上 The Intruders
イングランド帝国・ヴェリングシティ。その郊外に一軒の富豪の屋敷がある。
アルファード・キュバス。僅か16歳にしてこのキュバス邸の当主となった、色白で病弱な美少年である。短く切り揃えられたシルバーブロンドの髪が、窓から吹く初夏の風で微かに靡く。
「よい天気ですな」
アルファードにそう声をかけたのは彼の2倍以上歳を重ねている執事。彼と同じ窓から同じ景色を見ながら、オールバックの髪とお揃いの黒い顎髭を撫でている。
「そうだね、ルーガン」
ルーガン・ゼオドールは今日も主の無事に心から感謝していた。
その穏やかな情景はずっと続くと思われた……のだが。
「!?」
その窓の外から黒い影が突如近付いてきたかと思えば、そのまま窓ガラスを破りルーガンに鋭い一撃を浴びせてきた。
「かはっ……!」
「ルーガン!」
その不意打ちは、たった一発でルーガンを気絶に追いやった。素手で氷を砕く強靭な肉体を持った執事が、だ。
邸内で警報機のけたたましい音が鳴り響く。
その音は12歳という若さでメイドを務めている時雨・アリア・ナシュバーンの耳にも確実に届いていた。
(一体何が起こったんだろう……?)
疑念を胸に抱いたまま、彼女はメイド長室へ急ぐ。小柄ながらその腰に身の丈の半分程はある片刃の剣――日本刀を引っ提げて。
「皆さん揃っていますか?」
集まったメイド達に対するメイド長による出欠確認。
「こちらは全員います、母……メイド長」
時雨の返事。メイド長は名をソフィア・ナシュバーンといい、時雨の上司であると同時に養母も兼ねている。「アリア」は彼女が付けたミドルネームだ。
因みに、最初から独りだった時雨の生みの親については知る由も無いが、少なくとも純粋な日本人であることに違いは無い。短く刈った黒髪と鈍く輝く黒瞳がそれを証明している。
「キルティ・キルテイア、到着しております」
落ち着いたアルトボイスがセミロングストレートの銀髪と共にメイド長室に現れた。時雨よりそこそこ年上のはずなのだが、正確な年齢を知る者は本人を除いて存在しない。
165cmという女性の中では若干大柄なキルティは、大きな刃と刺突部を持つ棒状の武器をその肩に抱えていた。俗に長柄斧や棒斧と呼ばれるものである。
「こちらもOKですよん」
キルティとはまるで何もかも真逆な雰囲気を持つメイドがそれに続いた。短めに纏められた金髪ツインテール少女。
背は時雨とそう変わらないサイズなのだが、年齢は(恐らく)キルティの方に近いようだ。体型に不釣合いに育った巨乳がその証拠と言える。
更に、腰部から臀部に至ってはそれ以上の不自然な広がりを見せている。
このシアズ・ナロン・トゥーニィという名のメイドは時雨に日本刀を学ばせた張本人でもあった。
「これで全員ですね」とソフィア。腰まで伸びる金髪と穏やかな顔つきが慈愛の深さを醸し出している。
「……賊の集団がアルファード様を人質に立て篭もっているというのは本当なんですか?」
「ああ……その通りだ」
キルティの質問に答えたのはソフィアではなく、その背後から現れたルーガンだった。
「おっさ……ルーガン!」
その執事の頭からは酷く血が流れており、ダメージが深いことを物語っていた。
「私は大丈夫だ……それより、アルファード様を早く……!」
「ルーガンは私が看ておきますので、貴女達は賊の始末をお願いします」
「はい!」
一同は返事をすると、人質が捕らえられている大広間を目指して駆けていった。
メイド長室を出たばかりのメイド達を、黒光りする金属鎧を身に纏った武装集団が出迎えてきた。
「早速お出ましってかい……せーのっ!」
シアズは軽く飛び上がると同時にメイドスカートの中からボウガンを素早く取り出し、賊に狙いをつける。異性から見てこれ程色っぽい仕草は無いだろう。胸以外がそこまで大人びていないのが残念ではあるが。
そして小さな音と共に矢が発射される。しかし、その矢は敵の体に刺さることなく鎧に弾かれる。
「何なのこいつら、硬すぎー!」
ぼやくシアズを横目に、今度は時雨がその標的に近付く。
「破っ!」
縦に走る剣閃。居合の刃で鎧ごと体を引き裂かれ、敵は断末魔をあげながら倒れた。刀身が普通の西洋剣より鋭く硬いのは知る人ぞ知る豆知識だ。
「おぉー、相変わらずいい切れ味だねぇ」
「ええ、いつ見ても素晴らしいものですね」
一瞬戦闘中なのを忘れて時雨の太刀筋を褒めるシアズとキルティ。時雨はそれに少し顔を赤らめながらも次の敵に狙いをつけていく。
「あたしらも負けてられないねぇ」
先行し迅雷の如く切り裂いていく時雨を見送るシアズ。赤い絨毯に賊の赤い血が染み込んでいく。
「珍しく意見が合います……ねっ!」
キルティは時雨が倒しそびれた敵を纏めて薙ぎ払った。ある程度以上の腕力には金属鎧も為す術は皆無だ。
「キルティもやるじゃん。こりゃあたしの出番無しかな」
「シアズもそう言わずにちゃんと働いて下さい」
「へいへい」
キルティの言葉を受け、仕方なく援護射撃を始めるシアズ。ボウガンの矢の嵐の隙間を縫ってキルティは斧を叩きつける。見事なまでの連携攻撃。1年2年程度の付き合いではこの連携は生み出せまい。
暫く進撃を続けていた二人の下に、時雨がバックステップで戻ってくる。
「時雨ちゃん?」
「こいつ……出来る」
時雨の呟きを耳にして二人は前方を見る。
そこには他に比べて大柄な賊が待ち構えていた。大型の柳葉刀を軽々と振り回しながらゆっくりとメイド達に迫ってくる。
シアズはすかさずボウガンを連射する。しかしやはりダメージは通らない。
「……」
痺れを切らしたのか、賊が突如柳葉刀をシアズに投げ放ってきた。それは彼女の顔を僅かに掠め、背後の壁に突き刺さる。
「ちょ、ちょっと! 乙女の柔肌にいきなり傷を付けるってどういう了見よ! あんた童貞ぃ!?」
「いや、童貞かどうかは関係無いと思う……」
冷静に突っ込む時雨。だが、それ以上に冷静な人物がいた。
「キルティ!」
得物を手放したのを好機と見たか、キルティが金属兜に覆われた敵の頭部目掛けて武器を振り降ろしていた。捉えた――かと思われたが。
「……っ!?」
激しい金属音と共にその刃が途中で止まってしまった。金属の小手によって挟まれていたからだ。顔はよく見えないが、ニヤリと嘲笑われたような気がした。
「白刃取り? こんな西洋の地でも有名なのかな?」
白刃取りは左右及び下方向への力をほぼ完全に無力化する。だが、前後のベクトルに対しては――
「はあああぁぁぁぁっ!」
キルティは斧を全力で押し出した。
「ぐおおぁっ!!」
鋭い穂先が兜の隙間にめり込み、敵の急所に致命傷を与えた。その体は勢いで後ろに倒れ込み、そのまま動かなくなる。
「敵が減ったよ、やったねキルティちゃん!」
「そんなこと言ってる場合ですか。早くしないとアルファード様が……」
「私もキルティに同意。敵はいつまでも待ってはくれない」
「分かった分かった。じゃあここからは個別撃破ってことで」
丁度この先の道が3方向に分かれていた。1つは裏手に、残りは正面入口に通じている。
「ついでなんだけど、賭けでもしない?」
シアズからの急な提案。
「賭け?」
「あたしが裏の方行くから二人は正面の方行って。んで、先に辿り着いた方が何でも言うこと聞いてもらう。あたしはケーキ1週間分を奢ってもらうってことで」
「シアズ、そんなことしてる余裕は――」
時雨が止めようとするが、
「いいでしょう。じゃあ私達の方が早かったら……シアズは1週間、私達の身の回りの世話をする。それでいいですか?」
「キルティ!?」
喧嘩で言う所の買い言葉。付き合いが長い故の張り合いだろうか。
「上等。それじゃ早速スタートっ!」
そのままシアズとキルティは十字路の左右の方へ各々走りだしてしまった。
「…………」
仕方なく時雨もその賭けに乗ることにして、正面の道を走り始めた。
「ふふっ……そろそろ本気、出しちゃいますかね」
シアズが満面の笑みと共に呟いたその言葉は目の前の敵以外には聞こえていなかった。
上下合わせて前作「Black Memories」1話分ちょっとぐらいで終わると思います。
世界観についてはまだまだ構築途中なのですが、実は「Black Memories」と同じ世界の出来事だったりします。
感想・挿絵など随時募集。
余談ですが、「柳葉刀」について。これは一般的によく「青龍刀」と誤用される幅広の曲刀のことです(「青龍刀」とは正確には青龍偃月刀のことを指すらしいです。Wikipedia情報)。
前半締めの言葉に替えて、少しだけですが元ネタの存在する部分の抜粋なぞを(またかw)。
「早速お出ましってかい……せーのっ!」→せーのっ!(ゆゆ式OP曲タイトル)
「あんた童貞ぃ!?」→あんたバカぁ?(惣流・アスカ・ラングレー/新世紀エヴァンゲリオン)
「敵が減ったよ、やったねキルティちゃん!」→「友達が増えるよ!」「やったねたえちゃん!」(たえちゃん&コロちゃん/コロちゃん(18禁漫画))
……シアズの台詞ばっかりですね、何かすんません。w