに着ていた服だな」


「えっと、これも?」



 次に取り出したのは、デザートマーパット迷彩服だった。



「ああ、それも同じで某国だったかな?」



 淡々と答える百合。



「あんた、一体どこから来たのよ?」


「……冗談だ。ただの趣味だ」



 ジト目で問い詰められたので、取り合えず無難な答を返す。



「へえ、やっぱり変わってるわね。こういうのなんて言うんだっけミリオタ?」



 興味深げに、クローゼットを漁る薫。いい具合に勘違いしてくれている。



「まあ、割りと便利でな。ポケットが多いし、丈夫で破れにくいので重宝している」


「へえ……そんなにいいんだ一着くらい私も買おうかしら?」


「民生品でも良い物があったはずだ」


「ふ~ん」



 聞いているのか聞いていないのか解らない返事を返す薫、未だクローゼットの中を漁るのをやめない。その様子に、



「そろそろ止めてもいいか?」



 苦笑する百合の顔を見てはっとなる。



「ごめん……でも、右と左のギャップが凄すぎじゃない?」



 同じく苦笑しながらクローゼットを指差す。薫から見て左側はピンクを基調としたふわふわした服がかけられており、右側は迷彩や黒、デザートカラーを基調としたがっちりとした服がかけられていた。



「ま、乙女の嗜みという奴だな」


「あんたが一番、乙女から遠いけどね」



 大きく笑われる。そうして、百合の着替えが終わるまで薫の物色は続くのであった。






 ……



 ………






 風月寮の食事は寮母さんにより提供されている。彼女が休みの日の食事は寮生(料理ができる者)が交代で用意していた。しかし、今年からは寮母と共にシルビアが専属として配属となった為、休みの日でも食事が提供されるようにり、寮生活が格段に良くなっていた。



「遅い!皆、もう先に朝食を頂いていますよ」



 腰に手をあて、仁王立ちで窘める美里。その後ろでは他の寮生達が苦笑いをしていた。



「申し訳ありません、美里お姉さま。薫お姉さまに着替えを邪魔されて遅れました」


「!?あんったね!」



 仰々しく丁寧にお辞儀をする百合に対して、食って掛かる。



「大体あんたがあんな格好で食堂に行こうとするから遅くなったんじゃない!」


「そうは言うが、あの格好のどこに問題があるんだ?」


「それは……恥ずかしいに決まって」


「私は別に恥ずかしくないぞ?」


「あんたが恥ずかしく無くてもこっちが恥ずかしいの!」


「何故だ?何故私の下着を見て、薫お姉さまが恥ずかしくなるんだ?」


「だ、だから、それは……って、あんた、もしかしてまた……」


「ふむ、その通りです。お姉さま」


「あ、あ、あんたねえっ!?」


「いい加減にしなさいっ!二人とも」



 言い合う二人を制する美里。その表情はかなり怒っていた。



「毎度毎度、貴方達は聖盾学園の生徒としての自覚が欠けているのでは無いですか?そもそも、薫は二年生としての自覚が無いからこのようにからかわれるのです」


「はいはい」



 わずらわしそうな表情で手のひらをひらひらさせる薫。



「それから百合さん?いい加減淑女としての自覚を持って行動して下さい。いいですか、こんなでも一応は上級生、目上の人にはきちんとした態度で接するべきです」


「了解しました、マム」


 こっちはこっちで綺麗に敬礼で答える。両極端な二人の返事に更に頭を悩ませる。


「まあまあ、いいのでは無いか美里。休日、しかも寮内であるならある程度見過ごしてやれ」


「詩織お姉さま……しかし」



 それでも少し不満なのか引き下がらない美里。



「ともあれ、君らも、もう少し節度のある行動をとりたまえ」



 流石に最上級生が窘めると渋々引き下がる美里。



「はいはい!それじゃあ、朝ごはんを食べちゃいましょうか?二人も席について下さいねえ」



 一悶着終了したのを確認した心が手を叩きながら席につくように指示する。そうして、食事を再開する皆。ちなみに今日は日曜日、学園は休みである。



「でも、美里ちゃんの言う通りですよ?いくら女子しか居ないとはいえ、婦女子が下着姿でうろうろするのは感心致しませんよ?」


「そうですね。慣れたとはいえ、たしかに不謹慎ではあります」


「私は見た事が無いのでな。少々興味はあるが」


「そうですねえ。百合ちゃんはスタイルが良いので下着姿でも結構様になっていましたよ」


「それは否定しません」


「ほう、それは一度見て見たいな」



 最上級生が思い思い感想を述べる中、



「まったくお姉さま方は甘すぎます」


「まあまあ、美里も落ち着いて」


「そうだよぉ?でも、初めて見た時は衝撃でしたけど」


「あたしなんて、初対面からいきなり不審者扱いだしねえ」



 二年生組みも同じく百合の話題で、持ちきりであった。



「ほんっと、この学園に通えてよかったよ。これから三年間退屈しないですみそうだ」


「ええ、そうですわね。私もそう思います」



 騒がしく食事をとる皆を尻目に、黙々と食事をとる百合を見つめながら談笑する恵と由美。そうして、平和な日曜が訪れるのであった……










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