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ぼくは変態に恩を返さねばならない。  作者: 甘味処
第3章 空前絶後の3日間の青春
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苦労と努力の △ カタストロフィ

 我が校、溝川橋みぞかわばし高等学校、桜の散る初春。入学式でさ、好きな人が出来たんだ。その時はすでに月雲に恋愛感情を抱いてはなかったため、久しぶりの恋だったと言える。その人とは入学式の校門付近ですれ違っただけなんだけど、彼女がする一挙一動から放たれた隠しきれない魅力は十二分に伝わった。


 それは――一目惚れというやつだった。


 校内で破壊的魅力系女子パーフェクトガールと呼ばれるその人は、数いる女子生徒のなかでも断トツの人気があった。読者モデル顔負けの抜群なスタイル、吸い込まれてしまいそうなほど大きな瞳と秀麗に整った眉、どんな絵筆を用いても描き表せないであろう細い線で描かれた輪郭。所属している部活が水泳部なのにもかかわらず陽光を透過する白い肌を持つ、太陽のような美少女だ。光は日焼けなどしないのだから当たり前だ、当たり前のことだ。


 もちろんパーフェクトと呼ばれるからには良好なのは容姿だけではなく頭も同様に冴えわたっており、成績は学年次席といったかんばしいものだった。


 女子生徒には分けへだてなく優しく、男子生徒にはちょいと厳しいところがあるものの、そのわがままなお姫様みたいな性格も数多くの男心をくすぐった。


 どれだけあらを探したって欠点など一つも見つからない、女子高生の模範もはんと呼ぶべき少女。とにかく彼女は周囲と一線を画するほど、りんと輝いていた。


 近づくことすらままならないまま、一年という長い月日が流れ、思いはつのつのっていった。


 二学年に上がると、彼女と俺は運よく同じクラスになった。一学年の学年末に取られた進路希望の用紙で文系か理系か選びかねていたけれど、その時、文系クラスを選択して良かったと快哉を叫んだものだ。


 その少女の名前は江本都華咲えもとつかさといい、名のごとく教室に咲いた一輪の華だった。うちのクラスに女子は他二十名ほど在籍しているのだが、江本さんは一段と輝いていた。なんというべきか、そこそこ失礼な話かもしれないが周囲の女性たちがアウトフォーカスしてしまうほど群を抜いていた。


 二学年にあがっても彼女との心の距離は一向に縮まらず、それ以前になかなか接する機会がなかった。それもそのはず、江本さんとお近づきになろうとした者には、痛いほど鋭い視線をつき刺される。男子一同から敵とみなされこっぴどい嫌がらせを受けるのだ。男子の内々では「江本都華咲に手を出した者は断罪に処される」といった紳士(?)協定があった。可憐な華はまずに鑑賞するもの、ありのまま咲いているからこそ美しい。


 当初は「止むを得ない。卒業するまで待とうか」と思っていた。その我慢はそう長くは続かず、痺れを切らした俺は級友ともを裏切り彼女にアタックした。


 今思えば必死だったなぁ、あのころの俺は――。


 クラスメイトに目撃された瞬間にデッドエンド――人目を忍んで下駄箱にラブレターを投じたり、朝一番に登校して彼女の席に連絡先をつづったメモ帳を忍ばせておいたりと、周囲の視線をかいくぐって、とにかく多くのアプローチをした。


 他の男子に気づかれることのないようにデートに誘ってみた。江本さんからオーケーをもらえた時には喜ぶことすら忘れて、寝る間も惜しんで一心不乱にデートプランを練った。


 幸福でいて、どこかぎこちないデートが終わり――沈んでいく太陽がよく見える丘の上で江本さんに愛を告白したら、江本さんは顔を夕日よりも鮮やかな紅色に染めてさ、普段快活な彼女にしてはおとなしく頷いたんだ。


 あの告白は――本当にダメもとだったんだぜ?


 ただ、こんな幸せな時間がずっと続いて欲しいと思っただけなんだ。口をついて出てきた言葉に過ぎないんだ。


 なんといっても俺たち二人には努力だけではどうにもならない美醜びしゅうの差がある。だから翌日には俺たちの話題で持ちきりになった。外見は至って平凡、勉強が出来るわけでもない、部活動に所属しておらずスポーツが出来るわけでもない、特に目立った取り柄のない俺――木更津大毅きさらづだいきが絶世の美少女である江本都華咲えもとつかさハートをつかんだという武勇伝は、またたくまのうちに校内に伝播でんぱし、やがてクラスメイトたちの反発心を喚起させた。



 つき合い始めてからは語るに恐ろしい三日間だった。登校したら俺の席がなくなっていたり、つまずいたと装って階段から落とされそうになったり、調理実習や美術の時には鋭利に尖った刃物を突きつけられりした。また、低俗なセンスの持ち主から俺の天然パーマのことを「ちんげヘア」などと罵られたこともある。


 クラスメイトたちから断罪(絶交と呼ぶべきなのか)された俺は仲間うちからはぶられるようになり、ポツンと孤立してしまった。それらの嫌がらせは覚悟していたことではあったが、精神的にこたえる処遇であったことは否定できない。


 それでも――一日に一時間でも江本さんと一緒にいられる時間があれば、クラスメイトたちの恨み言など度外視どがいしできるほど幸せだった。


 つき合い始めてから三日三晩、俺は毎日のように電話をかけた。明日はどこへ誘おうかと心を踊らせたり、「今は幸せかい?」と高鳴った鼓動に問いかけたこともあった。これで――孤独な夏休みを過ごさなくてもすむ。幸せだった。幸せだったのだ。なのに――。



 ――『……遅かったね、大毅だいき


 ――『誰だよ、お前ッ!!?』



 ――つい先ほど俺の成し遂げた偉業いぎょうは本当の意味で伝説となった。後世まで語り継がれる伝説というのはいずれも、過去にしなければならないということを知った。


 江本さんと俺はすこぶる健全な恋愛をしており。ハグ、マウスツウマウスはもちろんのこと、シェイクハンドすら終えていない。江本都華咲という女性――真面目な性格で男が抱く妄念をことごとく白眼視はくがんしするタイプの人間だったということを知っていたので、俺はえらく慎重になっていた。


 だから、まだ俺の“卒業式”(卒業とは言わずもがな――大切な初めてを失う――要するに“男になる日”のことだ)はしばらく先のことだと諦めていた。少なく見積もっても三ヶ月以上は時間をかけていく必要があるように思った。


 それなのに、突然の豪雨に見舞われた今日、曇った空を億劫おっくうそうに見上げながら彼女はこう言った。



「服濡れちゃった……。え、と大毅んのシャワー借りてもいいかな? その……私の家、学校から遠いし……」



 空前絶後のチャンス到来。愛知県南部局地的に暴風警報発令。六月六日のこの日、溝川橋高校在籍、二年四組木更津大毅は皆よりも少しだけ早く卒業証書を授与するはずだった(そんな予兆を感じ取っただけだが)。そのはずだったのに――。




 ――『別れましょう、大毅……』


 ――『…………………………』




 一人の変態の介入により事態は一変した。疾風迅雷しっぷうじんらい、電光石火のごとくあっという間だった。


 もちろん、江本さんにふられたことはショックだったし死ぬほどつらい。しかしながら、それ以上に危惧を抱かねばならないことがある。


 世の中には、女子情報網ブラックネットワークという非常に恐ろしい情報交換システムがある。口から口、メールからメール、掲示板から掲示板へとさまざまなアクセスルートでめぐる情報は真偽も確かめられないまま、高性能のバルサンのごとく果てしなく隅々まで広まっていく。とはいえ、火のないところに煙は立たないというように、信憑性しんぴょうせいのない情報はいつのまにか排斥はいせきされるのが世のつねだ。


 だがしかし、俺と江本さんの場合は違う。すべてが嘘偽りということではなく、若干の事実が含まれている。消化に失敗して小火ぼやがあがったのはたしかなことなので、言い逃れるのには時間がかかる。しかも江本さんは人望があり、友達が多く、なおかつ俺と同じクラスに属している。これが噂にならないはずがない。隣家から隣家へ、小火だったはずの火は徐々に猛威を奮い始め、飛び火していくように悪評は広まっていき、「ひどい男よねー」「キモイ男よねー」「エロい男よねー」といった風な目で見られるのは必然だ。


 そこで全国に住む淑女諸君しゅくじょしょくんにお尋ねしたい。可愛い少女を怒らせてたったの三日間で別れた、いわくありげな男もとい、いわくつき人間とこれから先、好意を持って接することが出来るだろうか?




 つまり――俺の青春はたった三日間でカタストロフィを迎えたということになる。





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