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入学編 第十七話

 







 夕闇が迫る中、白い遊歩道がオレンジ色に染まる。先ほどのカフェを後にした百合達三人は寮への帰宅の途につく。その途中うれしそうに、クマのキーホルダーを手のひらから下げ見つめる由美。



「よかったじゃん。それ、結構可愛いと思うよ」


「ありがとうございます。こういうの初めてなのでとってもうれしいです」



 珍しくはしゃぐ由美を微笑ましく思う恵。



「また行きたいよね?百合」


「……」


「おーい、百合?」



 カフェから出て以来ずっと厳しい表情な百合を不審がる恵。



「ん?あ、ああ、そうだな」


「あの、どうなさったんですか?もしかしてご気分でも……」



 心配そうに声をかける由美。



「ああ、すまん。問題無い、ちょっと考え事してただけだ」


「それならいいのですけど……」


「由美は心配しすぎだって」


「ああ、安心しろ。ここ数年病気すらしたことがない」


「ほら」


「ふふ、そうでしたね」



 やっと安心したのか笑い出す由美。その様子を見ていた恵が



「ほ~んと、由美ってば百合にお熱なんだにゃあ」


「なっ!?そ、そそんな事はありませんよ」


「えー焦るところがますます怪しいぃ」



 いやらしい笑みを浮かべると、



「もうっ!知りません」



 拗ねたように向こうを向く由美、それをまたなだめつつ笑う恵。その様子を見つめつつ一歩後ろを歩く百合。そうして、三人寮までにぎやかに帰って行くのであった。













 同日夜――






「準備はいい?」


「うん」


「こっちも大丈夫です」



 真夜中の午前一時、暗闇に潜む三つの影、黒い潜入任務用の特殊スーツに身を包んでいた。空は雲が多く月の光すら無い。



「それで、発信機の調子は?」



 厳しい表情で言うセラス。



「ん、問題無い」



 手首に巻いた時計なような機械を確認すると返事をするベル。



「そう。じゃあ、確認するわよ?まず、ターゲットがいる部屋の確認」



 地面に一枚の図面を置くと他の二人に注目するように指示する。



「ん、二階の一番奥」


「OK、じゃあ次、逃走経路の確保」


「そっちも問題ありやせん。俺達三人とも既に敷地内から出ている事になっています。それから廃棄処理区画の下水処理場の扉を開けておきました」


「OK、で問題は?」


「護衛のメイドが一名寮内で警護してる、結構手強い」


「気づかれないように進入する方法は?」


「入り口から入るのは無理」


「となると外からか……窓からは?」


「それならいける」


「後はメイドだけか……ならあたしが囮になるってのは?」


「それだと姉さんが危険」


「あー適当に捌いて逃げる。その間にベルがターゲットを始末して、後は逃走場所に集合するってのは?」


「それしか無いっすか……あんまり殺りあいたくないっすけど……」


「あんたにゃ期待してないから安心しな。とりあえず逃げ道の確保だけに専念しときな」


「それはそれで難しいんですけど……了解」



 渋い表情で返事をする士郎。



「まっ、失敗したら逃げりゃあいいから、命張る必要も無いし」


「姉さん、それだと今度は私達が危うい」


 気楽に言うセラスに対して窘めるベル。


「そうですぜ?この商売、失敗したら一気に信用無くちまいますよ」


「それだけじゃない。逆に今度は私達が命を狙われる」



 こういった汚れ仕事を受け持つ限り失敗は許されない。万が一失敗して逃げ果せたとしても、今度は自分達の命が狙われることになる。


「なら余計に肩の力抜いていかないとねえ。余計な緊張は逆に失敗に繋がる。いいね?」


「了解」


「わかった」


「そんじゃ、散開」



 セラスが合図すると、それぞれ目的地に向かって走り出す。










 遊歩道――



「まったく、私も舐められた物ですね……」



 月明かりの無い暗い遊歩道を進むと、暗闇を背に立つ影が一つセラスの前に立ちはだかる。



「へえ、別に舐めたつもりは無かったんだけどねえ」


「貴方に言ったんではありませんよ。どこぞの女学生にこき使われる事に対して言っただけでして……」


「そうかい、あんたも大変だね。で、どうすんだい?」


「……私としては不本意なんですが、抵抗は無意味ですので武器を捨てて大人しく投降して下さい。そうすれば命までは取りません」


「おーおー怖い事で、それで、抵抗すれば?」


「命の保障は致しません」



 静かにナイフを取り出すシルビア。その様子を見て笑みを浮かべるセラス。



「へえ、えらく物騒な物を持っているメイドだねえ。でもナイフなんかでいいのかい?」



 懐に手を添えながら言うセラスに対して、目を細めながら



「銃声が響けば、お嬢様の睡眠を妨げてしまいますので……」


「そうかい。まあ、あたしはどうでもいいんだけどねっ!」


 そのままシルビアに向かっていくセラス。闇夜の中静かに戦闘が始まるのであった。








 風月寮―――






「始まった……」



 寮敷地内にて、静かに潜むベルが静かに呟く。建物を外から慎重に見れば、明かりが漏れている部屋は無かった。それを確認すると、静かに目的の場所まで移動する。



「ここ……あの窓」



 窓の下まで移動すると、再度図面を見る。そうして、間違い無い事を確認すると、静かにアイゼンのような物を射出する。射出されたソレは緩やかな放射線を描きながら寮屋上に衝突する。



「ん」



 衝突を確認すると静かに引っ張り、ちょうど突起になっている場所にアイゼンがガチッと嵌り、固定される。



「よし」



 固定されていることを確認すると、壁を登り始めるベル。ギシギシと縄が軋む音が静かな夜に響く。そうして、目的の窓まで登ると、今度はガラスカッターを使って鍵の部分のガラスを切っていく。慎重に音を漏らさないようにゆっくりとガラスを切り取ると、鍵をあけ室内へと侵入する。



「……」



 薄暗い室内は12畳ほどで、所狭しと並べられている家具があり、どれも高級そうなものばかりだった。薄紅色の絨毯がしかれた部屋の片隅にある高級そうなベッドを確認すると、静かに懐に手を入れる。やわらかそうな掛け布団の脹らみを見ると誰かが寝ている事が解る。


 4月も後半とはいえ、未だ夜は冷えるのか顔まで掛け布団で覆われており寝顔を確認する事はできないが、進入した際に確認した通学用の鞄には、景品としてプレゼントしたクマのキーホルダーがつけられており、ここが目的の部屋であることと、今、目の前で静かに眠っている者が始末する相手であることは明確であった。



「……」



 静かに自動拳銃の銃口をベッドに向ける。彼女が手にしている拳銃の名は『MK22』通称『ハッシュパピー』発射音を極力抑える専用弾を使用する事によりサプレッサーの効果をあげる特殊消音拳銃である。よほどの事が無い限りほぼ無音に近い。例え夜中に発砲したとして一般人が音で気づくことなど、ましてや熟睡中の人間が起きる事は皆無である。例え気づかれたとして、この国であれば誰も銃声とは思わないだろう。


 そうして静かにベッドへと近づくと、銃口を枕元へと近づける。ほとんど距離が無い状態まで近づけると両手で構える。そうして、ゆっくりと引き金に手をかけ、そのまま引き金を引く。



 パスッという空気が抜けたような音が、暗い部屋に響く……












 同じ頃遊歩道ではセラスとシルビアが未だに戦闘を繰り広げていた。



「ちっ!ちょこまかとっ!」



 舌打ちしながらも、弾丸を撃ち込むセラス。しかし、一向に当たらない。



「下手な鉄砲数撃っても当りませんか?」



 うまく木の裏や壁などに隠れながら銃弾をやり過ごすシルビア。



「ちっ」



 苦い顔をする。さっきから翻弄されて頭に血を上らせる。基本飛び道具を持つ自分が有利なはずなのに、何故か逆に自分が不利な状況に追い込まれているような感覚に襲われてしまうセラス。



「くっ!接近戦では銃よりナイフの方が強いって奴かい!?」



 苛立ちに叫びながら空になったマガジンを入れ替えようと物陰に隠れる。



「まさか、どう考えてもナイフより銃の方が強いでしょ?映画の見すぎですよ?それとも馬鹿ですか?」


「うるさいっ!」



 馬鹿にした様子で溜息を吐くシルビアに対して、再び発砲するもまた物陰に隠れられる。



「さっきからこそこそと、うっとしい」


「当たり前です。当ったら死にますので」


「馬鹿にしてっ!」



 更に頭に血を上らせながら発砲するセラス。完全に相手に踊らされている事に気づかず無駄弾を浪費していく。そうして、暫く同じやりとりを繰り返していた二人であったが、



「ちっ……」


「はあ、やっと弾切れですか……」



 装備に手をやり舌打ちをするセラス。既にポーチにマガジンは無かった。



「さて、接近戦では銃よりナイフが強いとのことでしたが……」



 弾切れであることを確認すると静かに近づきながら、シースからもう一本ナイフを抜き放つシルビア。それを確認すると空の銃を捨て、胸元から同じくナイフを抜き放つ。



「簡単な事です……貴方より私の方が接近戦では強い」



 狼のような鋭い目つきで睨みつけると一足飛びでセラスへと間合いをつめる。



「くっ!?」



 ギリギリのところでかわすも、そのまま膝蹴りを腹に入れられる。咳き込みながらも距離を開け、ナイフを構えなおす。



「さて、チェックメイトです……最後にもう一度言います。投降するなら命まではとりませんよ?」



 優しい笑みとは裏腹に、殺気がこもった様子で近づくシルビア。



「はあ、はあ、いいのかい?あたしにこんなに時間を費やして」


「何の事です?」


「そのままの意味だよ?こんなところで油売ってて、大切なお嬢様が大丈夫かい?ってことさ」



 自分の役目は目の前のメイドとターゲットを引き離す事であり、ベルが仕事を終わらすまでの時間稼ぎである。あれから時間も経過しており、頃合だと思ったセラスがシルビアの動揺を誘おうと余裕の笑みを浮かべながら言う。



「ああ、そのことですか。まったくもって不本意ですが……」



 大きく溜息を吐きながら殺気を緩めず、寧ろ何故か少し鬱陶しそうな態度をとる。



「あんた、自分の主人が心配じゃないのか!?」



 その様子にセラスのほうが動揺をしてしまう。



「とりあえず、あちらは大丈夫です。それに万が一、貴方のパートナーが任務を達成したとして、それはお嬢様ではございませんので問題ありません」


「それって……」


「ええ、今お嬢様のお部屋にいる方は……」














「!?」



 いきなり腕を掴まれるとそのまま後ろ手に捻られ、足を引っ掛けベッドへと倒されるベル。一瞬何が起こったのか理解できずにいたが、自分が今組みし抱かれている事に気づくのにそう時間はかからなかった。



「こういう夜這いには慣れているのでな。抵抗しないでもらおう」



 押さえ込まれたまま視線を見上げると、そこには暗闇に煌々と光る鋭い目つきの少女がいた……








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