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ぼくは変態に恩を返さねばならない。  作者: 甘味処
第2章 玄関開けたら、2分で修羅場
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清々しいほど ▼ イリーガル

 俺の恩人――月雲美露つきぐもみつゆは改めてこちらへ赤らめた顔を向けた。


「……久しぶり、大毅だいき。なにをほうけているの?」


「おお……おおおお……」


「……ねえどうしたの、大毅。大丈夫? すごく真っ青な顔して……」


「おおっと手が滑ったーーーーッッ!!!」


「……ひゃ!」


 俺は手元にあったふかふかのシーツを月雲の全身にかぶせて、ビニール紐を手際良くグルグルと巻きつけたあと、端っこを力強く結んだ。こうして体を覆ったのは、冷静な感情もとい理性を保つためのひとまずの方策だ。別名として現実逃避行動とも呼ばれる。


「……ねえ、前が見えないよ、大毅、大毅?」


 コイツが俺の恩人?

 この痴女が俺の初恋の人?


 おいおい、何かの間違いだろ。この奇怪きっかい珍妙奇天烈ちんみょうきてれつな生命体が俺の恩人であるわけがない。そうだ、コイツは妖怪たぐいの存在であるに違いない。幽界から俺をたぶらかすよう差し向けられた妖怪、ハツコイノヒトに違いない。


 たしかに七年前のあの“嵐の夜”からしばらく経って、俺の中にあった“あの人”の面影は消えかけていた。それにあの頃の俺たちは、まだ第二次性徴期が始まってすらなかったわけだし、従妹の姿が変わっていたとしてもなんら不思議なことではない。


 気味の悪い生命体ハツコイノヒトは毛布に体を絡めとられて、これまた気持ち悪くモゾモゾと蠕動ぜんどうしている。


月雲つきぐも、とりあえず話をしよう、な」


「……暗い、ねえ、暗いよ、ねえ、大毅」


 このままではコミュニケーションがはかれないと判断した俺はビニール紐を引っ張って、顔のある場所だけめくってやる。


「……ぷはぁ、酷いよ……なんでこんなことするの?」


「……なんでこんなことするの? そりゃこっちのセリフだボケッ!!」


 まったく意に介していないというように、月雲は首をかたむけた。


「……お前に人語が通じないことはよーくわかった。お前が従妹の月雲美露つきぐもみつゆだってのは認めたくねぇ……けど、認めてやる! ここへ潜入できたのもマンションの鍵を叔父さんに手配してもらったからであると考えてやってもいい! それにしたって普通事前に連絡するだろ! なんでよりにもよってこのタイミングに……!」


「……大毅だいき、私、ノド乾いた」


「うるせえな! 今それどころじゃねぇんだよッ!!」


「ここへ来れば、もてなしてもらえるものだと思っていたから、私、朝からなにも飲んでない。……長野県からはるばるやってきたのに、この仕打ちはあんまりだと思う」


「ち……ッ!」


 俺は部屋のかたわらに置いてあったカバンから牛乳を取り出し、ストローをぶっさして月雲の口に押し込んだ。


「むぐ……っ!」


 その代物は「おいしいミルク」と自信満々なキャッチコピーが売りの紙パック製品だ。昼飯時に飲もうと買ったまま忘れていたので、処理してもらえるとちょうどよかったりする。


「しまったっ!! こんなことしている場合じゃなかった!!」


 時計を見て気がついた。クラスメイトを外に置き去りにしたまま、すでに三十分は経とうとしている!


 クラスメイトは俺の家庭事情(一人暮らしをしていること)を知っているから、しびれを切らして勝手に入ってくる可能性がある。残念ながら玄関のドアを内側から施錠していない。だってそうだろう? 入った途端に鍵をかけたら、エロい本でも隠しているのではないかといったあらぬ(あるけど)疑惑を抱かれる。あっち系の本だけに限らず、いつ何時も余裕を偽るのがエロへの情欲を隠す秘訣ひけつだ。


 くだらないことを考えている間にも時間が刻々と経過していく。もしクラスメイトにこの状況を見られてしまったら、かなりまずい。


 ヘマを踏めば、俺の“卒業式”は――遅延、いや、永久不可!?


「ん、ん、ごくごく……私、牛乳大好き。ごくごくごく……すごく、おいしい」


 すごく、まずい。

 まずいまずいまずいまずい……。


「大毅、牛乳、飲んだ」


「ごちそうさまくらい言えっての」


「……もう一杯」


「……ち、くそ、下痢便げりべんになるくらい、あとでたらふく飲ませてやるから今はおとなしく急いで、そ、そうだな、向こうの物置きへッ! はやくッ! もうじきに、ク、ククク、クラスメイトが部屋に入ってくるかもしれねぇんだッ!!」


「……クラスメイト?」


 俺の焦燥しょうそう具合を怪訝けげんに思ったのか、月雲つきぐもは小首をかしげる。


「テメェにゃ関係ねぇよッ! いいからこっちだ! 急げッ!!」


「乱暴はいや……最低限の……作法さほう心得こころえを……」


「みょうな言い回しすんじゃねぇ!! 手首握っただけだ!!」


「……慌てる必要はない。私、大毅を困らせるつもりはないから」


 そう言いながら月雲はかぶっていたシーツを無理やりはぎとって(再び全裸に近い格好になって)、寝室から廊下に出ていってしまう。ダメだコイツ、早くなんとかしないと……。


 打開案1:クラスメイトにありのまま事情を説明する。


 ありのままの事情を……? バカな、部屋で半裸な女子がいるところを見られて事情説明もくそもないだろう。当事者の俺だって信じられない出来事なんだから。供述する前に実刑判決を食らうことはげんたない。


「トランクに着替えが入っている……から……今すぐに服を着にいくね」


 打開案2:月雲を懐柔かいじゅうして、服を着させてからクラスメイトに礼儀正しく自己紹介させる。


 ムリだ。コイツに人語が通じないことはすでに立証済みだ。


「トランクは玄関のすぐ近くに置いてある。大毅はここで待っていて。私、すぐに着替えてくるから」


 打開案3:月雲の背後に忍びより強引に口を塞いで、ビニール紐で手足を縛りつけ身動きを取れなくしたあと、物置の奥深くに固定し閉じ込めておく。備考:幸か不幸か幽閉ゆうへいできるスペースならば、この家にはたくさんある。尚、騒がれり暴れられたりされると厄介なので、その際は暴力をふるってでも言うことを聞かせる。もしくは脅しつけて恐怖で口をきけないようにしておくといいだろう。その後、身じろぎ一つできないほど全身をガッチリと固定しておくことも忘れてはならない。


 それだッ!! もはや、俺に残された道はそれしかない!!


 人倫じんりん? 人道? なんだそれ、食えるのか?


「背に腹はかえられないッ!! ままよッ!! すまんッ!!」


 俺は廊下を進む月雲に襲いかかった。と、そこで――。


「そうだ、トランクの中の服も雨でぬれてびちょびちょだった……。やっぱり大毅……服貸して……」


 ずっと前方を向いて歩いていた月雲が突然、立ち止まってこちらへ振り返った。勢い余った俺は月雲に覆いかぶさるようにぶつかってしまう。


「……な、なぁああああああッ! ばッ!!」


大毅だいき……。抱きかかってくるなんて……大胆」


「ひッ!! 背中に腕を回すな!! ばかたれ!!!」


「わ、ゃあ! あう!」


「変な声を出すな、しっかり立てやコラッ! こけるこけるってッ! うわぁ!」


 中途半端に手加減してしまったのが余計に状況を悪化させた。俺たち二人、なんとか倒れずにはすんだものの、もつれにもつれてアンバランスな姿勢のまま身動きがとれなくなってしまった。月雲は爪先で立ち、それをささえるように俺は彼女の背中に腕を回している。


「〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!」


 ――ここで、ぜひとも上半身の下着を着用していない半裸な少女と密着するといった状況を如実にょじつに想像してもらいたい。指の先に伝わるしっとりと滑らかな月雲の肌。耳にかかるあたたかい吐息。そしてなんといっても胸にぶつかった柔らかなインパクト。髪の毛が鼻先近くにあり、得もしれないシャンプーの香りが鼻腔びこうを刺激する。緊張のあまりにドンドン早くなっていく鼓動――。しかしながら、これはどっちの鼓動だ――俺のか、はたまた月雲のか。それにコイツの体がとにかく温かい。――つたない表現で申し訳ないが、どうだろう、少しは想像が出来ただろうか? そのイメージを五割増したのが、俺の今の心境であると思ってもらいたい。それにしても、この胸板に押しつけられている物体はなんだ! くそ、でかいぞ、ちくしょう! 小柄な体型のわりにでかいとは思っていたものの見た目なんかよりもだいぶでかい。それに柔らかい。バカな、これが肉だと? 俺の知っているニクの柔らかさをはるかに凌駕りょうがしている。人差し指と親指でわっかを作ってほおにめり込ませ、擬似乳ぎじちちを作り指の先でつついてみたことならばよくあったが、とてもとてもそのレベルではない。そう、俺の胸元にあるそれはホンモノなんだ。急がなければならないのに、くそったれ! 呪縛されたように体が言うことをきいてくれない! 「……どうかもし、もし許されるのならば、もう少し……もう少しだけ、こうしていたい……アーメン」と脳みそが俺の筋肉に懇願こんがんしてやがる。そして筋肉も「なにをいっているんだ! ふざけるのはいい加減にしろ! 男子高校生として胸に欲情するのは当たり前じゃないか!! 素直になれ!!」なんて勇ましいセリフをはいてやがる。また、心臓は「おっぱいだぁあああ! うっひょぉおおおい!! やったぁあああああ!! おっぱいだぁぁああああああ!!!」と恥じらいもせずに大喝采をあげてやがるし、俺の理性は「……………………」ああ、ダメだ、黙認を決め込もうとしていやがる!! くそ、無意識のうちに表情筋が弛緩しかんしていく。自然、笑みがこぼれる。今現在の俺は鏡で見たくないくらいレベルのだらしない顔をしているに違いない。……見くびっていたぜ、シャツ一枚を挟んでいても、これほどの破壊力を発揮するとは! いかん、落ち着け! 落ち着け!! じかに触ってみたい欲求よ、沈まれ、収まってくれ!! 両手が彼女の乳に吸いよせられていく――――少しくらいなら――――いやいや、ダメだ。それはダメだ。えねば、こらえねば……!


 と――そんな時、ガチャリと玄関のドアノブが回った。その音で俺は我に返った。


「……ッ!?」


 開かれたドアの向こう側から生ぬるい風が入ってくる。上りかまちには濡れたスカートのすそを払いながら靴を脱ぐ、クラスメイトの姿があった――。



「ちょっと大毅だいき。さっきからなにドタバタしてんのよ? それと女の子をいつまで待たせるつもりなの? 待っていられなかったから勝手に入ってきちゃった。ふふふ、べつに今さらエロ本とか隠さなくてもねえ大毅だいき、これどういうこと?」



「え、江本えもとさん……っ!?」



 クラスメイト(女)の江本都華咲えもとつかさ――。春から夏へ、夏から秋へ、秋から冬へと――江本さんの顔面に季節の移ろいが観測された。




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