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ジレンマ、という言葉がある。
日本語で言えば「板挟み」という奴だが、人間生きていく上で、このどうしようもなく理不尽で不条理で、しかし有り触れたシチュエーションに出くわすことは不可避だ。
人間はそういうところで自分の持つ能力を無意識に推し測り、勝手に絶望したり舞い上がったりする。人間とはそういう生き物であると思う。
蜂須賀未衣は、突如放り込まれたそんな「板挟み」な状況に苦しんでいた。
いや、こんな冒頭こそ突如そのものだろうという声が既に聞こえてきそうだが、蜂須賀はそんな「突如」ではなく、この「ジレンマ」に悩みの種を撒かれたのだ。
「ん、どうした蜂須賀、食べないのか?」
「あ、いやーその、えっと...」
そのジレンマというのは、ダイエット中の彼女に「突如」舞い降りた、ショートケーキを食べるチャンスのことである。それが何故板挟みになるのかはお察し。
「あ、じゃあそれボクがもろてもええ?」
「お前はもう食っただろ」
「えーそんな、捨てられるよりマシやん、なあミーちゃん?」
「えっ、いや...」
何だか食べない前提になっていまいか。
「あっ、蜂須賀、まさかお前...」
黒滝壺美はいかにもといった「察し」顔をした。
「すまんな、まさかダイエット中だとは...」
「い、いやだから違いますって!ああもう笠置さん食べないで!」
蜂須賀は真っ白な顔を紅潮させてがなり立てる。
いや、「真っ白」という描写はここでは誤植とか世辞ではなく、本当に肌が真っ白なのだ。
色素欠乏症。
それが彼女の抱える疾病だった。分かりやすく言えば、極端に色素が薄いことである。
先ほど蜂須賀の顔の肌を「真っ白」と言ったが、厳密には血の色がほんのり透けて薄桃色をした童顔だ。
髪は癖も無く艶こそあるものの、雪をかぶったように白い色をしていた。
そして、淡い赤色をした印象的な丸い瞳。これは虹彩の色素が抜け、血の色がむき出しになっているのだ。
色合いだけを見れば不気味であるが、よく見れば可憐な容姿をしている。
「ん、なんやミーちゃんダイエットしとんの?そんな気にするほど太ってはないと思うけど...」
笠置明人は無害そうな笑みを浮かべ、フォークを持った手を止める。
「え、そ、そうですか?いやでも...」
笠置の言葉を愚直に受け止めた蜂須賀を横目に、田倉崎諭宇が小さく笑う。
「はは、先輩、別にこいつに気遣わなくてもいいっすよ?きちんと現実を直視させていかないといだだだだだだだだ!!!!」
「あんたは黙っててよ田倉崎ィ!」
蜂須賀が履いていたのは幸運にもスニーカーだったが、それでも田倉崎の爪先を踏んで悲鳴を上げさせるのには十分だった。
さて、諸君がまず疑問に思うだろうこと、「こいつらは何者で、どのような集団なのか」。
率直に説明すると、彼女達はM大学農学部の学友であり、ミステリ研究会のメンバーである。
志を同じとする彼らのはずが何処と無く凸凹なのは、彼らのそれぞれの生い立ちの違いのせいだろうか。否、それはまだ語るに尚早。
まずは彼らの、とある事件における活劇をご覧に入れようか。




