第6章:“カスハラ教団”の脅威
王都の議事堂、その地下にひっそりと存在する“対話調停室”。
厚い扉の先に座っていたのは、一見ただの老紳士だった。
だがその口から放たれる言葉には、どこか……“強制力”のようなものがあった。
「お話は聞かせていただきました。“言葉の力を信じる”……まことに甘美な思想ですな」
咲良は静かに、姿勢を正した。
「そうですね。でも、“言葉の責任”を知ってる者にしか、その力は扱えません」
男の名は――アルト=ジャーノ
かつて“転生勇者”として召喚され、企業型ギルドの崩壊を経て行き場を失った過去を持つ。
現在は、“言葉の圧力こそ正義”を掲げる思想団体、《顧客絶対主義教団》
――通称「カスハラ教団」の教祖を名乗っていた。
> 「要求しろ、貪れ、主張を止めるな
> 世界は“声の大きな者”のためにある」
その思想は、都市ギルドを恐怖で支配し、多くの職員や冒険者を“自己否定”へと追い込んでいた。
咲良が目にしたのは、ギルド内でうずくまる新人スタッフ、 “対応メモ”を書き殴るように復唱している青年、 「“誠意”が感じられません」と囁かれ続け、声を失ったオペレーターたちの姿だった。
「こんな世界のために、私は言葉を使ってるんじゃない」
話術師として、咲良は《教団》に“公開ディベート”を申し入れる。
> テーマ:「“声が大きい者が勝つ”社会に、未来はあるか」
王都中央広場に設置された対話魔法陣。
その中央に立つ咲良と、 ローブをまとい“語り手”として登壇するアルト。
> 「あなた方の“対応”は欺瞞に満ちている
> 優しさで包めば、全てが許されるとでも?」
咲良は笑った。
「違う。“優しさ”じゃない。“聴く姿勢”だよ」
彼女は、すべての声を返すわけではなかった。
ただ、“聞くに値する不満”と“暴力の皮をかぶった欲望”を、言葉で分離した。
> 《スキル:心因分離法》発動
> 発言に含まれる「訴え」と「攻撃性」を切り分け、会話を構築可能にする魔法
「“あなたの怒り”を、私は否定しない。でも“誰かを傷つけていい理由”にはならないでしょ?」
観衆が息をのむ。
アルトは一瞬、言葉に詰まった。
そのとき、咲良の耳に届いたのは―― あの日、ゴブリンたちが押した拇印付きの小さな契約書。
ランディが残した「また来てもいいか?」という一言。
カーティスがくれた、出勤前の「行ってらっしゃいませ」の笑顔。
彼女は確信する。
> 「言葉は、奪うためじゃない。“繋がる”ためのものだよ」
そしてその声は、アルトの中に眠る“かつての勇者としての記憶”を、そっと揺らし始める。
《リピーター組合》首領 アルト=ジャーノ
年齢:40代前半(推定)|前職:異世界転生勇者|現職:カスタマー圧迫者
「客は神」を文字通りに信仰する迷惑系教団のボス。
かつて失敗した異世界人生を取り戻すために咲良に執着し、各都市の相談窓口を混乱させる。
だが彼の過去には“同僚に裏切られたクレーム恐怖症”の傷もあり、咲良との対決はただの因縁劇にとどまらない。