プロローグ
4月初頭
世間では、始業式と言われるその日
俺、青葉悠は高校生活二回目の始業式に向かっていた
道路は俺と同じ高校の奴らが歩いていた
少し探してみるが、どうにも俺の友人たちは朝練とやらのせいでいないようだった
まぁ、春の暖かい日差しの下を一人歩くのは悪くない……
余裕もあるし、と俺はいつもよりゆっくり歩みを進めていた
私立葵坂学園、俺の通う高校だ
そこの桜並木を抜け、俺は新しいクラスが張り出されている掲示板に向かう
(今日は早く終わるし、色々必要なもんを揃えに行くか)
そんな事を思いつつ歩いていると
「おーい、悠!」
後ろから俺を呼び止める声が聞こえた
振り返るとそこには友人の一人、里見蓮がいた
こいつは運動系の部活に所属していて、この学校では珍しく
そこそこの成績も納めているらしい
まぁ、俺みたいなもやしとは体のつくりからきっと違うんだろう
「おー、久しぶりだな、蓮」
でかい体の通り、でかい声だ
「二週間ぶりくらいだな、お前掲示板に行こうとしてたろ?」
ああ、と相槌を打つ
「朝練が始まる前に見てきた。どうやら、同じクラスみたいだぜ
ははっ、残念だったな!」
そう言って、俺のカバンを引っ張り引きずる
他にもどのクラスか見たい人はいたんだが、まぁいいか…
行けば分かることだしな
「教室は3階の隅みたいだぜ、ったくめんどーだよな!」
「お前みたいに部活に入ってりゃまだましだろ…、俺には階段がつらいよ」
本当に、毎日一階からここまで上がるのかと思うとうんざりだ
と、そんな事を考えている間に新しいクラスについた
ドアを開け、座席表が書いてある黒板を見る
「見慣れない筆跡だが女の人みたいだな、新任か!?」
黒板を見てはしゃいでいる蓮を放置して俺は自分の席を探していた
「あ…」
俺の席は窓側最後尾、最上の席だったのだが
それ以上に
「おっ、お前、噂の氷の女の隣とは…。なかなか大変だな!」
蓮が何か楽しそうにそう言った
俺の隣には、『来栖川唯子』という文字
その席を見ると、無表情に外を見ている女の子がいた
氷の女、来栖川唯子
彼女がそう言われる理由はいくつかある
第一に、彼女の感情表現の希薄さがあげられるだろう
笑っている顔はおろか、驚いている顔すら見たことがない
常に無表情、常に無関心
口調も固く、それがさらにその『氷』具合を引き立てていた
さらにもう1つ
氷のように洗練された美しさがそれだろう
薄い色をした流れるような黒髪
透き通るような白い肌
高身長でスレンダーな体型はまるでモデルのようで…
と、俺がなぜそこまで彼女を観察しているのか
理由は簡単だ
俺は彼女に恋をしていた
どうせ、片思いだろうが
だけど、せっかく隣になったのだ
少しくらい仲良くなりたいな…と、下心を覚えてしまうのは
仕方ないことじゃないか?
俺は自分の席に向かったそして
「おはよう、来栖川さん。これからよろしく」
俺が、なんとかそこまで言うと、
彼女はその存在にはじめて気がついたという様子で
「よろしく、青葉くん」
と返してくれた
(あれ・・・?少しだけ、驚いていた)
となりの人間が来れば、多少は感情を抱くものだろうが、
滅多に見えないといわれた彼女の無表情以外の顔に少しだけ新鮮さを感じた
俺はなんとかさらなる会話を重ねようとしたが、そこで異様なテンションをした新任教師が入ってきたせいで打ち切られてしまったのだ
滞りなく1日は過ぎ去り、俺は朝以外何も会話ができなかったことを悔やみながら、昇降口から帰ろうとしていた
夕焼けに染まる昇降口には誰もおらず
外からはかすかに運動部の掛け声が聞こえた
俺は、自分の番号の靴箱から自分の靴を取り出し……
「ん…?」
その中に紙切れが一枚
(校舎裏で待つ)
内容だけみればまんま果たし合いの申し込みだったのだが
「女の子の文字だな…」
それは流麗な筆跡で、到底男が書いたようには見えなかった
(なんだろうな…、告白とかでも困るんだが…)
俺には既に想い人がいるわけで
と、さすがに妄想しすぎか……
いやだけど、校舎裏への呼び出しなんてそれくらいしか……
(いくか…)
どうせ行けば分かるのだ
俺は靴を履き替え、校舎裏に向かった
「なっ……!」
校舎裏についた俺が見たのは、目を閉じて立っている唯子さんの姿だった
(まさか、これは…)
思わず手紙に目を落とす
校舎裏への呼び出しはそれくらいしか……
とか考えたけど!
(いや、そんなうまい話が…)
「おや、青葉君、来ていたのか」
「っ…!?」
突然呼びかけられ顔をあげると、さっきは遠かった唯子さんが目の前に立っていた
「なぜそんなに驚くんだ、キミを呼び出したのは私なんだがら声くらいかけるさ」
そう言うと彼女は俺を校舎裏の、さらに死角になっているせまいスペースに連れ込んだ
(こんなに喋っている唯子さん…、初めて見るなぁ)
まだ事務的な応答しかしてないけど
「今日はキミに話があるんだ」
俺の事をじーっと見つめ、彼女はゆっくりそう言った
なんだかよくわからない雰囲気にいろんな意味でドキドキしつつ、俺は頷いた
そこで彼女は一度目を閉じ、深呼吸をして
「私と付き合え」
「えっ…」
今、彼女は何と言ったのだろう
いや、何か命令形だったことを抜きにして……えっ
「いや、だから……、あぁ……
もしかして、言い方を間違えたか。すまない、どうにも不慣れなんだ」
彼女はくるりと反転し、なにやら考え始めた
(って、俺は告白されたのか!?)
まさかの事態、いや最初は予感はしていたが
妄想のレベルだったし、実際告白されるなんて夢にも…
「よし」
いつの間にか彼女はこちらに向き直っていた
そして
「私と付き合ってくれませんか?」
透き通るような白い肌に、少しの朱みをつけながら
そう言う彼女はとてつもなく魅力的で
そんな状況で言われた俺は即断即決
そもそも、断るつもりなどなかったわけだが
こうして色んな段階をすっ飛ばして俺たちの春は始まったのだった