scene11
Scene11
《一方、表札に武藤と書かれた民家では、久し振りに帰ってきたブルーな英和兄ちゃんを弟の和佳くんが慰めていた。》
「だからタツオを連れて行くのはやめた方がいいって言ったのに……まぁ離れたくないのはわかるけどさ」
「……うん……」
笠木は、泣きながら部屋を出て行った。
あの様子では、もう戻ってこないかもしれない。
「ようやく、本当の意味での友達ができたと思ったんだけどな……また、他の人たちみたいに微妙な距離を置かれるのだろうか……」
ふぅ、と寂しい溜息をつく。それを見て、和佳が言った。
「兄ちゃん、諦めるの?」
「……え?」
俺はタツオを撫でていた手を止め、弟の顔を見た。まさにキリリとしている。
「確かにケースをうっかり開けたままにした兄ちゃんが悪いけどさ……前に兄ちゃんが家に連れて来た人たちは、タツオのことを知って、なんとなく兄ちゃんにも近付かなくなったじゃんか。でも笠木って人は、タツオを部屋に連れて行っても逃げたりせずに一緒にいてくれた。今までずっと我慢してくれてたんだろ? 別に兄ちゃんのことが嫌になったってわけじゃないだろうし。そんな人、今までいなかったじゃないか。なのにそんな簡単に諦めていいのか?」
「……和佳……」
俺は猛烈に感動した。なんて出来のいい弟なんだ。
「ああ、そうだな……そうだよな。ありがとう、和佳……俺頑張ってみるよ」
「その意気だ!」
ついっと涙ぐんだ目を指で拭き取り、俺はケータイを開いた。
《その頃、笠木家では。》
「ねぇ秀一、今年は紅白どっちが勝つと思う?」
「別にどっちでもよくね?」
「そうだね」
姉のどうでもよい質問とあっさりした返事を聞き流し、俺はバリッといい音をたてて煎餅を食べていた。しばらくして姉が炬燵から離れてどこかへ行ったとき、ポケットに入れていたケータイがブルブルと振動した。
「メール……武藤から……?」
そういえば、今まで何の連絡もなかったな。
ふと思い、俺は本文に目を通した。
『タツオのことは本当にすまなかった。悪気があったわけじゃない、うっかりしてたんだ……。俺は、笠木とルームシェアして本当によかったと思ってる。お前はずっと我慢してくれたし。今まではタツオのことで逃げられてばっかだったから……。俺にもようやく本当の友達ができたんだって思って、すごく嬉しかったんだ。笠木、もう部屋には戻ってこないつもりだろ? 頼む、二度とあんなヘマしないから戻ってきてくれ。お前がいる時は絶対にケースからタツオを出さないようにするから。お願いだ』
読み終え、とりあえず俺はケータイを閉じた。
まるで離れていってしまった恋人を呼び戻そうとしているみたいだな、などとのんきに考えていたが、次第に罪悪感という名の漣が静かに押し寄せてきた。
なんてこった。そんなことまでいわれては、俺の決意も崩れてしまう。
「……そうか……お前にとって俺は、そんなに大事な存在だったんだな」
俺は悲しい決意をしたことを後悔し、年が明けて荷物を取りに行くという計画をやめることにした。