scene8
Scene8
そんなこんなであっという間に夏は過ぎ、紅葉の季節も過ぎ、冬季休業期間に入ったある日のこと。
事件は起きた。
俺は休み明けに提出しなければならないレポートを作成していた。炬燵で暖まりながらノートパソコンと面して、資料を見ながら黙々とキーボードを打ち、時々お茶をすする。なんということもない、ありきたりな日常。
そこに突然、恐怖が襲い掛かってきた。
俺は集中していたため気付くのに一瞬遅れたが、腹のまわりを何かが締め付けている。ベルトがきつかったかな、なんて思って見たら、そこにはなんとタツオがいた!
俺は凍りつき、身動きひとつできずにいた。するとそこに「はぁーすっきりしたぁ」とのんきに言いながら武藤がやってきた。おそらく、タツオに餌をやろうとしてケースを開け、やっぱりトイレに行ってからにしようと思ってそのままにしていたのだろう。御手洗いを済ませている間にタツオは人肌を求めてケースから脱出し、俺の元へとやってきた。そういうことなのだろう。
凍りつきながらもなぜか冷静に状況判断をしている間にも、タツオはゆっくりと動きながら俺に巻きついている。
「……あれっ!? タツオがいない! どこだ!?」
武藤が慌てて辺りを見渡す。
「なあ笠木、タツオどこにいったか……」
そして俺に視線を移して訊ねかけ、その腹にタツオがいることに気付き「やばっ」と小さく叫んだ。そして急いで俺に駆け寄り、タツオを解いて俺から離した。
「すまんっ笠木……平気か……?」
心配そうに武藤は訊ねた。
しかし、俺の中にあったストッパーは恐怖によってことごとく崩れ去ってしまった。
「……平気なわけ、ねぇだろっ……」
「笠木……」
俺は立ち上がり、パソコンと散らかっていた資料を急いでまとめてリビングを出た。そしてとりあえず必要な荷物をバッグに詰めて、
「武藤、俺はここを出て行く」
「えっなんで」
「だってもう無理! そいつとは一緒に暮らしたくない!」
泣きながら部屋を出て行った。
「笠木っ待てっ!」
「待たない! 追いかけてくんな!」
武藤は急いで俺を追いかけてきたが、下に降りた時には俺はもうタクシーに乗っていた。なんと都合よく通りかかるのだろう。
「駅までお願いします」
「笠木!」
そうして、俺は実家へと帰った。
もう、あの部屋では暮らせない。
荷物がまだ残っているが、武藤がいない間にまとめて持って帰ろう。そうだな……あいつらも正月は実家で過ごすだろうし、三日くらいは部屋には戻らないだろう。
決意を胸に、車窓から見える景色をじっと見つめた。