第8章:交渉は戦場で
「この件、交渉成立の可能性は……限りなくゼロに近いでしょう」
そう告げたのは、王都調停局の首席交渉官。 案件ファイルにはこう書かれていた。
> 【交渉対象】古代種
> 【目的】聖域遺跡の通行許可
> 【備考】外的接触をほぼ拒否。
> 情報に価値を認めれば会話継続の可能性あり。
「つまり、“話の中身”が貧弱なら即交渉終了。
生半可なセリフじゃ、即終了……ってやつ?」
咲良は苦笑しながら、魔導通話記録石を胸元に忍ばせた。
「よし、いってきます。“話すしかない”やつ、久々で燃えるわね」
遺跡深部―― そこには、人型のようで人ではない、無機質な気配を漂わせた存在が佇んでいた。
「貴様が、“言葉を紡ぐ者”か」
その声は、頭に直接響くような共鳴音だった。
「どうぞ、お時間をいただける範囲で結構です。まず、“交渉の場を設けてくださったこと”に感謝します」
咲良が放った第一声。 瞬間――
> 《スキル:誠意初動》《姿勢反響》発動
> 相手の“応答条件”が変化:「沈黙→観察」へ
「……続けろ。“聞く価値がある”かどうか、見極める」
会話は、一問一答を繰り返すような冷たいやり取りだった。
「貴様の“持ち出す情報”は、我らの時間に値するのか?」
「“あなたにとっての時間”が何より貴重なものだと察します。 ですので、私は“時間あたりの対価”として、“変化の兆し”を提案いたします」
> スキル:《構造提案》《主語切替フレーズ》発動> 対象の論理回路と応答速度が安定
相手の目(に似た光)が一瞬、細く揺れる。
「妙だな……言語なのに、なぜか“干渉されている”感覚がある。 それで……その“変化”とやらは、誰のためのものだ?」
咲良は、ゆっくりと口を開いた。
「“誰のため”というより、“誰かひとりが声を上げられる社会”のため、ですね」
「ふむ。……その思想が、貴様個人ではなく“集団のもの”であると示せるか?」
咲良は、静かに契約書を差し出した。
ギルドでかわされた労働改善協定、ゴブリン族との菜園契約、ランディとの苦情是正署名、そして―― アルトがサインした“言葉による再出発協定”。
「これは、“言葉で変えられると思った人”たちが、交わした証です。 私はそれを、“通話ログ”として保存してます」
> 《スキル:記録共振》発動
> 対象に、過去の声の“温度”を伝える魔法
その瞬間、空間に“契約者たちの声”が反響する。
> 「ありがとう……」
> 「話せるって、すげぇな」
> 「また連絡してもいい?」
それは、どんな攻撃魔法よりも、強く、あたたかかった。
沈黙の後、古代種は言った。
「……我らは、道を開けよう。“その声”に、干渉を許す」
咲良はそっと、通話石の記録ボタンを止めた。
「……交渉完了、ですね。通話、ありがとうございました」
この日、かつて誰一人通れなかった聖域に、 一本の“架電回線”が通った。




