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解決!

 「わわっ」

 私はそのまま前につんのめって、メリーゴーランドの中に入ってしまいました。

 オレンジと白が交互に並んだ床に、足がとんと付きます。

 途端、床から強い風が吹きました。思わず顔を手で覆って、目を閉じます。

 風が収まった頃にゆっくり目を開けると、そこには変わらずメリーゴーランドがありました。

 ただ、一つ違うのは、

 「…………私?」

 目の前に、青い目の白馬に跨がった、ずいぶんと幼い自分がいたのです。

 その光景に手を伸ばそうとしましたが、金縛りにあったように身体が動きません。ただただぽかんと幼い自分を見つめることしか出来ないのです。

 突然、幼い自分が柵の外に向かって手を振りました。目線を動かして見ると、そこには……。

 「お嬢!」

 「っ!」

 強く肩を掴まれ揺さぶられて、はっと我に返ります。ウィードさんが心配そうに顔をのぞき込んでいました。

 立っている場所は、メリーゴーランドの外。

 一回の運転が終わったのか、メリーゴーランドは止まっていました。

 「急に動かなくなったから驚いた。大丈夫か?」

 「あ、は、はい……」

 返事をしたとき、微かに自分の身体が震えているのが分かりました。息苦しくて、背中には冷たい汗が流れます。

 「今のは……」

 いったい。そう思った時、

 「にゃお」

 『!』

 少し離れたところにキャニーが行儀良く座っていました。

 しかし、すぐに背を向けて走り去ってしまいます。

 そしてその時、

 「ふふふっ」

 「!」

 ゆらりと幼い自分の後ろ姿が現れました。

 「待って!」

 「あ、おい! お嬢!」

 キャニーと幼い自分はくるくると入れ替わりながら、私をからかうようにどこかに向かって走っていきます。

 時折何もないところでジャンプしたり、くるりと回転したりして、それでも、私は私に追いつけませんでした。

 息が切れて、足がもつれるようになってきても、私は無我夢中で走り続けました。

 ずいぶんと長い間走り続けていたような気がします。

 もう走れない。そう思って、スピードを落とした時、目の前に、あの大きな観覧車がありました。そして、ゆっくり降りてくる赤いゴンドラの中に、白い猫が飛び乗ります。

 私ははっとして、またスピードを上げました。

 自動で閉まっていく扉の間から何とか滑り込んでほっと息を吐きます。

 「キャニー……」

 広くないゴンドラの真ん中に猫は座っていました。

 「まったく、あなたは人をからかって……。レバン夫人も、みんなも心配しています。帰りましょう?」

 私はしゃがみ込んで手を伸ばします。その手が白に触れようとした、その瞬間――。

 『結』

 「!?」

 水面に輪が広がるように、その声はゴンドラの中に響きました。

 頭上から聞こえた声をたどって顔を上げると、

 「嘘……」

 そこには、絶対、ここにいるはずのない人物が立っていました。

 「お母、さん……」

 呟くと、目の前に立つ女性――母は、ゆったりと微笑みました。

 それと同時に母の姿がゆるりと揺れて、今度は男性。父の姿が現れました。

 『結』

 名前を呼ぶ声は何処までも温かく、柔らかく。気が付くと、私は座り込んでボロボロと涙を流していました。

 いつになったら元の世界に帰ることが出来るのか。

 いつになったら家族の元に帰ることが出来るのか。

 寂しい、苦しい、悲しい。

 会いたい。

 「……あえた……」

 いつの間にか、母が目の前にしゃがみ込んでいました。そっと頭を撫でてくれます。

 私はすんと鼻をすすって、ゆっくりとその温もりに身体を預け――

 『お嬢!』

 ぐわっと頭の中で何かが爆発したように声が響いて、パリンッとガラスの割れる音。

 『お嬢! 聞こえるか!』

 ゆらりと景色が揺れて、辺りの温度がぐっと下がります。

 『お嬢!』

 母の姿が一瞬にして灰色の塵となって、風に流れていきます。

 目の前には夜の闇が広がっていて、足下には、足下……?

 「っ――!!」

 息をする間も無く身体が自由落下を始めます。

 漫画や小説のように叫び声など到底上がらず、ただ吹き付ける風に口をパクパクさせるだけ。

 あれほど輝いていた遊園地の明かりは何処にもなく、ただ暗い緑色の野原がドンドン近づいて来ます。

――お、終わった……

 探偵都市シャロンはあくまで謎解き主体のゲームですから物語中に死亡することなんてありません。プレイヤーがこの世界に引き込まれてからも、誰かが死んでどうなったと言う話は聞いたことがありません。

 でも、さすがにこの高さから落ちれば。

 ドサッ! と音がして、私は地面に叩きつけられ……。

 「………………あら?」

 「…………よう」

 私は体を起こして、声が聞こえた方に目を向けました。私の、下です。

 「よう」

 眉間にしわを寄せて、すこぶる不機嫌そうなウィードさんが、私を見ていました。

 「わ、わ……」

 「早くどけ」

 「わ!」

 私は飛び跳ねるように立ち上がって、ウィードさんの上から退きました。

 「痛てて……」

 頭をさすりながら、ウィードさんも起きあがります。

 「……あの……」

 「……無事で良かった」

 「え……」

 ウィードさんの手が私の頭に降りてきました。ぽんぽんと優しく撫でてくれます。

 「本当に、無事で良かった」

 ふっと彼が笑いました。

 その笑顔が余りにも優しくて、私はぽろぽろ泣いてしまって、それでも彼は頭をなで続けてくれて。

 あのゴンドラの中で、父と母を見たときのように、心がほっとしてじんわりと温かくなりました。

 「……な〜ご」

 突然、足下で低い鳴き声が聞こえて、私とウィードさんの肩が揃って跳ねました。

 「……キャニ〜……」

 「ったく……」

 私はしゃがんでキャニーを抱き上げました。今度は抵抗もせず、逃げ出そうともしません。

 それどころか、グルグルとのどを鳴らして頭を顔に擦り付けてきます。

 「ん……」

 べろべろとキャニーに顔を舐められていると、ウィードさんが何かを拾い上げました。木で出来た深皿のようです。

 「炊き出しの皿か」

 「大人用の深皿……」

 

 「皆さん、準備はよろしいですか?」

 遊園地での出来事から二日後の夜の十時。

 私はあの大きな観覧車の前で、くるりと後ろを振り返りました。

 そこには、ニック少年やアリスさん、アンダーラインの子供たち。ミリとUや探偵社『α』のメンバー。オニキス夫人。その他、『身近な人が行方不明』な人たちが集まっていました。

 「やり方は簡単です。この観覧車に向かって、大きな声で、帰ってきて欲しい人を呼ぶんです。ですよね?」

 「おう」

 問いかけると、隣にいるウィードさんがこくっと頷きました。

 「本当に、それで戻ってくるのかしら?」

 オニキス夫人が言いました。

 正直、そう強く言われてしまうと何とも言えないのです。

 ですが、私はこの方法しか無いと思っています。

 あのゴンドラの中は、懐かしく温かなもので満たされていて、何かの拍子で乗り込んでしまった人にそれを見せているのだと思います。

 自分の大切な人、大切な思い出。手放したくて、ずっと浸っていたくなるようなそんな温かさがあのゴンドラにはありました。

 けれど、それは決して本物ではないのです。

 触れることが出来たって、言葉を交わすことが出来たって、結局は、狭い世界に閉じこもっているだけ。

 「とにかく、やってみるしか無いんです。ダメだったら、また別の方法を探します」

 そう言うと、オニキス夫人はすっと目を細めて頷きました。

 「では皆さん。大きく息を吸って、お腹からその人の事を呼んでください。いつも呼んでるあなたたちの呼び方で」

 来ている人たちを見回して、頷くのを確認します。

 息を吸って、

 「……せーの……!」

 わっ! とそれぞれの声が辺りに響いて、ビリビリと遊園地に反響していきます。

 強い風が吹き、たくさんの気配がそれにさらわれるように無くなります。

 遊園地の明かりが消え、観覧車が小刻みに揺れ始めて……。

 「あそこ!」

 誰かが空を指さして叫びます。

 見上げると、観覧車が消え、空高くに、小さな陰。それに続いて、あちこちに人影が現れます。

 「お前等行け!」

 『はい!』

 Uが『ゴースト』のメンバーに指示を出すと、彼らは分厚いマットを持って、駆けていきます。

 私たちは駆け出したい衝動をぐっと押さえてその光景を見守ります。

 しばらくすると、ボスッ、と言うような音が、聞こえてきました。

 「女の子、無事です!」

 「男性無事です!」

 「男の子無事です!」

 緑の野原のあちこちから声が上がります。

 「ルル!」

 アンダーラインの子供たちがルルの姿を見つけて駆け出しました。他の人たちも、同じように探していた人の元へ駆けていきます。

 「お前!」

 「あなた!」

 オニキス夫妻も無事会うことが出来ました。

 良かった、心配した、そんな声が聞こえて、すすり泣く声も、笑い声も聞こえます。

 「良かった……」

 「ああ」

 ほっと息を吐いたとき、ふと、後ろから小さな気配を感じました。

 振り向くと、そこには小さな私。

 「…………」

 私は、彼女にそっと歩み寄り、正面にしゃがみ込みました。

 「……そうですね。やっぱり寂しいですよね、会えなかったり、忘れてしまったり、忘れられてしまったりするのは」

 彼女の顔が、ちょっとこわばりました。

 「でも、大丈夫ですよ。人は、大切なものは奥の奥にちゃーんと持っているんです。持っているから、進めるんです。それに、皆さんちゃんと、温かい場所を持っていますから」

 私は、コートのポケットから茶色い紙袋を取り出しました。

 「リンゴ、好きですよね。剣崎結さん」

 大きな、甘酸っぱい香りのリンゴ。

 私の大好きな果物です。

 彼女はそれを手に取ると、にっこり笑ってゆっくりと消えていきました。

 きっともう、この場所に遊園地が出現することは無いでしょう。

 「馨〜!」

 ブンブンと遠くでミリがこちらに向かって手を振っています。

 子供たちもこちらに気付いて走り出し、ウィードさんはちょっと呆れたように、でもちょっと楽しそうにその光景を見ていました。

 そう言えば、なんだかんだドタバタして肉じゃが作れてませんね。

 たくさん作ってご近所さんに配りましょう。そうしましょう。

 私にとっての、温かな場所に。

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