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姉に手が届かないから私で妥協したのですよね?

作者: 時宮珈琲店



「なに思いあがってるんだ?」

「……え?」

「俺が好きなのはおまえじゃなくて姉のレイラだ。レイラと親しくなれるかもしれないからおまえと仲よくしただけ。そうじゃなかったら、おまえみたいなブスでつまらない女とだれが付き合うか」


 恋人、だと思っていた。


 私に声をかけてきたのは彼のほうが先。婚約の話を出してきたのも。

 でも彼がやたらレイラおねえさまのことばかり気にするから、なにかおかしいと思って問いつめたら彼は私にそう言ってきたのだった。


「おまえみたいな女で妥協してやるんだ。ありがたいと思え」


 これまでの紳士さはどこへ行ったのか。

 いきなり獣のような形相で襲いかかってこようとした彼からなんとか逃れ、その日、私は自分の部屋にこもってひとりぼっちで泣いた。


 もう何度目かの失恋と。

 自分でも薄々わかっていた事実を、恋人だと思っていた相手からはっきり突きつけられて。


 私には一歳年上の姉、レイラおねえさまがいる。

 彼女は絹のようなブロンドに深い海を思わせる青い瞳を持っている。そしてこの国のだれよりも美しい。幼い頃から彼女の美貌は評判で、早々と第二王子との婚約を決めていた。


 下手な男性では手が届かない、一等星のような姉。


 その輝きの前では私なんていないも同然だった。

 野暮ったい黒髪と黒い瞳。浅黒い肌。母ではなく見事に父の容姿を受けついでしまった私は周りからは完全にいないものとして扱われていた。

 いいなと思う男性がいても彼らはみんなおねえさまを見ていて、私はだれかに恋をした瞬間に失恋が決定づけられていた。


 パーティに私だけ招待状がこないことなんてしょっちゅう。両親はそのことをなんとも思わない。

 おねえさまだけはちゃんとそれに怒ってくれるけれど、どんなに着飾ったところで私が彼女の隣にならべば私の醜さとおねえさまの美しさが際立つだけだった。だから──招待状がこないことはかえってありがたかった。


 そんな中で初めて恋人ができた。子爵令息のダニエル。

 彼は言った、「どうしてみんなきみの美しさに気づかないんだろうな?」と。


「レイラだけじゃなくてネリーのことももっと見ればいいのに」


 それは私がずっとほしかった言葉だった。思わず涙を浮かべる私をダニエルは優しく抱きしめてくれた。


 ああ、このひとだ。このひとが私の運命のひとなんだ。

 そう信じていたのに──。


「……ばかみたい」


 私なんかがだれかに好きになってもらえるなんて。ましてや、おねえさま抜きで見てもらえるなんて。

 そんなこと、あるはずなかったのに。





 おねえさまは私のまぶたが腫れていることに気づいて「どうしたの?」と心配してくれたけれど、まさか恋人がおねえさま目的で近づいてきていましたなんて話せるはずがない。


 私は力のない微笑みでごまかした。おかあさまとおとうさまは私の変化に気づきもしなかった。当然だ。

 どうせ──ふたりにとって、私はいらない子なのだから。


 それはダニエルの一件からすこししてだった。私のもとにある縁談の話が届いた。

「ダフィールドさまからですよ。ライナス・ダフィールドさまです」と興奮したようにおかあさまが私に告げる。


 ライナス・ダフィールドさま。公爵令息だ。爵位は私の家より上。

 この前の誕生日パーティに呼ばれたけれど──彼と楽しげにおしゃべりされていたのはおねえさまだ。


「……ほんとうですか?」

「間違いありません。一度、あなたとお話ししたいから屋敷へきてほしいと書かれています」

「おねえさまとお間違えではなく……?」

「レイラとスティーヴ殿下の婚約を知らない人間はこの国ではだれもいませんよ。

 この機会を逃してはいけません、ネリー。さっそく新しいドレスをあつらえましょう」


 いつもはおねえさまのお下がりなのに……。


 降って湧いた婚約話におかあさまは躍起になり、私を放ってどんどん話を進めていく。見ていられなくて私はつぶやいた。


「でも。ライナスさまも、ほんとうはおねえさまとご結婚されたかったのかもしれませんね」


 おかあさまはきょとんとする。そして言った。


「そんなの当然でしょう?」

「え──」

「なにをわかりきったことを言っているのですか。あなたのような娘を選ぶ殿方がいるわけないでしょう? ライナスさまのお目当てはレイラに決まっていますよ。ですがレイラはもう相手が決まっているから、仕方なくあなたに縁談をよこしたのです」

「…………」

「レイラのおこぼれでなにが悪いのですか?」


 私は──。


 私はなにも言えなくて、ただ、顔をうつむけていた。この世で一番だいきらいな顔を。





 二週間後、母同伴で私はダフィールド邸へと向かった。馬車の中で母が口うるさく言ってくるマナーの話はすべて耳を素通りした。


 ──おねえさまはこの縁談を自分のことのように喜んでくれた。

 そう。おねえさまは、私のことを大事な宝物だと心から思ってくれている。


 それがつらい。

 おねえさまが童話にでてくる意地悪な義姉や継母のようだったら、私はもっと自分を憐れむことができた。おねえさまを引きたてる名もなき妹じゃなくて、ちゃんと、悲劇のヒロインになれたのに。


「あなたはなにも言わなくていいですからね、ネリー」

「……はい、おかあさま」


 ダフィールド邸は眩暈がするほど広大だった。私たちは応接間へ案内される。


 ほどなくしてやってきたライナスさまを見て私の胸は勝手に高鳴った。

 すらりとした長身に、輝くような金髪と緑色の瞳。でも私が心惹かれるのは容姿じゃなくて、彼の理知的なしゃべり方や優しいまなざしだ。


 ……彼がそれをほんとうに向けたい相手は。私じゃなくて、おねえさまなのだろうけれど。


「このたびは素晴らしいお話をいただきまして」

「すこし突然だとは思ったのですがね。──この前はありがとう、ネリー」

「い、いえ……」


 シャンデリアの下、せめて顔をはっきり見られないようにと私は下を向く。彼の心にいるはずのおねえさまと比べられないように。


「あなたの読み聞かせ、とても素敵だったよ」

「あ……」


 先日開かれた、彼の誕生日パーティ。そこではひとつ不思議な催しがあった。


 それは小説の朗読会。集められた私たち令嬢は順繰りに数行ずつ読みあげ、一章が終わったところで彼からある質問を投げかけられたのだった。


 ──この主人公のように盲目の女性を街で見かけたらあなたはどうしますか?


 おねえさまの答えは『腕を取って目的地まで案内してあげる』。

 私の答えは『彼女がぶつからないように道に障害物がないか確認して、あったら取り除く』だった。


 あれはなんだったのだろう──と思っていると、おかあさまが膝を乗りだすようにして言う。


「いたらぬところの多い娘ですがなにとぞよろしくお願いいたします。レイラもこの子のことをかわいがっているのですよ」

「レイラ?──ああ、ネリーの姉上ですね」

「ぜひ家族ぐるみでお付き合いできましたらと思っていますの。ネリーと結婚したらレイラとも家族になりますからね。レイラにもよく言っておきますわ」

「……ええ。それは、かまいませんが」


 ほんとうにありがとうございます、とおかあさまは猫なで声で言う。「レイラのおまけをもらってくださって」


 その瞬間、ライナスさまの表情が変わった。彼は微笑みを消しておかあさまを見る。


「失敬。先程から、なにか勘違いされていませんか?」

「え?」

「私はネリーに縁談を申しこんだのです。姉上ではない。レイラ嬢のことは関係ありませんよ」

「いいのですよ、わかっております」


 おかあさまは甘ったるい声を変えない。


「レイラが先約済みだからネリーを選ばれたのでしょう? こんな出来損ないの子、それくらいしか価値がありませんものねえ」

「……なんですって?」


 ライナスさまの春の海のように凪いでいた瞳が嵐のように激しくなる。「エーメリー夫人、あなたは……」と彼はおかあさまをにらみつけた。


「あなたは──ネリーをなんだと思っているのですか?」

「はい?」

「あなたのそういう発言で彼女がどれほど傷つくか想像もできないのですか。私がネリーに申しこんだ縁談を勝手に姉上目当てだと決めつけて、本人の前で彼女を否定するようなことを言って。

 ……失礼を承知で申しあげますが、あなたは理想的な母親とはとても言えないようだ」

「なっ──」

「家族ぐるみの付き合い、でしたか。それは少々考えさせていただきますよ。

 私がほしいのは……ネリーだけですから」


 おかあさまはあわててなにか言いつくろおうとする。けれど「ネリーとふたりでお話しさせてもらえますか?」と冷たい声で言われて、仕方なさそうに応接間をでていった。


 ふう、とライナスさまは溜め息をつく。


「……あなたの母上にきついことを言ってしまったね。すまない、ネリー」

「え?……い、いえ……」


 彼の表情が穏やかなものにもどる。

 いきなりの展開で戸惑っている私が落ちつくのを待って、「実は」と彼は言った。


「私にはキャロルという五歳下の従妹がいるんだ。彼女は、十歳のときに病気で失明した」

「…………」

「でも彼女は負けん気が強い子でね、周りに気を遣われるのを嫌がる。たとえば過剰に心配されたり。たとえば街を歩いているとき、目的地まで案内しましょうかと声をかけられたり」

「え……?」

「へそ曲がりと言われたらそうなんだろう。相手は親切で言ってくれているのだから。でも、十歳までは問題なく目が見えていた彼女はそれを素直に受けとれないんだ。

 その話を聞いたとき私は思った。ほんとうの優しさとはなんなのだろうって」


 私は彼の誕生日パーティでされた質問を思いだしていた。

『盲目の女性を街で見かけたらどうするか』。私の答えは……


「誕生日パーティで私がした問いかけを覚えていますか?」

「……は、はい」

「あなたの答えは消極的ともとれるものでした。あなたが先回りして障害物をどかしたことは本人にはわからないし、察しがよくなければ周囲の人間もあなたがなにをしているかわからないでしょう。

 だれにも気づかれない優しさ。だからこそ、私はあなたの答えを尊いと思ったのです」

「…………」

「ネリー。私との婚約を受けてくれますか?」


 私をまっすぐに見てライナスさまは言う。


 ……私なんてだれも見てくれない。私はおねえさまのおまけでしかない。そう思っていたけれど。


「はい──」


 彼だけは私を見つけて。そして、えらんでくれたのだった。



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