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プロローグ 戦場のおてんば姫※2015年6月22日修正

中東某国

 地獄のような暑さの中、鳴り響く銃声。

 いつ撃たれるかわからない状況の中、全力で駆ける。

 強い日差しに照らされ、砂漠の地面に足を取られそうになりながらも、必死に走る。


「はあ、はあ、はあ……」


 物陰に身を隠し、呼吸を整える。

 長時間の走りで鼓動は速く、荒い息が喉を焼く。

 周囲を見渡すが、今のところ人の気配はない。


「!?」


 何かが動く気配。

 私は反射的にそちらへ銃口を向けた。

 視線の先にあるのは、瓦礫の山と、建物だったであろう構造物の残骸。

 その隙間、黒く沈む暗闇に照準を合わせ、静かに引き金に手をかける。


 先ほどまで耳をつんざいていた銃声や爆発音は、今はすっかり消えていた。

 聞こえるのは、自分の呼吸音と心臓の鼓動だけ。

 私はこの瞬間が一番好きだ。

 生死を分ける緊張感——この極限の感覚に、私は兵士としての充足を感じていた。


「待て、待て、撃つな。俺だ!」


 ……なんだ、こいつか。

 見慣れた顔が目の前に現れ、一瞬の高揚が現実へと引き戻される。

 本来なら安堵すべきなのだろうが、なぜか釈然としない。

 仕方がないので、無視することにした。


「おいおい、やっと味方と合流できたと思ったら、お前かよ」


 大げさな溜め息をつきながら、私の背後に入り、遮蔽物の陰に身を寄せる男。

 こいつの名前は……なんだっけ?

 ああ、確かこの間、私を押し倒そうとした奴だ。

 うん、間違いない。というわけで、こいつの名前は“レイパー君”に決定だ。


「レイパー君か……それで、状況は?」


「誰がレイパー君だ! 誰が! ネイソンだ、ネイソン! 作戦前に自己紹介しただろ!」


 ネイソン? そんな奴いたっけ?


「え? そんな名前? みたいな顔やめろよ……つーか、あの時のこと、まだ怒ってんのか?」


「別に……で、状況は?」


 本当に名前を忘れていただけで、別に怒ってはいない。

 まあいい、話を進めよう。

 レイパー改めネイソンに、敵の状況を確認する。


「あっちは最悪だな。敵ばっかだ」


「そうか」


 偵察任務だったはずなのだが、これはもう攻撃に切り替えたほうが良さそうだ。

 ネイソンの話を聞きながら、自分の装備を一通り確認する。


「それで、こっちはどうなんだ?」


「ああ、そうだな……とりあえず、囲まれてることだけは確かだ」


「はぁ!?!?」


 思わず大声を上げてしまい、ネイソンが慌てて私の口を手で塞ぐ。

 落ち着けと目で訴えるネイソンを無視し、周囲の様子を静かに探る。

 向こうの建物、こっちの瓦礫……あちらにも二人。なるほど。


「で、どれくらいいるんだ?」


「たくさんだ」


「あー……簡単に言うと?」


「絶体絶命ってやつだな」


 はっきりと告げると、ネイソンは呆けた顔を見せた。

 何か可笑しいことでも言ったのだろうか? それとも緊張で聞こえなかったのか?


「いい笑顔で言いやがって……まったく、お前はいい性格してるぜ」


「?」


 軽く頭をこづかれる。

 意味がわからず首を傾げると、笑われた。

 まったく理解できない。


「いいぜ。なら、これで生き残ったら結婚してやるよ」


 ……何を言っているんだ、こいつは。

 戦場で糸が切れる奴って、たまにいるよな。

 仕方がない、これが終わったら休暇でも与えるよう、少佐に進言するか。


「この戦闘が終わったら、少し休め。いい精神科医を知っている」


「ひでぇ!?」


 なんだ? 人がせっかく親切に言ってやっているのに。

 「こういう場面で告白されたらグッとくるだろ?」とか、意味がまったくわからない。


「意味はわからんが、とりあえずお前が馬鹿なのは理解した」


「ほんっと、お前は可愛げが無いな……!?!」


 ——銃声。しかも近い。

 こちらの居場所がバレたか。


「……どうやら、向こうは本気で殺りにきたな」


「怖い怖い。さて、行きますか」


 先ほどまでのふざけた空気が、一転して張り詰めた緊張へと変わる。

 さて、お楽しみの戦闘だ。

 開始の合図代わりに、40mm擲弾を一発、お見舞いしてやろう。


 発砲音を皮切りに、再び戦場に銃声が鳴り響く——




 ……



 …………




 無機質な廊下が続く。響き渡るのは私の靴音だけ。

 いつもの着慣れたデザートカラーのBDUバトルドレスユニフォームに身を包み、歩く。

 時折通りすがる兵士たちと挨拶を交わしながら、向かう先に見えるのは無骨な鉄の扉。

 扉の上部にあるプレートには「来賓室」の文字が見えた。それを確認すると、ノックをする。


「入りたまえ」


 室内から聞き慣れた渋い声が返ってくる。


「はっ! 失礼します」


 室内に入ると、私と同じBDUに身を包んだ白髪に髭を生やした筋肉質な男性。

 彼の名はフランクリン・グラハム少佐。私の養父である。

 私が部屋へ入ると、厳しい表情からプライベートにしか見せない砕けた表情でこちらを見つめる。


 一体今日は何の用で呼び出したのだろうか?

 いつもなら作戦室か自室にしか呼び出さないはずなのに、今回は来賓室。

 滅多に案内されることのない部屋だ。

 つまり、普通であれば私宛に誰かが会いに来たということになるが、残念ながら私は天涯孤独で、身内と呼べる人間は目の前の少佐だけである。


 では、なぜここに?

 そう疑問に思いながら来賓席の方へ目をやる。

 すると、見るからに高そうなスーツを着た初老の男性と、同じくらいの年齢の女性が二人、静かに座っていた。

 恐らくは夫婦だろう。

 この場所に不釣り合いな雰囲気の二人を怪訝に思いながら、少佐の目の前まで移動し敬礼する。


「楽にしたまえ」


「はっ」


「今日呼び出したのは他でもない。先の任務、ご苦労だった」


「はっ、ありがとうございます」


 少佐の言葉に少し頬を緩めるも、すぐに引き締める。

 今は来賓の方もおられるので、いつもより少し動作を厳しく意識する。

 そんな私の行動が可笑しかったのか、少し苦笑しながらこちらを見つめる。


「君を拾ったのは、確か10年前だったか?」


「はい。当時の記憶は曖昧ですが、大怪我をし、両親を亡くした私を少佐は救ってくださいました」


「ああ、あの時は私も驚いた。まさか、あの現場に生存者がいるとは思わなかったからな」


 10年前、私は生死の境を彷徨っていた。

 私と両親が乗った飛行機が墜落した。

 運の悪いことに、飛行機が落ちたのは南米の森の中で、当時ゲリラと政府軍が戦闘していた紛争地帯だった。

 その事故で両親は死亡。

 運よく私は飛行機から投げ出され、木の枝に引っかかったため命だけは助かった。

 なんとか地面に降りることができたものの、骨折や裂傷により化膿して熱が出てしまい、意識が朦朧としていたところを、たまたま通りがかった少佐の部隊に発見されたのだった。

 当時、少佐は政府側に雇われた傭兵部隊を指揮しており、治療が終わり命を取り留めた後も私を引き取り、様々な戦地を共にした。


 しかし、なぜ今になってそんな昔話を?

 疑問に思いながらも、少佐の話を黙って聞く。しばらく黙って聞いていると——


「グラハム少佐、その辺りでよろしいでしょう?」


「ああ、申し訳ありません。つい、感慨深くなってしまいまして……」


「いえ、構いませんよ。それだけ彼女のことを愛してくださったんでしょ?」


 優しい笑顔を浮かべ、私のことを見つめる女性。

 思わずこちらも表情が柔らかくなってしまう。


「そのような……本当なら彼女は学校に行って、ボーイフレンドや友人と楽しく過ごさせてあげたかった。しかし、このような殺伐とした世界に……申し訳ありません」


「いえ、少佐は悪くありません。私が自ら志願したのであって、感謝することはあれ、後悔などしておりません」


 女性に対して私なりの意見を述べる。

 それを止めるように、少佐が私の頭に手を置き、少し雑に撫でる。

 思わぬことに少し驚いていると——


「少佐?」


「さて、本題に戻ろう」


 しばらく頭を撫でていたが、そのまま私の正面に移ると表情を戻す。


「ユーリ・グラハム少尉。本日付けをもって、AASアーミーイージスセキュリティーを除隊してもらう」


「なっ!? それはどういうことですか!?」


「納得できないか?」


「当然ですっ! いくらなんでも納得できかねます!」


 いきなり除隊を告げられては、さすがに納得できない。思わず少佐に詰め寄ってしまう。


「それについては、そちらのお二人が説明してくださる」


「はじめましてかな? 儂は龍豪寺正一郎りゅうごうじせいいちろう。こっちは千代美ちよみじゃ」


 龍豪寺? ということはこの二人は日本人ということになる。

 一体なぜこんなところに?

 それも気になるが、今はそれどころではない。


「……はじめまして、ユーリ・グラハムです」


 ——一体何者なんだ? そう思いつつ、握手に応じる。

 しかし、次の瞬間、私の身体が何かに包まれた。抱きしめられている——そう気づくのに時間はかからなかった。

 柔らかい感触と、どこか懐かしい匂いに包まれ、思わず目を細めてしまう。


「え、えっと……大丈夫ですか? 気分が悪いとか?」


「すまないな……しばらく、そのままにしてやってもらえんかの?」


 抱きしめられた腕の隙間から声のした方向に目をやると、正一郎と名乗った男性が、同じく目頭に涙を浮かべていた。

 この二人は一体?

 感じからして、私に対して何か特別な感情を持っているように思える。

 しかし、今までの記憶の中に彼らの姿はまったく思い浮かばない。

 というより、まったく知らない顔である。自慢ではないが、職業柄、一度会った人間の顔を忘れるようなことはない。


——



「そろそろ説明をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「ああ、すまないね、少佐」


「少尉、君はあの事故で天涯孤独だと思われていたのだが、実は血縁者がいたことがわかった」


「血縁者……でありますか」


 


確かに、いてもおかしくはないとは思っていた。

しかし、あの事故以来考えたことなどあまりなかった。それを今さら血縁者と言われてもピンとこない。


 


「そうだ。君の目の前にいる正一郎氏と千代美氏は、君の祖父と祖母にあたる」


「!?」


 


まあ、よく考えれば私にも両親がいたのだから、祖父母も存在するだろう。

とはいえ、あまりにも突然すぎて、さすがに頭の整理が追いつかない。


 


「驚くのも無理はない。しかし、嘘ではない。君には悪いが、鑑定もしている」


「……」


「本当に申し訳ないと思っています。ですが、私たちがあなたを見た時、すごく驚いたんです。若い頃の里佳子にそっくりで……」


「ああ、儂ら、偶然ニュース番組でお前さんの姿を見てな、いてもたってもおられんようになって、いろいろ手を回して今日やっと会えたんじゃ」


「しかし、そうおっしゃられても……」


「わかっておる。今まで放っておいて、今さら何をと思うじゃろう。じゃが、もう儂らにはお前しかおらんのじゃ」


「私たち夫婦には子どもが一人しかいなくて……その子も10年前の事故で……」


「そうしてグラハムさんにお願いして、お前さんを日本へ連れて帰りたいと話をしたんじゃ」


「私も最初は困惑したが、お二人と話し合って決めた。だが、君の意思も尊重したいとも思う」


「でしたら!」


「ただし! お二人と共に日本へ行って、学校へは行ってもらう」


「学校……ですか……」


「これは私の責任でもあるが、君を拾って以来、戦場を転々としてきた。最低限の教育はしてきたつもりだが……」


「はい。それから部隊の仲間からもさまざまな知識を教わりました。英語、日本語、中国語、ドイツ語、フランス語、ロシア語、アラビア語……」


 


私が所属する部隊は、いわゆる傭兵部隊と呼ばれ、さまざまな国籍の人間で構成されていた。

元特殊部隊員だったり、情報局の人間だったりと、優れた人材にあふれていた。

そんな彼らが面白がって私にさまざまなことを教えてくれた。


 


「……爆弾の解体方法、斥候、暗殺方法、効率のよい爆破方法、各種武器の取り扱い」


「……すまん。その辺りでいい」


「はっ!」


「……申し訳ありません。特殊な環境で育ててきたもので……」


「い、いえ……」


「ま、まあ、多少おてんばなくらいがいいじゃろう」


「ということで、君には一度、日本の学校で一般常識を学んでもらう」


「は?」


 


ニホンデクラス? 新しい作戦名か何かだろうか?

いや、たぶん私の聞き違いだろう。

うん、そもそも日本なんて国、本やDVDでしか見たことがない。まったく意味がわからない。


 


「えーと、もう一度説明をお願いしてもいいでしょうか、少佐?」


「うむ、簡単に説明するとだな。これから3年間、日本の学校に通い、無事卒業をすること。そして、卒業した後、また同じ質問をさせてもらう」


「いきなり日本に永住しろと言われても、困惑すると思ってな。グラハム少佐と話し合った結果、お前さんを3年間お預かりして高校に通うことにしたのじゃ」


「3年間日本に住んでもらって、それでも戻りたいとおっしゃるなら、私たちは止めません。ですが、私たちが家族であることは忘れないでほしいんです」


 


私の聞き違いではなかったようである。

つまり、私はこの部隊を除隊して、お二人と共に日本の学校で学生として生活しろと、そうおっしゃる。


 


「しかし、そうおっしゃられても、私には……」


 


そう、私には少佐がいる。養父とはいえ、今まで本当の親子のように育ててもらった大恩ある人から離れ、いきなり日本で暮らせと言われても、さすがに納得できない。

かといって、ここまで私のことを思って連れ戻しに来た二人を無下に追い返すこともできない。


 


はあ、本来なら任務完了報告を終えて自室にて泥のように眠り、明日からの戦闘に備える予定だったのに、まさかこんなことになろうとは思ってもみなかった。

さて、どう答えたらよいものだろうか? そう考えあぐねていると、


 


「君は何か勘違いをしているようだ。確かに私と君とは血縁関係はない。しかし、私は君の父親役を降りる気はないよ」


「それはどういうことですか?」


「そうか、大事なことを言うのを忘れておった。儂らはお前さんだけを連れ戻しに来たわけではないんじゃ」


「そうそう、あなたをここまで育ててくれた少佐も一緒に日本に来てもらおうと思って……」


「は!?」


「実はお二人に誘われて、私も日本のセキュリティ会社へ転職しようと思っている」


「はぁああ!!!?」


「……失礼しました」


 


思わず大きな声で叫んでしまった。まったく次から次へと驚かせてくれる。


 


「まあ、いきなり今の職を辞するわけにはいかないのでな、いろいろ準備やらがあって、私はすぐには行けない。というわけで、君だけ先に日本へ向かわせることにした」


 


そんな簡単に決められるものだろうか?

いくら民間軍事組織とはいえ、かなり機密性が高い組織だったと思っていたんだが……


 


「その辺りはまあ、うちの出資者が経営される会社への転進ということで、あまりお咎めはない。安心しろ」


「はぁあ!?」


 


思わずまた大きな声で叫んでしまった。

普段の私を知る人間が見たら驚くだろうな。

とはいえ、今日は色々ありすぎて混乱しっぱなしだ。

しかも、何が可笑しいのか、そんな私の姿を見て笑う少佐。殴りたい。そんな衝動を我慢しながら説明に耳を傾ける。


 


「そういうことじゃから、お前さんは何も心配しなくていい」


「そうですよ。だから、一緒に日本で暮らしましょう」


「い、いや、ですから、私も一応は軍人ですし、除隊となるといろいろと手続きが……」


「君の除隊手続きはもうすでに終えている。今すぐにでも日本に行ってもらってもかまわん」


「少佐っ!?」


 


もう、いろいろとめちゃくちゃだな。

しかし、少佐の顔を見て、すべてを諦めた。

つまり、私の日本行きはすでに決まっており、それを前提でからかわれているのであると。


 


「少佐、少し意地悪が過ぎます。すでに私には決定権がないということですか……」


「そういうことだ。私は立場上、任期を終わらせた後、日本へと行く予定だ」


「わかりま……了解しました、少佐」


「ユーリ、もう君は部下ではない。私のことはパパと呼ぶように」


「……ぜ、善処します」


 


絶対呼ばない。

そう心に決めながら、表情を切り替える。


 


「少尉、私は君を一人前に育てたつもりだ」


「……はい」


「これから君はさまざまな困難や辛いことがあるかもしれない。

しかし、今までの経験以上のことはもう二度と起こることはない」


「はっ!」


「胸を張れ、誇りを持て。不屈の精神で事にあたれ」


「はっ!」


「私が最後に教えることはこれくらいだ」


「……はっ!」


「では、次に会える日を楽しみにしている。では、私はこれで失礼いたします」


 


私の肩に手を当ててウィンクすると、今度は龍豪寺夫妻にお辞儀する。

そうして少しの間、二人と会話した後、部屋まで案内することとなった。

そうして、翌日には夫妻と共に、私は日本へと向かうこととなったのである。

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