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ぼくは変態に恩を返さねばならない。  作者: 甘味処
第2章 玄関開けたら、2分で修羅場
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夢かうつつか ▼ フェアリーテール

 江本えもとさんを取り巻くように冷ややかな空気が立ち込めていく。すごい、夏が始まったばかりだというのに、体の奥底が冷え冷えとして鳥肌が立つ。


「……これ、どういう状況か説明してくれない?」


「えっと、その……あの……」


 目に侮蔑の色を浮かばせる江本さん。すごく怖いが、思考をフル回転させ言い訳をつむぎ出そうと試みる。


「これは違うんだ……?」

「……こ、これは違うんだ!」


「本当にそういったつもりはなく……?」

「俺は本当にみだらな本を隠しに行っただけで……そういったつもりはなく……」


「私が想像しているようなことはない……と?」

「江本さんが想像しているようなことはないっ!! …………はッ!!? なぜだッ!? なぜ俺の言葉が読まれているッ!!?」


 ……なるほど。これが俗にいうところの「以心伝心」ってやつか……。


「はぁ……浮気男の典型的な言い回しよね、呆れるくらいに……」


 いや、どうやらそういう愛らしいたぐいのものではないらしい……。


「たしかに嘘くさいとは思うけど、それ以外に言葉が見つからないんだよ! 信じてくれ! 本当に誤解なんだ!」


「誤解……なのかしら? 信じるも信じないも、私の目の前に広がる光景が真偽のほどを表しているわ。どうにも私にはあんたら二人が腕を回して、抱き合っているように見えるんだけど? しかも、片方は裸同然の格好で……」


「……う!! おい! ちゃんと自分の足で立たないといけないじゃないか!!!」

「うぅっ!」


 ささえていた月雲つきぐもの体を無情にも突き飛ばして、転げる少女にヘルプを求めた。


「ほら、月雲つきぐも! この人に俺たちの関係を説明をしてくれ! やましいことはなにもないと!!」


 こういった誤解を解くには信用を失った俺が言うよりか、月雲の口から説明してもらった方が手っ取り早い。


 ……はずなのだけれど――


「あの……その…………いや……あの……」


「……お、おい、月雲? どうして顔を真っ赤にしているんだ? 説明をほら、早く……!」


「……は、はい。いえ、違い…………ます」


 そこに――先ほどまでの饒舌じょうぜつな従妹はいなかった。やたら大きな目をギョロギョロと泳がせて、なかなか言葉をつむぎ出せずにいる。


「そうか……」


 そこで七年前の記憶がっすら蘇った。叔母さんに紹介された時、たしかコイツはずっと叔母さんの背に隠れていたのだ。えーっと、つまりは、この変態いとこは重度の人見知りなんだっけか?


「……あの……なんていうか……すみません」


 月雲がどもりながらモゴモゴと日本語を発する。


 ……のはいいが、どうして謝った?


「……あ、え、それと……大毅だいき、おいしいミルク……ごちそうさまでした」


 あれ、今、それ、言う?

 このシチュエーションで、言うッ!?


 くそったれ!! この従妹、緊張のあまりにおもいっくそテンパってやがる!


「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん……」

「は……ッ!?」


 俺の耳に風の抜ける音が届いた。いな、風の抜けるような江本さんが鼻を鳴らした音だった。


「どうやらその子は嘘をつけないみたいね。……大毅だいきと違って正直だこと」

「……いや違うんだって……江本えもとさん。なあ、月雲つきぐもぉ、ちゃんと説明しないといけないよなぁ、おい、おいってば!!」

「〜〜〜〜………………」


 何度呼びかけても月雲は反応せず、かーっと顔面を紅潮こうちょうさせて人形のようにじっとしていた。


「く!」


 どうやら、ここは俺は一人で戦わねばならんらしい。


 江本さんから発される冷ややかな視線を浴びつつ、冴えない頭でとっさに抗弁こうべんを考えた。この事態を乗り切る方法などいくらでもあるだろう。たとえば、ロジックを組み立てて自己弁護をし、無罪を立証するとか――。たとえば、男らしく江本さんの唇を奪って黙らせるとか――。


 くそう! ダメだッ!

 空回りした俺の頭ではどうしても的確なアイデアが思い至らない。


「……で、大毅、あんたからの弁明は?」

「……ごく」


 ……いやいや、待て待て待て。


 別に嘘つく必要なんてないじゃないかっ!

 やましいことなどなにもないのだからっ!


 この状況を打開するためにありのまま二人の関係を伝えればいい。ひとまず江本さんの怒気をやわらげて落ち着かせてから、ゆっくり事情を説明するべきだ。簡単には信じられない珍事だが、こういった誤解はこれから先も尾を引く恐れがある。火種ひだねは小さいうちに消しておかねばならない。


 なにせ江本都華咲えもとつかさは生まれて初めてできた、俺の“恋人”なんだから!


 なんとしてでも、“卒業式”を開式させる!


 もうこの時の俺は、目先の欲にうつつを抜かして、冷静さを欠いていたんだと思う。バッドエンドを迎えるおとぎ話のように――。


「あの、江本さん。この子はなんでもないんだ! え……と、こいつの名前は月雲美露つきぐもみつゆつって、正真正銘、俺の従妹であり、いかがわしい関係じゃない! そ、そうだな、ただの……」


 そう、ただの“従妹”であり、


 ただの“命の恩人”であり、


 ただの妖怪――





「――ハツコイノヒトなんだぁあああああッッッ!!!」





 パッシーーーーーーンッ!





 ほおに走ったビンタの刺激と鼻先掠めるドアからこぼれた初夏の風。


 俺だけのものになるはずだった甘く漂う江本さんの芳香スメルに、頭上に浮かんだ月雲の小高い二つの丘。


 俺の体の落ちるスピード――秒速50センチメートル。


「ぶわっしゃぁあああああああっ!」


 そこでようやく俺の鼻からおびただしい量の鼻血が吹き出てきた。純情な高校生の理解できる性域キャパシティを超えたのだ。


「最ッ低ッ!!!!」


「違うんだぁ……江本さんは勘違いしているんだぁ」


 まるで路傍ろぼうで野垂れ死んだドブネズミを見るような、江本さんの冷めた視線。


「……勘違い? 私がどんな風に勘違ったら、こんな状況におちいるわけ? そ、それにさっきまで抱きつきながら、まるでその子の胸を堪能するようないやらしい顔してたじゃない! まともな言い訳が思い浮かばないのなら黙ってなさいよバカァッ!!」


「…………」


 いやらしい顔をしていたのは事実だし、不可抗力とはいえ、あの一瞬で膨大なほどのよこしまな感情を抱いてしまったことも事実だ。ここは素直に謝った方がいいのか、それとも否定し続けた方がいいのか。ちくしょう、そこんとこのさじ加減が恋愛経験がとぼしいために分からない。ここは男らしくないが、下手な言葉を口にせず沈黙しているのが吉である気がする。


 黙り込んでいる俺を見て、江本さんはわずかに睫毛まつげを伏せた。そして、ぶつぶつと呟きだす。


「……あんたが私に告白してくれた時……すごく嬉しかった。私のことを高嶺たかねの花じゃなくて一人の女の子として接してきてくれたこと、本当に嬉しかった。他の男たちとは違うんだと思った。たしかに……あの時は嬉しかったの」


「あ、あのー。どうして過去形なのか……俺、すごく気になるんだが」


「いつも私に迫ってくるくだらない男たちみたいにフっちゃえばよかった。ホントそうしてればよかった。そうよね、たった三日の付き合いだものね、相手のこと、全部わかっているなんて思わなければよかった。こんな男だと気づいていれば……」


「か、過去仮定法の連発もやめようぜ。ほ、ほら、それすごく不安な気持ちになるからさ」


「……ふふ、でも、そうね。もう……いいや……」


  俺の顔は明るさを取り戻したことだろう。


「江本さん。分かってもらえて嬉しいよ」


 江本さんが若干――微笑んでくれたから――。





「別れましょう、大毅」


「……………………」





 えっと……文頭にくっついた「ワカレマショウ」とはなんの呪文だっけ? あ、そうそう、トラップカードだ。条件は「相手モンスターの属性が『甲斐性かいしょうなし』であれば発動できる」で、効果は「二人の関係を白紙に戻す」だっけか……?


「ちょばばぁあああああっーーーーーーー!!!」


 つまり、俺はフラれたと言うことか!!


「早まるな! 待って、待ってくれっ!! 話を聞いてくれッ!」


「二度と話しかけないでッ!! このたーけ野郎ッ!!」


 言葉に愛知独特の訛りがまざると、江本さんがキれた証拠だ。


「さよならッ!!!」

「待っ……!」


 無情にも閉ざされていくドアを眺めながら……俺は思った。

 もう二度と――俺のもとに春はやってこないのかもしれない、と。


「……大毅はやっぱり乙女心を分かってない」


 ふぅと息を吐き出して、呆れた表情をする月雲。


 ああ、もしお天道様が許してくれるのなら――コイツ、殴りたい。




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