入学編 第十六話
「ここって最近オープンして、すっごい人気なんだって」
店の前で、大きく手を広げながら上機嫌で言う恵。
「『Lapin』おしゃれなカフェですわね」
「そうだな」
そんな彼女を無視して、店の佇まいを見ながら感想を述べる二人。オープンしたてな店構えは綺麗で、未だに学生達でごった返しており、席待ちの状態であった。
「いらっしゃいませ。三名様ですか?」
仰々しくお辞儀をする男性。
「はい」
「えーと、オープン席でしたら空いておりますがよろしいでしょうか?」
そう言われ店内を見ると、席は全て埋まっていた。
「外ですか……」
4月も後半ではあるが、未だに少し肌寒い。しかし、室内を見ればいつ空くか解らない。どうしたものかと考えていた恵だったが、
「私でしたら大丈夫ですよ」
「そうだな、待つよりはマシだ」
「そう、じゃあ、それでお願いします」
「畏まりました。ではお席へご案内いたします」
そうして、三人外のオープン席へと案内される。
室内を抜け、大きな出窓を出た先にあるバルコニーに儲けられた三つの席。そのうちの一番室内から近い席へと案内され腰掛ける。
「こちらメニューになります。ご注文がお決まりになりましたら、手元のベルをお押しください」
「あ、はい。わかりました」
もう一度深く礼をすると立ち去っていく。
「さて、何にしようかな」
メニューを機嫌よく眺める恵。
一方厨房では
「姉さん、姉さん、大変っすよ」
「営業中は姉さんって呼ぶんじゃないって言ってんだろシロー」
慌てた様子で厨房に立つセラスに声をかける士郎。そういえば自己紹介をするのを忘れていたが、彼の名前は高橋士郎、二人と同じ組織の人間である。
「すみやせん。でも、大変なんすよ」
「セラス姉さん、ターゲットが来た」
慌てる士郎を横目に、冷静に答えるベル。
「ん、そうかい。まあ、別に来たっておかしくないだろ?」
「姉さんの言う通り、普通にすればいい」
「はあ、そうは言いますがねえ。今朝はあれの護衛しているメイドも来たし、俺たち怪しまれてません?」
「気にしすぎだ。大体、唯の学生がスイーツを食べに来た。ただそれだけだ」
「ん、シローは男の癖に気が弱い。とりあえず仕事する」
「慎重と言ってください、俺はとりあえずホールに出ますね」
「あいよ。くれぐれも変な行動するんじゃないよ」
「へーい」
二人に諭され項垂れながらホールへと戻る士郎。暫くすると、呼び出しのベルが鳴ったのでオーダーをとりに行く。
「お待たせしました、モンブラン・ル・モードでございます。お飲み物はダージリンとウバ、アメリカンになります」
「きたきた」
丁寧に置かれたケーキを前にはしゃぐ恵。
「ふふふ、恵さんたらそんなに待ちきれなかったのですか?」
「だって、私こういうおしゃれなカフェとかってあんまり来たことないもん」
「そうなのですか?てっきり何度も来られているかと思いました」
「そんなに機会が無くてね。由美は結構こういうお店とか利用するの?」
「そうですわね。確かに私も余りこういったお店は利用したことは無いです」
「へえ~以外、なんか毎日優雅にお茶してそうなイメージなのに」
「その辺りはシルビアさんが、淹れてくださるので」
うれしそうに語る由美。実家にいる時から今に至るまで、由美の世話の全てを彼女が任されている。
「流石、お嬢様は格が違いますなあ」
からかうような笑みを浮かべながら恵が紅茶をすするが、
「熱っ!?」
熱かったようで、少し噴出してしまった。
「確かに、恵はお嬢様という柄ではないな」
静かに笑みを浮かべながらコーヒーを啜る百合。
「うっさいっ!てか、あんたも同じだかんね」
「そういえば、百合さんのご実家の事聞いていませんでしたね」
「そういえば、私も知らない」
「ん、そうだったか?」
「ええ、もし差し支えなければ教えてもらってもよろしいですか?」
そう言われ少し考え込む。実家、というか祖父母の本名は言う訳にはいかない。かといって、下手な嘘はばれてしまう。何より、百合自身、龍豪寺家の事は余り良く解っていないのである。
「余り気がお進みにならないのでしたら、おっしゃらなくても大丈夫ですよ」
考え込む表情が少し硬かったのか申し訳無さそうに由美が言う。
「ん?いや、そう言う訳ではないんだが……」
「あによ、もったいぶって、ちゃっちゃと言いなさいよ」
ケーキを口に頬張りながら急かす恵。
「あー、父は元軍人で今はとある企業のセキュリティー部門の責任者を努めているはずだ」
嘘は言ってないよなと思いながら説明する。
「『はずだ』って……」
頬杖をつきながら百合を見る。
「余り親の仕事には干渉していないのでな」
「あーなんとなく解る。うちもそうだもの」
「そうですの?」
「いやあ、なんていうか親父……父の仕事絡みでいい思い出が無いから」
少し暗い表情をする恵。
「えと、申し訳ありません」
その様子に申し訳無さそうに頭を下げる由美。どうやら、何か聞いてはいけないことを聞いてしまったと思ったようである。
「いや!?そう言う訳じゃないから、気にしないで」
なんでもないように手を振りながら笑顔をふりまく恵。
「なんだ、悩み事なら相談に乗るぞ?要人警護から暗殺までなんでも言ってみろ」
「大丈夫、大丈夫だって。てか、あんた私に何をさせようとしてるのよ?」
「ん?親の仕事がらみで日常的に脅迫もしくは誘拐されそうとかだな」
「だな。じゃないっての!大体どこの世界に日常的に脅迫とか誘拐を警戒する女子校生がいるのよ!?」
「あ、あのー」
申し訳なそうに手を挙げる由美。
「……訂正」
それを見た恵が一呼吸空けて、
「普通の女子高生は脅迫とか誘拐に警戒しないわよ!」
「私は普通じゃないのですね……」
今度は由美がいじけだした。
「いや、そういうわけじゃなくって……」
「酷い奴だな」
「よよよ……」
なんか古臭い泣き方をする由美を慰める百合。その様子を見て、
「あんたら、わざとやってるでしょ?」
「ばれたか」
「ばれましたわね」
項垂れる恵に対して、若干申し訳無さそうに舌を出す由美。
「ゆるさん」
「きゃあ」
そんな彼女に対して詰め寄りわき腹を擽る恵。その様子を静かに見つめていた百合であったが思わず笑みを浮かべてしまう。つい数ヶ月前までなら考えられないほど穏やかで緩い空気。いつもならそうならないよう自分を律する彼女であるが、今ばかりはこの温い気持ちを大事にしようと思う。
「へえ~」
「なんだ?」
百合の様子に気づいた恵がいやらしい笑みを浮かべながら
「そんな顔もできるんだ」
「まあな」
少し照れくさそうに返事を返すと、コーヒーを啜る。そのまま静かに談笑を楽しんでいると、
「お客様、今オープン記念としましてスクラッチカードをお配りしておりましてよかったらどうですか?」
先ほどの男性のウェイターでは無く、白のワンピに黒いエプロンをした小柄な女性が三枚のカードを百合達に手渡す。
「こちらの銀色になっている部分を削って頂き、アタリがでましたらささやかな景品をプレゼントさせて頂きます」
静かに頭を下げるウェイトレス。その後姿を少し見つめながら、手元のカードを確認する。
「へえ、私こういうの初めてですの」
「そうなの?」
「ええ、確かこの銀色の所を削ったら良いのですよね」
「そうそう、ちょっとまって十円玉があったと思うから……」
鞄の中に手をつっこみ財布を捜す恵。それを若干うきうきしながら待つ由美。あまり興味が無さそうな百合であったが、
「もしよろしければこちらのコインをお使い下さい」
ウェイターが三枚の銀色に輝くコインを手渡す。中央にショートケーキのマークが入っていた。
「ありがとうございます」
「ほえーこういう細かい所までおしゃれなんだ」
綺麗に磨かれたコインを手にとるとまじまじと眺める恵。
「そうでもありません。ただのレプリカでございますので」
静かに目を伏せながら答える。その間に二人は銀色の部分を削っていた。
「何か?」
しかし、百合だけ何もせずに黙ってウェイトレスを見つめていたので声をかける。
「いえ、その制服が可愛いと思いましたので見とれておりました。不審に思われたのでしたら申し訳ありません」
じっと見つめていた事に謝罪する。
「いえいえ、そういうことでしたら有難うございます」
丁寧にお辞儀で返事するウェイトレスであるが、その横では二人が驚愕していた。
「なんだ?二人して」
二人の視線に質問する百合。
「だって、あの百合が……」
「そうですわね……」
「……何が言いたい?」
何故か奇妙な動物でも発見したような瞳で見つめられ居心地悪そうに片目を瞑る。
「だってねえ、あの百合がよ?いつもタンクトップにパンツルックの」
「ええ、私がせっかく選んでプレゼントしたおおかみ君パジャマを可愛くないとおっしゃった、あの百合さんが」
「「あの百合が可愛い服に興味を持つなんて」」
思わずハモってしまう二人。その様子が気に食わないのか
「私とて女子の端くれだ」
反論する。
「皆様仲がよろしいのですね。それで結果はいかがでしたでしょうか?」
「あー私ははずれ」
「私もだ」
百合と恵のカードにはハズレの文字が浮かび上がっていた。
「あっ、私はあたりですわ」
由美のカードだけアタリの文字が浮かんでいた。
「おめでとうございます。それでは景品の方をご用意致しますので、暫くお待ちくださいませ」
静かにお辞儀をすると奥へと消えていくウェイトレス。その後ろ姿を静かに見つめる百合。
「へえ、よかったじゃん由美。初めてでアタリなんて」
「ふふ、とってもうれしいです」
うれしそうな表情ではしゃぐ由美。その様子を微笑ましく見つめる二人。
「あ、でも、お二人は……」
「あー別にいいよ」
「気にするな」
「でも、何が貰えるんだろう?」
「さあ?」
「洋菓子もう一品とか?それともクッキー?」
「すぐに持ってくるだろ?それまで待っていればいい」
「ふふ、楽しみです」
そうして、景品がくるまでお茶をしながらゆっくりと談笑を続ける三人であった。
……
…………
「姉さん、準備はできた?」
「ああ、えらく長かったねえ。それで?どうだった?」
店内奥にある厨房にて先ほど由美が削ったスクラッチカードを見せる。
「そうかい、なら後はこれを渡すだけだねえ」
小さなクマのキーホルダーを手渡す。
「しっかし、アレ、あんたが言ってたようには思えないんだけど?」
「うん、私の勘違いだと思う。さっきも私の事を見つめていたけど、ただ制服に興味を持っただけだった」
「そう、なら問題無いわね。たく、警戒しすぎだよ」
「ごめん」
「しかし、思ったより早く事が終わりそうだ。さっさと終わらせて帰るとするか」
「うん」
ベルの頭を撫でながらタバコに火をつけるセラス。嬉しそうに目を細めると頷き、テラスへと向かうのであった。




