入学編 第十一話
風紀委員会、学園三大組織にあって絶対的拘束力を持つ組織である。その主な業務は学園内の警備と風紀を維持することにある。その特性上、様々な方面で実力がある者だけが選ばれる。一般の委員よりかなりの権限を持つが、それ故に不正行為を行った場合の罰則は、どの委員よりも重い。場合によっては一発で退学処分を下されることもある。
「で、私に風紀委員を?」
「そうだ」
風紀委員長室と書かれたプレートがかかった部屋。十二畳ほどの室内には、無骨なアルミ製のテーブルと椅子が並んでいた。その奥には、一際ごつい黒いテーブルがあり、詩織が椅子に腰掛けていた。そして、彼女と机を挟んで向かい側で手を後ろに組んで立つ百合。彼女が立つ床には、真っ赤な絨毯が敷かれていた。
「質問してもよろしいですか?」
「許可しよう」
「まず、何故私が選ばれたのでしょうか?」
視線を合わせ、質問する百合。
「ふさわしいと思ったからだ、じゃあ、納得できないか?」
少し間を置き、
「今回、前任の卒業生に併せて補充の選別をする際、全校生徒の身体能力と成績をチェックすることは知っているか?」
「いえ、知りません」
「では、ここ聖盾女学園では、委員会の権限が強大であることは知っているな?」
「はい」
「まず生徒会だが、生徒会長は学園長が任命する。その選定方式は学力、品性、そして学園にどれだけ貢献したかで決まる。名家など家柄が良い者が選ばれることが多いのはそのためだ。そして、役員は会長に任命権があるため、半ば世襲制になっている」
現生徒会長の美咲がその典型である。
「それとは違い、生徒総会の学生総代から役員まで、すべて学生たちによる投票で選ばれる。いわゆる選挙だな。そのせいか、容姿が良い者や、スポーツ等で活躍した者、成績優秀者など、目立つ人間が選ばれやすい傾向にある」
生徒会や風紀委員と違い、空気が少し緩いのはそのせいだと付け加える詩織。
「どちらにせよ、この二つの組織が学園の行事や規範など、主体となって決めている」
百合は黙って話を聞いていた。
「そのどちらにも属さないのが風紀委員だ。二つの組織とは違い、選挙も学園側の任命権もない。風紀委員になるには、生徒会・生徒総会・教職員が推薦し、風紀委員長が任命する」
そこまで聞いて、ある疑問が浮かぶ。
「ちょっと待って下さい」
「なんだ?」
「先ほどの説明を伺う限り、風紀委員は推薦で選ばれるんですよね?」
「そうだ」
「しかも、推薦できるのは生徒会、生徒総会、それから教職員ですよね?」
「ああ」
「一体誰が私を推薦したのですか?」
彼女の疑問はもっともである。百合は別段目立つ生徒ではない。表向き家柄はこの学園では平凡、成績は普通、運動能力は確かに良いが、それだけで、目立った活躍などは一切していない。
「ああ、それなら生徒会指名枠を使わせてもらった」
「はい?」
「まあ、君が思っているほど堅苦しい組織ではないということだ」
「ああ、そういうことですか」
建前上は三すくみ状態であるが、本音はまた別であるということを示唆していた。
「つまり、ある程度はなあなあということですか……それで大丈夫なのですか?」
「別に好き嫌いで選んでいる訳ではないぞ? 一応は君の能力を加味した結果だからな」
肩を落とす百合に対して、心外だなといった感じで詩織が返す。
「まあ、今すぐ返事をしなくても良い。また来週同じ質問をさせてもらうので、その時に答えを出してくれ」
「解りました」
返事をするとそのまま退室する。
「と、いう訳なんだが、どう思う?」
その日の放課後、昼休みに呼び出された件について由美達に相談する百合。
「んー、どうって言われてもなー」
「そうですわね。百合さんがどう思っているか、じゃないでしょうか」
二人は難しい表情で考える。
「だよね。でもさ、結構似合うと思うんだよね」
「そうか?」
「私もそう思いますわ。だって百合さん、凛々しいですもの」
「そうそう、なんか、こーうして……」
人差し指と中指を揃え、由美が百合の顎へと添える。グイッと少し持ち上げる。
「俺に惚れるなよ」
かっこよく決めながら言う。
「なーんてね」
「……いい……」
「え?」
少し恥ずかしそうに笑う恵に対して、うっとりとした表情を浮かべる由美。
「百合さん!」
「なんだ?」
「是非今のを私に!」
「はぁ!?」
ものすごい勢いで百合に迫る由美。
「あちゃあ、なんか変なスイッチが入ったみたい」
ごめんって感じで、手を顔の前で合わせながら頭を下げる恵。
「さあ! 百合さん、早く!」
「早くと言われても……そもそも風紀委員の話は……」
「問答無用です!」
まったく聞いてもらえない。
「あーわかった。仕方が無い」
諦めたように肩を落とすと、恵と同じように顎に手を添える百合。
「で、なんて言えばいいんだ?」
「えーと、『今夜は寝かせない』でいいんじゃない?」
笑顔でとんでもないことを提案する恵。
「はあ……仕方が無い。今夜は寝させないぞ、由美」
「はあ……」
そのまま百合の方へと、しなだれかかる様に倒れる由美。
「で、どうするんだ? これ」
「さあ?」
溜息を吐きながら恵に相談するも、答えは返ってこなかった。
「で、風紀委員の件なんだけど、私はいいと思うよ」
とりあえず、由美が正気に戻ったので、先ほどの件の話に戻る。
「そ、そうですわね。私も合っていると思いますわ」
「そうか?」
「そうだよ。それに委員会に推薦されるなんて滅多に無い事だし、絶対なるべきだよ」
「ふむ……」
真剣な表情で勧める恵に対して、どこか乗り気でない様子の百合。
「もしかして、あまり乗り気ではないのですか?」
「いや、まあ、考えておく」
「そうですか……」
珍しく歯切れの悪い百合を見て、何かを言おうとしてやめる。
そうして、放課後のチャイムが鳴り、三人は帰宅の途につくのであった