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ぼくは変態に恩を返さねばならない。  作者: 甘味処
第3章 空前絶後の3日間の青春
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いらぬ存ぜぬ ▼ サプライズ



 晩飯食い終えてすぐに三百ミリリットル、月雲が風呂に入っている最中に七百ミリリットル、計一リットルの涙をこぼしたのちに俺は決心を固めた。


 一年前に閉まったきりの電話帳を物置きの奥深くから引っ張り出してきて、スマートフォンを握りしめる。スベスベな画面をタップして長野に住む叔母さんの家、つまりは月雲の実家の電話番号を入力した。七年ぶりだったから俺は緊張していた。


 プルルルル……プルルルル……と二回鳴ったのち呼び出し音が途切れた。


「……どちらさまだ?」


 電話越しから聞こえてくる高圧的な態度。案の定、まったく記憶にない声だったが、これはきっと長野のおじさんの声だ。よくよく思い返せば渋い声音からは懐かしさが感じられ、ノスタルジックな情感を催す。


「もしもし、木更津きさらづです、名古屋の木更津大毅です。お久しぶりです、おじさん」


「わははははっ! ああ、きみか、久しぶりだな!」


 通話相手が俺だと認めると彼は豪勢に笑った。


「今さら事情は説明しなくとも構わないと思いますが、その…………あの……」


「なんだ、言いたいことがあるならば、ハッキリと言ってみなさい」


 ではお言葉に甘えて、遠慮なく……。




「テメェ一体どういうつもりだッッッ!!!!! なんてもん送り込んできやがるッッッ!!!!!」




 当然――俺はひどく激昂げっこうしている。


「はははっ! その戸惑いよう! 美露のことだな!」


 おじさんのバックグラウンドから「ふふふ」「あはは」とのんきな笑い声が聞こえるところ、どうやら親戚の家には人の不幸をおかずに飯を食えるタイプの連中ばかりが集まっているようだった。


「すまんすまん。ことの仔細しさいを話そうと何度か電話をかけたんだがな、どうもいかんな、時間が合わなくて」


「愛知と長野に時差はないはずです! わざと連絡しなかったとしか思えません!」


「そうだな、きみを驚かせたいという気持ちもあった。まぁ、アイツのことは私からのサプライズプレゼントだと割り切って面倒みてやってくれ」


 えーっと、サプライズプレゼントってなんだっけ?


 サプライズプレゼント――例文:「今日は付き合って一年目の記念日だね! サプライズプレゼントがあるの!」「ありがとう! ぼくからももちろん用意してあるさ! この指輪を受け取ってくれ!」「おやまあ! 嬉しい!」


 ああ、そうだ。あれか、サプライズされた方もサプライズした方も共々しごく嬉しいやつだ。もらって嬉しいはずのサプライズプレゼントのせいで、俺は江本さんとの交際を絶たれるはめになったわけか……。




「ざっけんじゃねぇえええええッッッッ!!!! とんだ吃驚箱ハニートラップじゃねぇかぁああああッッッ!!」




「……なんだ? 気に召さなかったか?」


「気にメスもオスもないッ! いやそもそも半裸の娘をサプライズプレゼントとしてよこす親がどこにいるッッッ!!!?」


「………………半裸……だと?」


 ……しまった。失言。


「……貴様、まさか。うちの娘と……およんだのか?」


「いえ、そんなまさか。なんでもないです。あは、あはははは」


 不意に発されたおじさんの低い声は、身の毛がよだつほどの迫力があった。


「それより、どうして月雲……美露さんは名古屋こっちの高校に編入することになったんです?」


「まぁなんというか、ここだけの話、アイツには社会性が欠けていてな」


 それはここだけの話――ではないと思ったが、当然口にはしない。


「学校でもアイツは、クラスで孤立して一人だけ輪の内に入れなんでいた」


「はぁ……」


 そんなこったろうと想像していたが、やはりそういった系の理由だったか。正直、アイツに友達がいようといなかろうと、どうでもいいのだが――。


「だから親元を離れて一人で生活させるのはいい経験になると思ったんだ。まさしく可愛い子には旅をさせよってやつだな」


 ハキハキと話すおじさんの言葉を聞いている俺の脳裏には、獅子が子供を崖から突き落とす映像がアリアリと浮かんでいた。


「それと――美露につきまとっていた変質者から逃げるためでもある」


「へ、変質者……ですか?」


「ああ、けしからん変質者だ。私はそいつにえらく辟易へきえきしていてな。そばにおいておくのは危険だと親心から判断した」


 まさか月雲当人が変質者なだけではなく、変質者である月雲に“つきまとう変質者”までいるというのか。まるで合わせ鏡みたいな構図だな。「その変質者というのは鏡に写ったお嬢さん自身だったんじゃないんですか?」――などとは言えるはずもなく……建前上、心配したふりをしてみる。


「……警察に連絡は?」


「警察に言えない深い事情があるんだ。聞いてくれるな」


「はぁ……」


「さすがに……あのやからが名古屋まで追いかけていくようなことはないと思うが……」


 よほど迷惑しているのか、おじさんの口調に強い憎しみが感じられた。


 長野からわざわざ一人の女の子を追って名古屋へくるような人間がいるのならば、「その変質者の想いも認めてやるべきなのでは?」とは内心で思った。俺には――出来なかったことだからだ。


 おっといけない。話が大きく脱線してしまったので、「それで、なんで俺の家が選ばれたんです?」と、話を戻して単刀直入に訊ねてみた。ここでようやく本題に入れる。


「名古屋の高校へ編入させてやるのにかなり資金を費やしてしまった。その……なんだ……ありていに言ってしまえば金がなかった。農家の経営は苦しい」


「……そっすか。ご苦労様です」


 それでコネをたどった末に「親戚の大毅くんの家で暮らすのはどうだろうか?」――という話に至ったわけか。……にしたって、一人暮らしの男の家に娘を預けて平気なのだろうか。まあ、たしかに親戚の家ならば少しは安心できるのかもしれんが……。


「それと、その、なんだ大毅くん……――」


 どうしたのだろう。先ほどまで豪勢だったおじさんの態度から発されたとは思えないほど、神妙しんみょうな口調だった。


「――……今まですまんかったな」


「な、なんですか、急に……」


「あれから七年間、私は結局なんもしてやれなんだ。成長において大事な時期だったからこそ、きみの過去に触れないようにしていることしか……きみと連絡を取らないのが一番無難な選択だと判断した……いやそれは言い訳だな。どのように接していいのか分からなかったんだ」


 ああ……そのことか。たしかに七年の間ずっと長野の親戚から連絡がなかった。気まずくて俺の方からも連絡はしなかった。だけれど、下手に気を使われていたらもっとむなしかったように思う。人の優しさを素直に受け止められるほど大人ではなかったからだ。


「別にいいっすよ。俺は……いえぼくは、七年前のあの日、ぼくはおじさんの娘さんに救われたんですから。月雲には……なによりも恩がありますし。それ以上のものを求めたらおこがましいってもんです」


「……まぁ、それはそうかもしれんが」


 実をいえば今日――月雲と再開を果たしてからずっと俺は記憶を疑っていた。七年前のあの時、俺を助けてくれたのは本当に月雲だったのかというわずかな疑念。それが今おじさんが肯定したことから、月雲に助けられたことがやはり事実であったと知れた。やっぱりあいつが“嵐の夜”に俺を救ってくれた――命の恩人なんだと。


「ともかく……私は君のことを信じている。安心して娘を任せられると思っている」


「まぁ信じる信じないは構いませんけど、そんなことよりもアイツの家具とかどうすんです? そっちから送られてきたもの、全部、米と野菜だったんすけど……」


「ああ、そのことか。そのことなら心配しなくてもいい。まあ、前例に従って農家は経営が苦しいために送ってやれる家具なんてなかった。だから、そこらへんは東京に住む三森みつもりさんに一任してある」


「叔父さんに?」


 三森みつもりさん――三森大和みつもりやまと――というのがくだんの俺の叔父だ。分かりやすく言えば、俺の部屋にマンションの一フロアをあてがってくれた成り上がりの金持ち――損得勘定の出来ない“バカな叔父さん”のことだ。


 東京の叔父さんと長野の叔母さんの関係は血のつながった兄妹、つまり俺の母親の血縁者となる。だから東京と長野の家の交流は固く、定期的に日帰りバスツアーや温泉旅行などに行くことがあった(基本的に叔父さんの資産で)。


 ただし、叔父さんの家で暮らしていたのにもかかわらず、そういったことに一切同行しなかった俺だけが長野の家と縁がない。過去を思い出したくなかった俺が避けていた――とも取れるだろう。


「農家自慢のレタスを送ることにしたら、三森さんはたいそう喜んでおられたてなー」


「レ、レタス……ですか?」


「たいへん気に入ってもらえたため、“レタス三玉”と“家具一式”を交換してもらえることになったわけだ」


 わかってんのかな、東京の叔父さん……バカだバカだとは思っていたけれど、まったく割に合ってないよ。


「ということで、月雲の家具一式や生活品はじきにそちらの家に送られることになるだろうな」


「あ、それと長野のおじさん。月雲……あいえ、美露さんが写真を送ってくれと言ってましたけど?」


「……写真?」


「ほら、七年前に俺と美露さんと叔母さんの三人で撮ったやつです」


「ふむ、そんな写真あったかな……。身に覚えがないが……わかった、探しておこう。見つかり次第そっちへ送る。では美露のこと、くれぐれもよろしく頼んだぞ」


「ああ、はい。分かりました」


 簡単に挨拶をしてから通話を切断した。同時に「分かりました」とついつい発してしまったことを後悔し、ベッドで悶絶もんぜつした。


「うぅ……ついつい正式に引き受けちまった……」


 ただ――たしかに、俺はあの従妹へんたいに恩があるのもたしかなことだった。家においてやることが月雲のためになってくれるのであれば、まぁ、それくらいならば悪くない提案――なのかもしれない。絶好の機会と表現するのはやや大げさであるが、あいにく部屋なら持て余してるし、あとは俺が意識せねばすむ話だ。



 少しずつでも――あいつに恩を返していければモヤモヤが解消されるような気がした。


 あの日からずっと胸にわだかまっているモヤモヤが――。






次回 明後日(真実)


第4章 4の五の言うなら同情しやがれ!


「細切れな追憶 ▼ バイオグラフィー」


 ちなみに、この物語は全10章で構成されています。主人公の過去はちょっとずつ明かされていきます。次章から登場キャラクタが増えていきます。どうか、おつきあいくださいませ。

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